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ゲームで振り返る100年間

 よくわからないまま私はみんなに連れられて優菜ちゃんの部屋へ。その押し入れから取り出されてきたものは……

「これ! 人数多いほうが盛り上がるだろうし!」

 そのでっかい箱は、いわゆる人生のすごろくゲーム! 何度もバージョンアップしていろんな種類があるみたいだけど、優菜ちゃんのはわりと新しい『二十一世紀版』と呼ばれるもの。二〇〇一年からごく最近の出来事をテーマにしていて、私たちでも知ってるネタが満載!

 マネーカウンターやルーレットのスイッチを入れるとすぐに充電が始まり……一分ほどで、とりあえず節電モードで画面が表示される。最初はちょっと暗いけど、すぐに明るくなるでしょ。

 ということで、早速みんなでコマを進めていく。ゲームといえばスマホだけど、こういう昔ながらのすごろくってのも味があっていいよね!

 けど……

「ぎゃー!? 世界的な大恐慌で100万円払うー!」

 凛ちゃんが叫ぶ。

「って、何で世界的なのに払うの私だけなんよ!?」

「た、多分、影響あったのが凛ちゃんだけだったんじゃないかな……」

 株とかそういうのを買ってて。でも、よく考えると確かに理不尽だよね、この設定。

 すると今度はその横で、優菜ちゃんがカードを引いて顔をしかめる。

「ネットで炎上して職を失う!?」

 あー、そういえば、そういう事件もあったなー、なんて、ちょっと懐かしく思えるのがこのゲームのいいところ。

「実際のところは、別に職は失ってなかったけどねー」

「えっ!? 炎上したの!?」

 凛ちゃんが想像してるの、私が子供の頃ネットで見た某公務員の話と絶対違う!

「ねえねえ、凛ちゃん、何かあったの!?」

 意味深なことを言うもんだから、私はついついのめり込む。

「いやね、北高が体育祭を生配信してたんだけど……審判の判定が気に入らないとかで、大乱闘に発展しちゃってねー」

 ええっ!? 大乱闘っていわゆる殴り合い!?

「先生! カメラ止めてあげて!」

 私の叫びもむなしく、美咲ちゃんは苦笑いで首を振る。

「これがね、学校が関与してない生徒の独自チャンネルだったんだよ」

「うわぁ……それで?」

 その顛末に、優菜ちゃんは呆れ顔。

「カメラマンも熱くなっちゃってさ、『これは正義の抗議だ!』とか言い出して、もう完全に暴走モード」

 正義の抗議って、それ暴力でしょ!? 完全アウトじゃん! もー……ナニやってんだかー……

 マネーカウンターを操作しながら、優菜ちゃんがぼやく。

「炎上は嫌だけど、ゲームとはいえ……北高扱いされるのはもっと嫌だわー」

 な、なんか……北高、めちゃくちゃ嫌われてる? でもまあ、このすごろくゲーム自体、悪いことのほうがネタになりやすいのは確かだよねー。もちろん、このマスに書かれてる炎上については北高のことじゃない……とは思うけど!

 さてさて、次々に引かれるカードも、『荷物を運んだら警察に捕まる」だの、『違法動画で賠償金』だの、そんな不幸のオンパレード! そんな中、ゲームは『管理社会』に突入。これがまた、妙にリアルで皮肉が効いてるんだよねぇ。

 管理社会ってのは、私たちの祖父母世代にあたる時代のことらしい。表向きは『みんなで仲良く健全に生きましょう!』って感じだけど、裏ルートはドロドロ。表ルートでは『子供へのお小遣いは月1000円まで』とか『教育に悪いとアニメが禁止される』ってマスがある一方、裏ルートでは『闇バイトで稼ぎまくる』とか『海外サーバーでアニメ見放題』とか。

「表は厳しすぎるけど、裏も裏で怖すぎるー!」

 そう、裏ルートはリターンが大きい分、リスクもバカでかい。バレたら即アウトで職を失う。無職になると悪い仕事ばかり押し付けられてハイリスク・ハイリターンのループに突入……

「しかもコレ、悪い組織にお金が吸い上げられてさ、悪い組織のお金が貯まるとさらにリスクが跳ね上がるって、なんか悪循環じゃん!」

「そもそも、表ルートもクリーンに見せかけてめちゃめちゃ窮屈なんよー!」

 凛ちゃんの愚痴も止まらない。この時代の人たち、どんな気持ちで生きてたんだろうね……ってちょっと感慨深くなりながらも、ゲームは進行中。

 表と裏を行ったり来たりしながら、私たちはすごろくの時代をひた走る。気がつけば笑いとツッコミが絶えない午後になっていた。

「はぁー、管理社会って奥が深いねぇ……」

 そう呟きながら、私は次のマスへ進む準備をする。こんなゲームだけど、みんなと一緒だと楽しい。それに、ちょっとだけ当時の社会が垣間見えた気がするのも興味深いよね。

 そして……そんなチグハグなゾーンを超えると、ついに現代――『自己責任社会』がやってくる。けれども、いいことばかりではないわけで。

「うわー、こんなのありえないよー!」

 凛ちゃんがゲームボードを見て思わず後ろにひっくり返る。ピタリと止まったマスには 『学生票で人気動画配信者が政治家に! 大規模増税で全員200万円支払う』 と書かれていた。

「凛ちゃん、なんでこんな不条理なイベント引き当てちゃうの!」

「私のせいじゃないでしょー!」と凛ちゃんが苦笑いしながら抗議する。

 大恐慌のときは何故か個人支払いだったのに、こっちは全員を巻き込んで、ってのは……やっぱり身近だからかなぁ。まだ小学生とかだったけど、お父さんもお母さんも激おこだったし。

「いや、だってさ――」

 私が言葉を続けようとすると、美咲ちゃんがぽつり。

「……わっ、あたしの子どもは動画配信で一山当てちゃった」

 同じ動画配信関連でも雲泥の差だよ。

「いいないいなー!」とマジトーンで羨ましがる凛ちゃんに対して、美咲ちゃんはちょっと寂しそう。

「でも、子どもが職業に就くと、独立しちゃうんだよねー……」

 幾ばくかのお金と引き替えに。うーん、複雑。しかし、これぞ自己責任社会だ。高校生ともなれば普通に成人として選挙権もあるし、就職もできる。私たちはまだ学生やらせてもらってるけど、働いてる人も少なくないし、センスのあるコはすでにバリバリに活躍している。

「ほんと、考えさせられるゲームだわ……」

 優菜ちゃんもため息混じりでそんなことを言う。

 一方で、凛ちゃんは全面的に歓迎ムード。

「私の動画もそんくらいバズってくれたら、学校なんて辞めちゃうけどねー」

「えっ!? 学校辞めるの!?」

 私が思わず声を上げると、凛ちゃんは……ちょっと照れ気味。

「ま、あくまで夢、だけどねー。そーいや、桜には話してなかったか」

 言いながら、凛ちゃんはスマホを見せてくれる。すると、そこに映っていたのは……!

「えっ、本当に?」

 そこにはなんと、凛ちゃんがバスタブに浸かっている動画が!

「ちょ、これ全年齢対象だよね?」

「安心して。入浴剤で見えないようにしてるから!」

 焦る私に、凛ちゃんはケラケラ笑いながら胸を張る。いや、それって誇れることなの?

「でもさ、やっぱり入浴姿ってバチセクシーだと思わない?」

 凛ちゃんは終始得意げ。

「そ、それはそうだけど……」

 すごい熱量に押されつつも、私は何となくと相槌を打つ。けど、これ……すごいわー……。アップしてまとめた後ろ髪とか、それで見えてるうなじとか。私なんて、ストリップとして全部脱いで見せてるのに、それよりセクシーな気がする……。やっぱり、シチュエーションとかそういう違いがあるのかな。

 そんな凛ちゃんは、どうやらお風呂に対して並々ならぬこだわりがあるらしい。

「それでさ、『銭湯むすめ』も好きなんだよね」

 というと、こないだお風呂前の廊下ですれ違った人たち?

「トークも自然体で楽しそうでさー。あの人たちがきっかけで私も配信始めたんだよ。だから、私にとっては原点みたいなものかな」

 凛ちゃんの言葉には少し熱がこもっていた。なるほどね、凛ちゃんにとっては、銭湯むすめが自分の活動のスタート地点なんだ。だからこそ、さっきも『ながゆさん』や『けむみさん』を見てあんなに興奮してたんだね。なんだか、凛ちゃんの情熱に触れた気がして、私もほんの少しだけその世界に興味が湧いてきた。

「それにしてもさー!」

 凛ちゃんが優菜ちゃんに向けて恨みがましい声を上げる。

「お湯むすが泊まりに来てるんなら、先に言ってよー!」

 その言葉に美咲ちゃんも頷いて、「それそれ!」と同調する。けれど、優菜ちゃんはすまし顔。

「そこは、旅館を継ぐ者としてね」

 どうやら優菜ちゃん的には、コンプライアンスを守るのが最優先らしい。さすが旅館の看板娘、しっかりしてるよねー。

 けど、詰めが甘い。

「その割に、自分は好きな芸人さんとお風呂入ってたくせに」

 美咲ちゃんからの鋭いツッコミに、優菜ちゃんは一瞬だけギクリとした表情を見せるけど。

「あれは私からお願いしたわけじゃないの!」

 少しムッとした顔で反論する。

「まこさんが急に私の部屋に来てさ……いきなりサインくれて、お互いお風呂まだだったから、一緒にどう? って誘われただけだもん。それに、さくっちだって一緒だったでしょ」

「うん、まこさん……芯の強い人だったよねー……」

 ストリップに出会うまでの私は、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、と何をやっても定まらなかった。けど、今度こそ……ずっと続けていけたらいいな。

 けど、ここでふと気づく。

「そういえば、まこさんやLunaruさんは銭湯むすめじゃないんだよね?」

「Lunaruさんって?」

「あ、私が個人的に好きなアーティスト。銭湯むすめのふたりと一緒の部屋だったみたいだから」

 凛ちゃんが知らないってことは、やっぱり普通のお友達とかかな? とも思ったのだけど。

「……ああ、そういえば、むかし同じライブハウスを拠点にしてたつながりがあって、その人たちと来てるって言ってたから、その人たちじゃないかな」

「むかし……」

 じゃあ、いまは違うんだ。

「なんかね、その建物は取り潰しに遭っちゃったみたいで。けど、卒業みたく捉えてるみたいだったよ」

「てことは、同窓会とかそんな感じかな」

 卒業しても続けていける関係っていいよね。

 ここで、凛ちゃんが何かを思い出そうとしてウンウン唸り始める。

「……んー……まこさんは受験生って歳じゃなさそうだし……もしかして、その、Lunaruさんって学生?」

「うんっ!」

 多分三年生だから、私たちよりひとつ歳上ってことになるんだと思う。

「今回の旅行は同窓会ってより……Lunaruさんの合宿に便乗したー……みたいな感じらしくて」

「合宿?」

「最近の話だけど……ほら、例の山……『荒行の滝』があったとこ」

「ああ!」

 滝については私たち四人共通の思い出なので、みんな一斉に微笑みがこぼれる。

「あの山の上に、やたらとご立派な塾ができてねー」

 凛ちゃんの説明に、私はロビーでの話を思い出す。

「あー……もしかして、それって中村先生が言ってた……」

 これに、優菜ちゃんが肩をすくめる

「うん、多分それだと思う」

「あの人、結構頻繁に来てるよね」

 美咲ちゃんも苦笑いしながら続ける。

「とにかく、『この村に都会の風を入れるんだ!』とか言って、街からお客さんが来るたびに調査に来るんだよ」

 色々雑な印象の強い先生だったけど、そういうところはまめなんだなぁ。けど、凛ちゃんは訝しげ。

「それはいいけど、結局何か進展してるの?」

「さぁねー」

 優菜ちゃんは曖昧に返す。やっぱり、ストリップ部に関することには触れたがらないんだなぁ。けど、それがちょっと不自然だから、私はまだちょっとは脈ありじゃないかなー? なんて密かに諦めていなかったりする。

「んで、あの学習塾、ハシモト・ゼミナールっていうんだけどさー」

「あ、それ、うちの近くにもいくつか建ってるよ」

 凛ちゃんの話に私は頷く。確か、全国チェーンの塾で、とにかく『脱落者を出さない』を最優先に考えたカリキュラムだって聞いたことがある。

「うわー、やっぱり普通にどこでもあるやつだったんだ」

 呆れ顔の凛ちゃんの隣で、優菜ちゃんはやれやれと首を振る。

「自分たちで一から作った、みたいな顔してたくせに、あのジーサン方」

 少し毒を含んだ言い方に、みんなでクスクス笑ってしまう。

「あの塾、合宿とゆーか、寮みたいのもやっててねー、そこにLunaruさんがちょっと前から入ってて、あとから会いに来たのがお湯むすさんたち、ってことだよ」

 合宿……寮……あー……一応、この町に人を呼ぶって目的、忘れてなかったんだ。長期滞在すれば、ここの良さをわかってくれる、って期待してるのかな? 思惑通りにいけばいいけど。

 ここで、凛ちゃんが思い出したように言う。

「そうそう、そのハシゼミより向こう側は北高の領土だから、不用意に踏み込まないようにね」

 その言葉に私はハッとした。

「あー……そういうことか!」

『荒行の滝』の正確な位置はよく覚えてないけど、確かに山の反対側だった気がする。だから北高の領土ってわけね。納得、納得。

「それにしてもさー、ナンとも際どいところに作ったんだねぇ、その塾」

「南北でお金を出し合ったらしいよ」

 優菜ちゃんの淡々とした口調に、私は思わず笑っちゃう。

「お爺ちゃんたちは意外と仲いいのかな?」

 けれど、凛ちゃんの言葉はそんな私の期待を裏切る。

「いやいや、その下の世代を共通の敵ー、みたいにしてるだけだってば」

 あー……これってまさに『管理社会』と『自己責任社会』の軋轢だよね。で、その下の世代では北と南で争ってる……なんかもう、色んな意味で救われないなぁ、ってしみじみ感じる。どうにか仲良くできればいいのに。

 そんな話をしている間に、人生のすごろくゲームも無事に終了! このゲーム、勝敗は『お金』じゃなくて『幸せポイント』で決まるんだよね。だから、二〇〇一年から通してうまく時代に乗り続けられた美咲ちゃんが見事に優勝! おめでとー! けど、こういうのって、勝っても負けても面白い。やっぱり、ゲームはそういう友達と一緒に楽しんでこそだよね!

 さてその後、夕飯の時間になったので凛ちゃんと美咲ちゃんは帰っていった。私たちもまた旅館で夕食を済ませると、食器を片付けながら優菜ちゃんがぼそっと言う。

「明日から早いから、もう寝ないと……」

「え、何かあるの?」

 私が尋ねると、優菜ちゃんは少しだるそう。

「例の塾で夏期講習だよ」

 わー……優菜ちゃん、ホントに勉強頑張ってるんだ。

「だから……ごめんね、夕方には合流するから、それまではリンリンたちと遊んでて」

 けど、私はちょっと思いつきを口にする。

「私もその塾に紛れ込めないかな……?」

「さくっち……勉強したいの?」

 優菜ちゃんが、ちょっと不思議そうな顔で私を見つめてくる。

「……えっ? あ、いやいや、そういうんじゃなくて……」

 さすがに、ここは誤魔化せない。私は正直に話すことにした。

「実はね、いつも見てるアーティストの人……あ、Lunaruさんのことなんだけど」

 さっき話題に上がってたっけ。それで、優菜ちゃんも即座に納得してくれた。

「あー、そういうこと! 出欠とか取らないし、たぶん大丈夫じゃない?」

 なんだか、あっさりした反応。そりゃあ私もやる気出ちゃうよ!

「ねえ、行き先同じなら一緒に行けないかな?」

 優菜ちゃんは少し考えているような素振りで……思い出している、というより、いわゆるコンプラに配慮してるんだろう。

「……まあ、宿泊客同士で意気投合する分には自由だから」

 つまり、優菜ちゃんの立場で声をかけるのは越権気味ってことか。けど……いやいやいやいや、こないだみたく偶然のついで、って形ならともかく、自分から切り出してー……ってのはさすがにハードル高すぎるって!

 けれど、そんな私の背中を押すように、スマホで塾のサイトを見せてくれる。さすがに押されるわけにはいかないけど。

 で、優菜ちゃんが通うのは明日から始まる夏休み集中コース……ってことかな。長期合宿は夏休み前から来週くらいまで……多分、これは受験生ってより浪人生のコースだと思う。

「『自然に囲まれた環境で勉強に集中できます』って……」

 自然に勉強を促す効果はないと思うんだけど。強いていうなら。

「結局それって、この村がつまらないって言ってるよーなもんじゃん!」

 優菜ちゃんが、ちょっとむくれる。その気持ち、わからなくもない。けど、村がつまらないなんて言い方はいただけないなぁ。でも同時に、村を出たがる凛ちゃんの気持ちもちょっとだけ理解できる。結局のところ……言い方の問題だけで、何も解決してないんだけど。

 優菜ちゃんはどうしてそんな塾に通おうと思ったの? ――そう聞きたかったけど――結局、私は言葉にするのをやめておいた。


 夜の静けさに包まれた旅館の部屋――ゆったりとした和室には、どこか懐かしい畳の香りが漂っている。昼間の喧騒を思い返しつつ、私は布団の上にどさっと座り込んでスマホを手に取った。すると。

「あ、紗季(さき)……」

 これは、東京にいる親友からのメッセージか。あの辛口でおなじみの紗季からである。開いてみると――

『貴女なりのストリップは見つかったの?』

 いきなりのド直球。美咲ちゃんや凛ちゃんに魅せられた反面、優菜ちゃんは頑なにストリップから距離を置こうとしていて……どう返せばいいものか。ちょっと悩みそうになってしまったけれど、変に取り繕っても仕方ない。ここはそのまんま答えるしかないよね。

『見つかったような、見つかってないような……』

 送信ボタンを押すと、すぐに返信が飛んでくる。

『人前で裸になるなんて、よくそんな恥ずかしいことができるわね』

 ほら出た、紗季の容赦ない一般常識コメント! ちょっとは励ましてくれてもいいんじゃない? と思ったけど、その続きに目を留める。

『よほど自分に自信がなければできないことだわ』

「うん……」

 画面に向かってつい口に出してしまう。確かに、自信がなきゃできないことだと思う。でも――

 私は自信がないわけじゃない。自分なりに努力もしてきた。けど、他の誰かが後から来たら、つい道を譲ってしまう――それが私、鈴木桜だ。

 ストリップチームのメンバーとしては、凛ちゃんと美咲ちゃんはすでに前向きになっている。全国大会に出るためには四人で組まないといけないので、私を含めてもあとひとり。優菜ちゃんが乗り気でないなら、他の人を探してもいいのかもしれない。……でも、どうしても、それができない。優菜ちゃんを“見捨てる”なんて、私には無理だ。

 私の頭が再びお悩み街道に差しかかろうとしたとき、それを引き止めるように紗季からメッセージが届く。

『ときには自分勝手になることも、貴女には必要よ』

「自分勝手、か……」

 呟きながら、私から『前向きに検討させてくださいー』と軽く送信したことで会話は終わった。

 ここでふと、舞先輩のプライベート動画が頭をよぎる。チャットを閉じて動画アプリを開き、再生ボタンを押してみた。画面の中の舞先輩は、カッコよくて、色っぽくて、圧倒的。華麗なステップに釘付けになり、その洗練されたダンスに息を呑む。そして――

「下着姿もバッチリ決まってて……引き締まってるなぁ……」

 気づいたら、私も立ち上がって動画に合わせてステップを踏んでいた。浴衣の肩を少しずつずらしてみたりして――って、何やってんの私!?

「さすがに、こんな時間にドタバタしちゃダメだよね」

 慌てて襟元を直して、元の布団に腰を下ろす。スマホの画面は一時停止されており、舞先輩の輝く笑顔が映っていた。

『自分なりのストリップ』――その言葉を反芻してみる。私はどこに向かおうとしているんだろう。地元を離れても、結局のところ、自分は自分のままなのかな――

 静かな夜の部屋で、そんなことをぼんやりと思いながら、私はひとりスマホを閉じた。


 翌朝、私は優菜ちゃんと一緒に伯父さんの車に乗り込む。今日は学習塾の日。山道を登る車内で、私は何気なく隣の優菜ちゃんに目を向ける。

「そういえば、私服なんだね」

 勉強しに行くと考えれば、学生服でもいいと思うけど。優菜ちゃんのとこのセーラー服、結構可愛いし。

 けれども、そこにはちょっと複雑な事情もある。

「制服だと、どっちの学校かバレるからさ」

 そう言いながら、優菜ちゃんはバッグの位置を直す。その服装は、部屋着とはまるで違っていて、品のあるシンプルなカーディガンに、落ち着いた色合いのワンピースという真面目な装い。肩にかけたバッグも少し大人っぽいデザインで、いつもの優菜ちゃんより少しお姉さんっぽい雰囲気。なんだか新鮮で、つい見入ってしまう。

「ひぇー、なるほどー」

 南とか北とか、この問題は根が深いんだなー、と変なところで感心してしまう私。でも、そういう理由で制服を避けるのって、何か寂しい気もする。

 車窓には、これまで向き合っていた海模様から一転して、濃い緑が山々を覆い尽くしている。道の両脇には木々が連なり、時折、木漏れ日がちらちらと窓を横切る。手入れされた棚田が斜面に沿って広がっているところもあれば、まるで森の中を突き抜けるような小道もあって、都会では絶対に味わえない景色の連続だ。

 そうこうしているうちに――山道のカーブを曲がったところで、視界に巨大な白い建物が飛び込んでくる。あれがウワサの学習塾か。ここまでの自然の中で浮いているようにも見えるけど、山肌に沿ったデザインがなんとか溶け込んでいないこともない。窓が大きく取られていて、立派な宿泊施設のようにも見える。実際、合宿も行われているので、宿泊施設としての意味もあるのだろう。

「そういえば、免許取ったんじゃなかったっけ?」

 到着する前に何となく聞いてみると、優菜ちゃんは軽く肩をすくめる。

「取ったけど、あんまり運転したくないんだよね」

 免許取りたての頃はあんな楽しそうに車の話をしてくれたのに……。何か怖いことでもあったのかな? なんて思いながらも、優菜ちゃんがあんまり話したがらないので、私はそれ以上聞くのをやめた。

 やがて車は塾の前で停まり、伯父さんが「授業が終わる頃また迎えに来るから」と言い残して帰っていく。

 そして、建物の中は……うん、何ていうか普通。学生たちがポツポツと行き来しているけど、活気があるわけでもなく、妙に静かな感じ。廊下も広くて綺麗だけど、少し冷たい印象を受ける。完全に、効率優先、って感じ。

 優菜ちゃんが授業を受けるのは、上から二番目のBクラス。教室に入った瞬間、ぎゅっと息苦しい感覚が私を包む。部屋の中は学校と似たような雰囲気だけど、机が違う。個人ごとじゃなくて、ドンと置かれた長机が並んでいて、そこにみんながひしめき合う座り方だ。席数はそれほど多くないのに、部屋自体も広くないから、全体的に狭苦しい。

 机の上はタブレットに加えて教科書やノートで埋め尽くされていて、誰もが無言で準備を進めている。窓から入る自然光は教室の端まで届かず、蛍光灯の明かりが部屋全体を照らす雰囲気もなんだか冷たい。

 少しいたたまれなくなって、私は優菜ちゃんにそっと耳打ちする。

「なんか……思ったよりぎゅうぎゅうな感じ……」

「そりゃあ、南北どっちもいるからね」

 なんて小声で返された。南北……あ、そっか、みんな同じ学校の人とは限らないんだよね。

 私たちは隣同士で空いている席に座ったけど、背中が後ろの机に当たりそうなくらい狭くて、ちょっと落ち着かない。

「こんなにぎっしりで大丈夫なの?」

 私はついこぼしてしまったけれど、優菜ちゃんは「まあね」と一言だけ。どうやら周りの人たちも慣れているらしく、気にする様子もない。でも私にはこの環境、結構厳しいなぁ……

 せっかくなので教室を見回してみたけど、期待していたLunaruさんの姿はない。ちょっと残念だけど、まぁ仕方ないか。

 さて、最初の授業は英語。内容は基本的な文法や短文の読解で、なんだか拍子抜けするくらい簡単。塾が開校してまだ二年目だから、そこまで難しいことはやらないのかな。でも、私にはちょうど良かったかも。

 授業の最後は小テスト。昔ながらのマークシート式だったので、スラスラと解けてしまった。

 そして、答案を提出して、休み時間に入ったけれど……私たちの顔色は暗い。

「優菜ちゃん、次は数学だよね……」

「あー……ほんとに面倒……」

 数学が苦手な私は、この時点ですでに戦意喪失。優菜ちゃんもそんなに得意そうではない様子で、ふたりで小さくため息をつく。

 そのとき、不意に横から声をかけられた。

「えーと……鈴木桜さん?」

 顔を上げると、そこには……英語の先生? さっき出ていったばっかじゃなかったっけ? 見た目は普通のおじさんだけど、こっちを探るような鋭い目つきがちょっと怖い。

「あ、はい!」

 一体、何の用だろう。少し緊張しながら立ち上がる。次に来る言葉が、私の予想を超えたものだとは、この時はまだ知らなかった。それは――

「さっきの試験、成績“良すぎる”んだけど」

 ……え? 良すぎるって……どういうこと?

「もしかして、Aクラスと間違えてない?」

 Aクラス――この塾で最上位クラスだとか。いやいやいや、そんなの無理でしょ!

「え……いえ、そんなこと……」

 確かに、講義はちょっと簡単かなー、なんて思ったけど。それでも普通に授業受けただけだし。

「クラス変えるなら手続きしておこうか?」

 先生がさらっと言うものだから、思わず慌てて取り繕う。

「い、いえ、大丈夫です! このままでいいですから!」

 無理矢理笑顔を作って答えたけど、内心はもうドッキドキ。そんな手続きされたら、部外者だってバレちゃうよ!

 数学の授業が始まる直前、私は申し訳ないけれど優菜ちゃんに告げる。

「ごめん、私、やっぱり先に帰るね」

 数学がイヤとかじゃなくて……変な疑いかけられながらここに居座るのに耐えられそうになくて。

 優菜ちゃんは少しガッカリした顔をして、ちょっと考える素振りを見せながら。

「そういえば、さくっちって結構いい学校行ってたっけ」

「そ、そこまでじゃないよ!」

 蒼暁院(そうぎょういん)女子高等学校――偏差値六〇後半の進学校。言われてみれば、Bクラスじゃないほうが自然なのかもしれないけど、わざわざアピールするほどのことでもないし。

 優菜ちゃんがスマホを取り出して「お父さん呼ぶ?」と提案してくれたけど、私は断った。

「いいよ。のんびり散歩しながら帰ってみる」

 山道はさほど入り組んでいないし、なんだか……ひとりで歩いてみたくなったから。


 外に出ると、周りは木々に覆われていて、日差しも意外と穏やか。さっきのクラスでの緊張感がすーっと溶けていくみたい。

「Lunaruさん、会いたかったなー……」

 ひとりごちながら、私は静かな山道を歩いていく。濃い緑に囲まれているおかげか、空気が澄んでいて気持ちいい。しばらく歩くと、田畑と川が目に入る。

「あー……のどかだねぇ……」

 遠くで水が流れる音が聞こえる中、田んぼのあぜ道にはトンボが飛んでいる。自然を感じさせてくれる雰囲気に癒やされつつ、さらに進んでいくと、再び車道に出た。すると、ポツポツと民家も現れてくる。

「お店もあるんだぁ……」

 食料品店、理髪店、そしてホームセンター。チェーン店ではなく、どれも個人経営っぽい素朴さがある。ホームセンターの店先にはチェンソーが並んでいて、『本気の工具』感がすごい。都会とは全然違うけど、それがこの土地の魅力なんだろうな。

 そんな風景に感心していた私の目に、ふと自販機が飛び込んでくる。

『スリーセブン』――懐かしい――!

 見た瞬間、胸がキュンとするような思い出がよみがえる。この炭酸水、私が小学生の頃に一時期流行ってたんだよね。オレンジっぽい味だけど、ただ甘いだけじゃなくて、ほんのりとほろ苦い。まるでミカンを皮ごと食べてるみたいな感じで、それがまたクセになるやつ。最近ではすっかり見かけなくなってたけど、こんな場所に残ってたなんて。これは買わないわけにはいかないでしょ!

 ボタンをポチッと押し、スマホをかざして決済。ガタンと落ちてきた缶を取り出して……よし、久しぶりに味わうぞ! ――と、そこで、背後に何かの気配を感じる。えっ、何? 振り向いてみると――ぎょえっ!?


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