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転生調理令嬢は諦めることを知らない  作者: eggy
第1章 リュシドール子爵領

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 相変わらずと言えば、相変わらず。

 無感覚のまま、機械的に足を動かし続ける。

 陽はすっかり昇り、山間やまあいに入った道を、下り、上り。

 亀のような、というのも烏滸おこがましいほどの速度で。

 脇から跳び出すものに、ほとんど本能だけで辛味の粉をぶつける。

 山奥で接近してきた狼魔獣も、アヒイのお見舞いでそのまま逃げ去っていった。まあ、それほど空腹ではなかったのかもしれない。

 一度脇の空き地に焚火をつけ、立ったまま焼いた肉で食事をしたが。


「ゲエエエエーー」


 歩き出そうとしたところで、すべて嘔吐してしまった。

 疲労しきった身体が、ついに食べ物も受け付けなくなったらしい。

 しかしそれももう構わず、歩みを再開することにする。

 足の感覚は、ほとんどない。

 それでも不思議なことに、前進にだけは動き続ける。

 とにかくただ、前に進む。


 陽は中天に達し、下り始めた。

 山間の道も、長い下り坂になった。

 前のめりにつまずかないよう気をつけて、慎重に足を運ぶ。ここで躓き膝をついたら、二度と身体を持ち上げられないかもしれない。

 ぎこちない所作で、歩みを続ける。

 山道の終わりは見えない。人里に近づく気配も窺えない。

 終点まであどれだけか見当もつかないのだが、もう何か予兆ぐらいあってもいいんじゃないか、と恨み言を呑み込んでしまう。

 歩き始めて、もうすぐ丸二日。目指す町が見えてきてもいいのではないか、と思うのだ。

 まちがいのないところで自分の歩みが遅すぎるため、予想を遥かに超えた時間がかかっているということなのだろうが。

 道は少し、水平に戻ったか。

 周囲の木々の高さも減ってきたかもしれない。

 そのうち人里が見えるのではないか、と自分を励ます。

 脚の力は、変わらずよく分からない。いつ何処で動かなくなっても不思議ない、という感覚だ。

 とにかく動くうちに、できる限り進む。

 そう、決意し直していると。

 右方向から、獣の気配があった。


 キイイイイイーーー


 と、甲高い声まで聞こえてくる。

 見ると、それほど大きくない影が二つ、森の中から草むらに、もの凄い速さで駆け寄ってきている。

 オリアーヌとさほど変わらない背丈の黒っぽい毛むくじゃら、二本足の走行だ。毛に囲まれて露出した顔面だけが、目立って赤い。開いた口から、短い牙が覗く。

 小鬼猿こおにざるという魔獣ではないか、と本の記述を思い出す。ご丁寧に「肉食、人肉を好む」と明記されていたのが強い印象だ。

 すぐ向き直ったのだが、想像を超える速度で二匹はすぐ近くまで達していた。

 後退あとずさりながら、アヒイが間に合わず先頭の一匹を杖で殴りつけた。続けて能力を使う。


 ギヒイイイーー


 何とかうまく攻撃が入って、その一匹は首から血を噴き出して倒れ込む。

 少し遅れていた一匹に、アヒイをお見舞いする。


 ギヒイイイーー


 そいつも、悲鳴を上げて倒れ込む。その背後にかなり離れて、さらに数匹の疾走が見えてきた。


 キイイイイイーーー

 キイイイイイーーー

 キイイイイイーーー


 と、山中に雄叫びが響き渡る勢いになってきた。

 本には「群れをなして獲物を襲う」ともあったはずだ。一匹ずつなら兵士一人で対敵できるが、十匹以上など群れを作ると厄介になる、と。

 群れが集まる前に。

 今近くでのた打つ一匹の口に、毒茸を放り込む。

 後方から駆けてくる数匹にも、射程距離に達し次第片っ端から毒茸を食らわせた。幸いこちらに到着の前に効き目が広がるようで、次々と泡を吹いて倒れ込んでいる。

 しかし、さらに後方から何匹もの疾走が見えていた。合計十匹では済まないかもしれない。

 こんな小さな娘一人を餌に狙って、そんな数で寄ってきてどうするの、と叱りつけたくなるほどだ。

 次々と、毒茸を食らわせる。すべて例外なく、走りながら前向きに倒れていく。

 やや後退しながら『調味料転移』を続けていると、足がふらついて尻餅をついてしまった。

 それでも休むわけにいかず、地面に座り込んで毒茸のお見舞いを続ける。

 続けても続けても、まだ後続がいるようだ。


「まだ、いるの?」


 袋の中の毒茸がなくなり、痺れ茸に切り替えた。

 これでも足りなくなったらどうしよう、と頭に不安がよぎった。

 茸を食らわし、食らわし、食らわし――。

 バタバタと、魔獣は倒れ続ける。

 その数三十は超えただろうか。

 やがて、森からの出現はなくなった。

 最後の一匹が倒れ伏し、オリアーヌは大きく息をついた。


「終わった――」


 それでも油断なく、周囲の気配は探り続ける。

 他の接近は、ないようだ。

 一安心。

 しかしまだ、切実な問題があった。

 尻餅をついた脚に、力が戻らない。もうここから離れるのは無理かもしれない。

 さらに、もう一点。

 草むらに倒れた夥しい魔獣のうち、最後の十匹程度は痺れ茸の犠牲者だ。時間が経てば、また動き出す。

 このままここにいては、その復活を待つだけということになってしまう。

 毒茸は尽きている。痺れ茸も残り少ない。いつまで目を開けていられるかも分からない。その復活した魔獣に対処できる保証はない。


「立ち上がら、なきゃ」


 気ばかり焦っても、もう脚は言うことを聞いてくれそうにない。

 しかも疲労と眠気はとっくに極に達して、今にも意識が飛んでいきそうだ。


「……これまで、かな」


 さんざん無理矢理自分を鼓舞して進んできたが、ついに限界かもしれない。

 このまま動けずにいると、復活した魔獣、あるいは別に近づいてくる魔獣に、食われる末路しか残っていそうにない。

 こら動け、と脚を叩いても、返事はない。

 傍らに倒れていた杖を拾うのが、精一杯。それで支えて身体を立てようとしても、頼みの脚に力が戻らない。

 とにかくも、しばらく時間を置くより仕方なさそうだ。

 しかし、これまで二日間のあれこれと思い比べても、状況は悲観的に思える。

 しばらく休めたとして、脚に力が戻るという体感がまったく得られないのだ。

 やはり、限界と思うしかないかもしれない。

 ははは、と乾いた笑いが口をついた。


「ここまで、頑張ってきたのに――」


 ついに、限界か。

 だとしても、自分の身体、特に左脚に、文句を言う気にもなれない。

 むしろここまで、想像を超えて頑張ってくれた、という実感だ。


「頑張ったよね、お前」


 万感を込めて、左膝を撫でていた。

 楽な場所を探して移動、ということさえできず。街道の真ん中に座り込んで。

 人に見られたら気が触れたと思われるかもしれないが、ただくすくすと笑いが止まらない。

 次第次第に、意識が遠のく感覚が染みてくる。



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― 新着の感想 ―
水はどうしたんだろうか。食料はなくても水は欲しいのでは。果実などで間に合わせたのかな? その辺や用足しなど加えると現実味や、より緊迫感が伝わるかも。
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