北のアイドル
そこには、ブラウス姿の女子たちが十人以上、ゾロゾロと集まってきてる! しかも、どのコも威嚇するような目つきでガラの悪さ満載。その中でも“いかにもリーダーです”みたいな人が腕を組んで睨んでくる。
「おい、見ない顔やな。“南”のモンやろ?」
いやいや、南って何? 私はただの旅行者なんですけど! 内心焦りつつ、彼女たちをじっと見てみる。ああ、この制服……多分、優菜ちゃんが言ってた北高のコたちだ。南高のセーラー服とは違うデザインだし、場所的にここは北高の縄張りなのかも。
「誰に断って、それ買いよんや?」
はあ!? 自販機でジュースを買うのに許可!? 突然の理不尽な絡みに、一瞬言葉を失ったけど、どうにか冷静を装って言い返す。
「えっと、普通に自販機で売ってたから、買っただけなんですけど……」
すると、例のリーダーっぽい長髪のコが前に一歩踏み出してくる。
「そいつなぁ、うちらが入れてもろたんや。知らんやろけど、“マスヤ”のバッチャに半年も頼み込んで、ようやく夏に間に合わせたんきんな!」
……マスヤのバッチャ? ふと上を向くと、古びた看板に大きく『満寿家』と書いてある。このお店のことらしい。なるほど、このコたちはこのジュース――『スリーセブン』に、ものすごい愛着があるみたいだ。
「それは失礼しました、私は旅行者でして……」
話の腰を折らないように慎重に言葉を選んだつもりだったけど、相手の視線はまだ納得してくれていない。
「旅行者って? どっからや」
うわあ、疑われてる。けど、この様子だと……優菜ちゃんのとこにお世話になってることは伏せといたほうがいいんだろうなー……
「東京ですけど……」
そう答えた瞬間、不良女子たちの雰囲気が微妙に変わる。
「ふーん……」
じりじりと値踏みされてるよーな。なんか、こういうの、ドラマで見たことある。
「じゃあ、何か東京らしいことやってみせや」
「はぁ!?」
いやいや、東京らしいことって何よ!? 東京……東京といえば……バーチャル浅草とか、AI江戸村とか……ぬぅ、あの街はテクノロジーに頼りすぎてる。ここは私の身ひとつでできることしかない。それなら……!
「では……一曲、歌わせていただきます!」
そう言ったときの、不良女子たちの顔ったら。ポカンとしたコ、ニヤついてるコ、呆れてるコ……まさに百花繚乱って感じ。でも、これで勝負を挑むって決めたんだから、やるしかない!
部の結成を目指して、これまで何度も人前で歌ってきた。踊ってきた。そして、脱いできた――もちろん、今回は脱がないけどね。それに、相手も女子だし、警察騒ぎにまでエスカレートすることはない……と思いたい。
私はずっと練習してきた音楽を脳内に流し、リズムを刻む。けど――
「ボクの隣~、微笑みかける同級生~♪」
むぅ、これは……出だしから、なかなかに厳しい展開。
「引っ込みー下手くそー」
「声出とらんーぞー」
飛んでくる野次に、心臓がヒュッと縮みそうになる。けれど――そんなことで怯んでいたら何もできない。私の――私たちの活動は、決して誰もに歓迎されることではないから。そして、それゆえに、理解を得られない人たちからの冷ややかな視線――同級生どころか、教師たちからさえ手放しの支持を得られることはない。
それでも――私は信じてる――ストリップの素晴らしさを!
すべての思いを胸に、私は集中力を高める。ストリップというのは、ただ魅せるだけじゃない。自分の一番の武器を使って、相手の心を掴むこと。実力はまだまだ拙いし、線も未熟。だからこそ――この瞬間しかないものを魅せていきたい――!
「その横顔、幾度も見た日常~♪」
腰をくるり、くるりと回しながら、右へ左へとリズムを刻む。普段よりも大きく、派手に。視線を意識して動くと、身体が熱くなってくる。どれだけひとりで練習しても、実戦で全力を出し切るのはやっぱり違う――!
シャツの裾を短いスカートのように翻しながら、少しずつお腹をチラ見せ。いつも通りの振り付けだけど、視線に向けて訴えかけるように少しずつ手足の動きも変わっていく。
なんだか、みんなの視線が和らいできた。おかげで、心も少しだけ軽い。音楽ははっきりと頭の中に鳴り続けている。次はどんな動きをすればいいのか、次はどんな表情を見せればいいのか。考えながらも、身体は練習通りに動いてくれるから――視線に向けてステップを踏み、スカートをふわっと。そして――
「おいおい、ナニさらしょんなコイツ!」
ニヤニヤとスマホを構える不良女子のひとりの声に、私はハッとした。え? ええっ!? 気づけば、私、上半身がブラ一枚!? ついテンション上がりすぎて……やっちゃった!?
慌てて手元のシャツで胸元だけはどうにかしようとしてみたものの、もう完全に手遅れだよね……これ、私の人生の黒歴史確定だよ!!
身体も隠したいし、頭も抱えたいし、もう何がなんやら、と大混乱の私だったけど――
「やめとき」
そう言いながら、構えたスマホの間に手をかざしてくれたのは……あ、さっき私に無茶振り言ってきたリーダーっぽい人……
「悪かったな、途中で歌うん止めてしもて。もう服、着たらええきん」
えぇ……謝るのそこなんだ。いまいち釈然としないながらも、私はモソモソとお言葉に甘える。
「ジジババやったんともかく、うちらと同世代が星見野に旅行来るなんて思わんかったきん、つい疑うてしもうた。ほんま、すまん」
身なりを整えた終えたあたりで、周囲の女子たちも「これ、ほんま南とちゃうんちゃう?」「うわー、うちらやってもたな」とかざわめき始めて、ようやく空気が緩んできた。それでも、リーダーの女のコは、改めて深々と頭を下げる。
「印象最悪やろけど、もう間違えんきん、旅行楽しんでいってな」
これに、他のコたちもにこやかに続く。
「星見野はええとこやろー。海も山も揃っとって」
「海も年中穏やかやし、向こうの島まででも泳げるで」
おっと、長居してると観光案内されそうな雰囲気だ。気持ちは嬉しいけど、いきなりすぎて東京人の私にはちょっとハードル高いですー……
そして、あの長い髪の人も、さすがはリーダー格いうか、私の気持ちを察してくれたみたい。先陣を切るように山のほうへと踵を返すと、他のみんなもぞろぞろとそれに続いていく。ふぁー……助かったー! いろんな意味で!
胸を撫で下ろして、私もまた帰路に就こうとしたところで――
「ちょっと、ええか?」
背後から聞こえてきた声に驚きながら振り向くと、さっきのリーダー女子がひとりで戻ってきていた。もう敵意はないみたいだし……大丈夫だよね?
「山の上に、でっかい建物あるん、知っとるか?」
「あっ、はい」
例のゼミナール以外に思い当たるフシもない。
「ほんなら、明日の朝十時、そこの正面玄関に来てくれん?」
え……朝の? 正面玄関? 何それ、何かのイベント?
「は、はぁ……」
とりあえず返事はしたけど、これはまた厄介ごとに巻き込まれたのかもしれない……そんな気がしてならなかった。けれど、私はそれを無視できそうにない。何故ならば――
***
午後の光が柔らかく差し込む中、まるで学期中のようにしっかりと授業を受けた優菜ちゃんが帰ってきたところで、今日もいつもの部屋に集合。凛ちゃんと美咲ちゃんも来てくれて、何気ない会話を楽しんでいたんだけど――
「でさー、さくっちってば、歩いて帰るって言い出してー」
「えー、結構距離あったでしょ」
「ま、山の中突っ切ればそんなかからないんじゃない?」
ちょうど、話もそういう流れだし……あのことだけは、ちゃんと伝えておかなきゃ。
「実はその帰り道で、北高のコたちに会っちゃって……」
私がおずおずと窺いながら切り出すと、「はぁ!?」と凛ちゃんが目を丸くして叫ぶ。
「……よく無事に帰ってこれたねー……」
美咲ちゃんにも普通に心配されてしまった。けど、あの剣幕を目の当たりにすると、ホントそうだよね。私もビックリだよ。一曲歌って踊ったら釈放してもらえた、と説明すると、その突拍子もなさに、ちょっとみんなの空気も和んだ。危うく脱ぎかけた件だけはさすがに伏せておいたけど。
私からの告白に、優菜ちゃんは呆れたように溜め息をつく。
「さくっちって、昔からそういうところあったよね」
「え?」
私は思わず首を傾げたけれど。
「異様に勝負強いっていうか、普通緊張するような場面で逆に冷静になるっていうか」
「あー」
冷静……ではなかったと思う。だって、最初はあそこまでやるつもりもなかったし。
「そのくらいでなきゃ――」
ちょっと躊躇したけれど……この三人には、部活のことはもう話していたよね、ウン。
「――ストリップはやっていけないって」
「ほほーっ、言い切った!」
感心する凛ちゃんと、無言のまま目を輝かせる美咲ちゃん。けれど、優菜ちゃんは……少し悔しそう。
「で、明日の件だけど……」
私が切り出すと、凛ちゃんがすかさず口を挟む。
「もちろん行くことないでしょ?」
優菜ちゃんも即座に同意。
「そーそー、無視無視。そんなのほっとけばいいんだよ」
でも、私は首を振る。
「ううん……行ってみようと思って」
私の決断に、美咲ちゃんはとても心配そうだ。
「桜ちゃん、危ないよ」
確かに、そうかもしれない。でも、私は南高のみんなほど北高を嫌っているわけではない。それに――私のストリップに対する紳士的な対応――女子に紳士ってのもアレだけど――ううん、その眼差しには“それ以上”のものを感じた。ただ、紳士的ってだけでなく。だから――
ここで、優菜ちゃんの冷静な分析。
「……北の連中が塾を指定してきたのは、あそこが一応の中立地帯だからじゃない?」
それに私は思わず頷く。そう、そこから外れなければ、大きなトラブルにはならないはず。
「だから、絶対に塾から離れないこと。これだけは守ってね」
優菜ちゃんに真剣な目で念を押されると、私は深く頷いた。
「うん、わかったよ」
そう約束して、優菜ちゃんも凛ちゃんも一応納得してくれたけど……やっぱり、明日はどうなるんだろう? 少しだけ不安と期待が入り混じった気持ちは否めない。だとしても――ここで逃げるのは、自分の思いからも逃げること――私は、そう信じていた。
翌朝もまた、私は何食わぬ顔をして優菜ちゃんと一緒に伯父さんの車に乗り込む。余計な心配はかけたくないので、本当のところは話していない。私は授業を受けるのではなく――うん、あの謎の北高生たちとの“約束”のために行くということは。
車が山道を抜けると、窓の外はすっかり濃い緑に包まれていた。山に挟まれた細い道の向こう、時折ちらっと見える青空がまぶしい。
優菜ちゃんは白地に淡い青のストライプが入ったノースリーブのブラウスに、ひざ丈のデニムスカートという爽やかな夏の装いだった。首元には小さなシルバーのペンダントが輝いていて、それがちょっと涼しけにも見える。
「なんか、今日も夏って感じだねー……」
ぼやく私に、隣の優菜ちゃんがポツリと返す。
「夏だからね」
「そりゃそうだけど!」
こんな暑さの中で一時間も待ってたら頭も溶けそう。ていうか、冷房が効いた建物の中に引きこもりたい……
ほどなくして学習塾に到着。伯父さんは今日も「授業が終わる頃、また迎えに来る」と言い残して颯爽と車で発っていった。そして。
「本当に気をつけてね。何かあったら、授業中とか気にせず助けを呼ぶんだよ?」
優菜ちゃんは不安を残しながら授業のため教室へ向かっていった。
――さて、問題はここからである。
塾の正面玄関に朝十時――とはいえ、授業が始まるのは九時だから、まだ時間はたっぷりある。中をチラ見した私はすぐさま諦め。だって、完全に授業中だもん! ロビーに私みたいな学生がポツンといたら、不審者確定じゃん。そんな目で見られたら立ち直れない。
「涼しくて目立たないところ……」
私は日差しを避けつつ、建物の周りをウロウロ。うーん、あっちの木陰とか良さそうかなぁ――なんて思っていたら。
「あれ?」
ふと視界の端に、見覚えのある制服の影がふたつ。
ブラウスだ。
星見野北高――そう、昨日、あの“事件”のときにいた女子たちだろう。けど、おとなしくて控えめだったのかも。あのふたりについては、はっきりとは印象に残っていない。けれど、この中立地帯には南北色を出さないよう私服で来るのがお決まりのはずだ。そんな中、これ見よがしに北高の制服ってことは……きっと、そうなのだろう。
ということで、私は歩み寄ってみる。
「えーと、昨日の……」
カマかけるつもりなんて一切なし。何より、なんとなく確信があった。私は人前で踊るとき、見てくれる人たちの表情をしっかり見るようにしている。だからこそ、このふたりが昨日あの場にいた気がしてならない。
彼女たちも私に気づいたらしく――
「昨日は、どーもな」
ペコリと会釈する眼鏡っ娘ちゃん。丁寧で、ちょっと固い。けれど礼儀正しいコだ。
「あ、こちらこそ、どうも」
私も同じように会釈を返す。けど、その瞬間――
「いやいやいやいやっ! ご迷惑をおかけしたんはこちらですしっ、ほんまに昨日は申し訳ありませんでしたっ!」
ふわっふわのパーマが印象的な女のコが、物凄い勢いで頭を下げる。なんというか、全力の謝罪の圧! それでも方言のイントネーションのおかげか、少し柔らかくも感じる。
「あ、あはは……」
苦笑する私に、そのコは慌てて自己紹介。
「わたくしっ、黄石綾と申しましてっ! あっ、星見野北高の二年ですっ!」
「あ、私も二年生だから同い年だねっ!」
歳が一緒ってだけでぐっと親近感が湧く私。綾ちゃんも、ホッとしたように顔を上げた。ふわふわパーマがゆらゆら揺れて、なんだか一緒に遊びたくなるタイプのコだ。
その隣で。
「私は、後輩」
淡々とスマホをスクロールさせながら、眼鏡っ娘ちゃんが口を開く。髪の量は多そうだけど、襟元でひとつにサクっと束ねているから、モサっとした印象は受けない。
「そうなんだ、よろしくね。えーと……」
「青山澄香、一年生ですわ」
と、本人の代わりに綾ちゃんが答える。後輩より先輩のほうがハイテンションだ。そんなふたりのギャップにちょっと笑ってしまう。
「よろしくねっ!」
私は私なりに仲良くしようとしてるつもりなんだけど……澄香ちゃんはスマホに釘付け。目さえ合わせてくれない。そんな様子に、綾ちゃんは少し困ったように肩をすくめる。
「澄ちゃんはな、とにかく口数少のうて……今日も、何で来たんやらなぁ」
「えっ、理由もなく?」
私が疑問を投げると、綾ちゃんが少し気まずそうに言葉を継ぐ。
「わたくしは、燎ちゃんが心配で来たんやけど……」
「燎ちゃんって、あの、髪の長い?」
「あ、うん。あの人なぁ、時々勢いに任せて無茶苦茶しよるきん……」
なるほど、呼び出した張本人――あのロングヘアの女のコは燎ちゃんっていう名前なんだ。でも、『ちゃん』付けで呼ばれてるあたり、意外とチャーミングな一面があるのかもしれない。少し驚きつつも、そんなところも見えてくると、なんだか面白いなー、なんて思えてくる。
けど……綾ちゃんの話を聞いても、結局全容は何も見えない。
「えーと、私も用件聞いてなくて……」
結局、ここには何故いるのか、何しに来たのか、よくわからない三人が集まっているという変な状態。やっぱり本人が来るまで待つしかないのかなー……と思いきや。
「そもそも、ここには私と“プリン”のふたりだけで来るはずやったんけど」
ポツンと澄香ちゃんが小さくこぼす。
「えっ!?」
澄香ちゃんと……誰だって?
私と綾ちゃんの視線が、スマホをスクロールし続ける澄香ちゃんに集中する。じーっ……と無言で見つめると、澄香ちゃんはようやく顔を上げた。
「けど、私から言うようなこととちゃうきん」
短く、それだけ告げるとまたスマホに目線を戻す。うぉぉ、カッコいいけど、クールすぎない!?
「うーん、澄ちゃんと、ちゅうことは……もしかするとアイドル絡みのことやろか」
「えっ!?」
綾ちゃんがぽろっと口にしたその一言に、私は目を丸くする。アイドル!? それは意外な展開!
「燎ちゃん、アレで意外とカワユイ女のコ好いとるところあんねんなぁ」
「えぇー!?」
もう一回驚く私。なんというか、ギャップがすごい。あんなにツッパってる感じなのに、アイドル好き!? でも、チャーミングなところもあるのかな、って思った自分の直感、あながち間違ってないのかも。
綾ちゃんはちょっと微笑んで、スマホを眺め続ける澄香ちゃんを指差す。
「んで、澄ちゃんもアイドル好きやきん、ふたりでよぉ話しとるみたいやなぁ。ネットで」
「ネットで」
直接じゃなくて。同じ学校でいつも一緒にいそうな雰囲気だったのに……。もしかして、直接話さないのは、やっぱり燎ちゃんのツッパリキャラが邪魔してるのかな?
「澄ちゃん、いまもアイドルのどなたかのアカウント見とるんちゃうん?」
言って、綾ちゃんは堂々と澄香ちゃんのスマホを覗き込む。私も一緒になって顔を近づけると、そこにはアイドル事務所の公式っぽいものが表示されていた。
「あ、この人……」
女のコたちがワイワイしている背景の海に、私は思わず息を呑む。あの水平線――あれ、絶対に海望旅館の絶壁だよ!
「まこさんとLunaruさんのスタッフのコだぁ」
私の頭の中で、記憶が一気につながる。あの旅館のお風呂上がりの廊下で――そうだ、まこさんたちのときにも関わっていた日焼けのスタッフさん! けど、この写真では主役みたいに弾けてる。完全にカメラ目線だし。
するとその瞬間、ぶわっと――間近から放たれる夏の日差しよりも痛くピリピリとした熱気に、私は鳥肌が立つのを感じる。
そして、澄香ちゃんは静かに、それでも力強く私に告げた。
「アイドル」
「えーと……?」
「草那辺蘭。アー、イー、ドー、ルー!」
澄香ちゃんが淡々と写真をコツコツとタップして拡大する。この笑顔は……うん、めっちゃアイドルだわ。私が会ったときはものすごく一般人だったのに。こ、これは……オンとオフのギャップがすごい! プロのアイドルってのはそういうものなのかもしれないけど。
「うわー……あの人もアイドルだったんだぁ……」
私の驚きに、澄香ちゃんは……うわ、目力すごっ! これまでずっと淡々としてたのに、触れちゃいけない領域に触れた感がヤバい。
それにしても……そっかー……結局本鮪の間はアイドル五人で泊まってた、ってことかー。
「クロッター、やっとる?」
唐突に澄香ちゃんが尋ね、スマホ越しに私をじーっと見つめてくる。
「え、うん。やってるけど……」
「アカウント教えてんか」
――おぉっ、ついに来た! 少しでも仲良くなりたいと思ってた澄香ちゃんからのアプローチ!
「うんっ!」
私はハイテンションで即答。やっと口数少ない澄香ちゃんと打ち解けられる――そんな気がして、嬉しくなっちゃう。
でも、綾ちゃんは面倒くさそうなため息混じりで。
「……おやめなさいなや。クソリプ大量に送りつけるつもりやろ」
「ク、クソって……えぇ……?」
一瞬、引いた。引きましたとも。けど、教えちゃったのでもう後戻りはできない。澄香ちゃんは、静かにスマホをポチポチと操作しながら無表情のまま。綾ちゃんは私を気の毒そうに見つめて、ちょこんと頭を下げる。
「ほんま、申し訳ございませんなぁ。澄ちゃん、ネット弁慶なんやわ」
「ネット弁慶……」
なんか、聞いたことあるけど、妙にしっくりくる言葉! 綾ちゃんが言うには、澄香ちゃんはリアルでは無口だけど、ネットになるとめちゃくちゃ饒舌になるタイプらしい。
「そうなんだぁ……」
半ば納得してたら、澄香ちゃんがさらに私をじっと見つめてくる。
「写真……」
「え?」
手にしているスマホの画面に写っているのはアイドル・蘭ちゃん。ってことは……
「あ、いや、残念だけど、撮ってないんだよね」
私が答えると、澄香ちゃんはフン、と鼻を鳴らして、またスマホに視線を落とす。素っ気ないけど、ウサギみたいでちょっと可愛い。
「けんど、アイドルとご一緒できたなんて幸運でしたなぁ」
綾ちゃんが妙に感心しながら言うので、私はうんうんと頷く。
「うんっ、海望旅館っていうんだけど――」
その名前を口にした瞬間、綾ちゃんたちの顔色がわずかに引きつる。……あーっ、しまった! つい気が緩んで、北高の人に南側の旅館の話しちゃったよ!
「あ、え、えーと……」
どうにか取り繕おうとしているところに――
「おっ、ふたりとも先に来とったんか!」
聞き慣れた(ような気がする)声とともに、見知らぬ自転車が近づいてくる。
「あっ、燎ちゃん!」
綾ちゃんが呼びかけたから間違いない。そう、昨日の“カリスマ不良”こと燎ちゃんが、自転車に乗って颯爽と登場――いや、全然颯爽じゃない。ボロッボロの車両はブレーキかけるとキーキーと文句を言うし、よく見れば、バッテリー部分は外れて空っぽになってるし……どうしてこんなオンボロに乗ってるの!?
それでも燎ちゃんは涼しい顔して自転車から降りると、駐輪場でもないところにサクッと停める。そして堂々とこっちに歩いてくるんだけど、何か違和感が――むむむ、もしかして……ノーブラ!? いやいやいや、目の錯覚じゃない? だって燎ちゃん、中学生じゃあるまいし、それなりに胸だってあるわけで。しかも、夏用のブラウスだからか、汗が滲んじゃって……透っけ透け!! なのに、なんでこんなに堂々とできるの!? こっちのほうが焦って挙動不審になっちゃうよ!
思わぬ対面に、私はついガン見しちゃってたみたい。けれど燎ちゃんは、あえて胸を張って、私に堂々と宣言する。
「なんや? そんなにノーブラが珍しいんか?」
珍しいよ!! ……と、心の中で叫ぶ私。でも、さすがに口には出せない。
「あ、あ、いえ、そういう主義の人もいますし……」
――いや待て。昨日は着けてたよね? 昨日と今日で何があったの!? 謎のモヤモヤが私を襲う。
が、燎ちゃんはボソっと。
「主義ちゃうわ」
一瞬、視線をそらしてから、少し明後日のほうを向いて。
「……売った」
「え?」
え、売ったって……まさか!?
すると、燎ちゃんは急にハイテンションに!
「知っとったか? 女子高生の下着って高値で売れんやで?」
「あ、あはは……」
つい引き笑いになっちゃった。いやいや、知ってるよ? そういう話、私も聞いたことあるけど……それを燎ちゃんの口から聞くなんて思わなかったよ! ただ……自転車ボロボロだし、バッテリー空っぽだし……もしかして、ものすごくお金に困ってるのかな?
燎ちゃんに向けている私の視線に、つい憐れみが滲んじゃったのかも。それを吹き飛ばすように、燎ちゃんは急に真剣な表情になって背筋を伸ばす。
「あー、改めて自己紹介しとくわ」
声のトーンはやたらとカッコイイ。
「赤神燎。北高の三年や」
「あ、三年生なんだ!」
私より一歳年上ってことになる。でも、昨日の喧嘩騒ぎから一転して、こうして真面目に名乗る姿はなんだか新鮮。
「昨日は絡んでしもて、ほんまにすまんかったなぁ」
燎さんが少し申し訳なさそうに謝る。
「南の連中と来たら、普段は何もせんくせに、美味しいとこばっかり持ってこうとするきん」
燎さんの文句に、綾ちゃんのほうがすかさずヒートアップ。
「そうなんよぉ! 道の駅のスーパーかて、わたくしたちが毎月イベントを開いてどうにかお客さん集めとんのに、南の方たちときたら平然とお買い物していくだけやのぅて、高いやの品揃えが悪いやの言いたい放題で!」
「そ、そんなことが……」
私は思わず苦笑いしながら頷く。やっぱり、北高の人たちにも北高なりに思うところがあるんだよね。南北問題っていうのは、単純にどっちが悪いとかじゃなくて、お互いに譲れないものがあるってことなんだろうな。
「看板」
澄香ちゃんが思い出したようにポツリと呟く。スマホを持つ指が止まり、じっとこちらを見つめるその目には、何か思い詰めたような重たい意味が宿っている気がした。
「あー、駅前の看板もなー、うちらの渾身の一発やったんやけど。あいつら、あとから来て、あんな銅像おっ立てやがって!」
燎さんが腕を組み、ムッとした顔で空を仰ぐ。眉間にシワが寄っていて、なんかこう、心の中の悔しさが伝わってくるみたい。
「あー……いやー……銅像に罪は……」
思わず私は小さな声でフォローを入れる。美咲ちゃんの銅像が責められるのは友人としてもさすがに忍びない。
私の言葉に燎さんは素直に頷く。
「ま、そりゃそうや。銅像自体に罪はのうて」
そう言ってもらえて、なんだかちょっとホッとした。けれども、北の人たちの中に静かな怒りは燻っている。
「けどな、納得いかんのは、街の玄関口やっちゅー場所が、よそもん任せになっとることや」
その言葉には、彼女たちの悔しさや、地元への愛情がぎゅっと詰まっている。
「け、けど……モデルは地元のコらしいから……」
私は恐る恐る進言を挟んでみる。これで、少しでも納得してくれたらいいけど……
「な、ナニィ!?」
燎さんがガバッと顔を上げ、目をカッと見開く。ちょ、そんなに驚かなくても!
「や、やべぇ……あたし、同郷の仲間をエアガンで撃ちまくっとった……『◯◯◯に当てたら三〇〇〇点!』とか言うて……」
「あ、あはは……」
なんてことしてるの、燎さん……!
「どっ、銅像は銅像やきん! ちゃんと謝れば許してもらえるって!」
綾ちゃんも大慌てで一緒に反省。その必死さがあれば……うんうん、大丈夫、大丈夫。きっと思いは伝わるよ。
「けどよぉ、やったら最初からそう言うてくれりゃええのになぁ」
「うちらの看板んとこに後乗りしてきたもんやきん、言い出しにくかったんやないです?」
ふたりはしばし納得するように頷き合う。結局、私が何かを言うまでもなく、自然にまとまってしまった。ある意味すごい。
「まあ、なんやかんや言うたけどやな――」
燎さんは腕を組み直し、バシッとこちらを向く。
「星見野は、うちらの故郷や。やからこそ、うちらの手で盛り上げていきたいんや」
その瞳には、迷いのない強い決意が宿っている。彼女たちにとって、ここはただの街じゃない。自分たちが守り、育ててきた、大切な居場所なんだ。
「に、しても……」
ふいに燎さんは表情を緩め、私のことをじっと見る。
「歌って踊るだけやったらともかく、いきなり脱ぎ出すたぁ、あれにはあたしも度肝抜かれたわ」
「あ、あはは……どうも」
引きつった笑顔を貼りつけながら、私は燎さんを見つめ返す。私のダンスが心に響いてくれたのは嬉しいけれど……実際のところは、ついやりすぎちゃった事故みたいなもので。
「あたしも、自分なりに調べてみるつもりやったんやけどな……青山に聞いたら普通に知っとわ」
澄香ちゃんが顔を上げる。そして、冷静な表情で一言。
「ストリップ・アイドル」
その言葉に、私の心臓が一瞬止まった気がした。
「歌って踊るだけやのぅて、裸まで見せるんやろ? しかも全国大会まであるんやとか」
燎さんの視線は真剣そのもの。からかっているような感じはまったくない。なんなら、ちょっとだけ尊敬すら滲んでる……?
「う、うん……」
なんだろう、このプレッシャーは。まさかこんな場所でこんな真摯にストリップと向き合ってもらえるなんて思わなかったよ!
「そういや、名前聞いとらんかったな」
「あ、えっと……鈴木桜と申します……」
控えめに名乗ると、燎さんは満足げに頷く。そして、私の両肩をガッシと掴んで……!
「よっしゃ、鈴木。あたしらで全国目指そうや!」