【コミカライズ】「お姉ちゃん、見てるぅ~?」
『お姉ちゃん、見てるぅ~?私、今から勇者様と一緒に魔王を倒してきまーす』
魔導結晶が再生した映像記録には、勇者アレンと並んでいる妹デイジーの姿が映っていた。
『これからは私が勇者パーティの聖女よ。ごめんねぇ、お姉ちゃん。でもアレンがお姉ちゃんより私の方がいいって言うからぁ』
『そういうこと。あ、エステルとの婚約は破棄するから。お前は地味だし真面目過ぎて、俺には合わないと前々から思ってたんだよね。魔王を倒したら、英雄になるわけだし?そんな俺に相応しいのは、デイジーのように魅力的な女性ってわけ』
『きゃっ、アレンったらぁ。そんな本当のことを言ったら、お姉ちゃんが可哀想よぉ』
『それにさぁ、本来聖女に選ばれるのはデイジーの方だったのに、エステルがズルをしたんだって?そんな卑怯な奴を勇者パーティに置いとくわけにはいかないって、仲間たちも同意してくれたんだわ。魔王は俺たちで倒してくるから、エステルはそこで指を咥えて待ってな?ギャハハハハ』
バカ笑いをするアレンを背景に、デイジーの顔がどアップで映し出された。
『地味なお姉ちゃんが聖女なんて、どう考えてもおかしいでしょ?私の方が可愛いし魔力量も多いのに。きっとお姉ちゃんが大司教様に私の悪口を吹き込んだんだ~って泣き付いたら、みぃんな信じてくれたわ。どう?お姉ちゃん。悔しい?』
囁くような声が流れてくる。アレンに聞こえないよう、魔導結晶に顔を近づけて話しているらしい。
『あとね、この映像は一度再生したら消えるように設定してあるから。お姉ちゃんが何を言ったところで、誰も信じないわよ。誰も彼も、可愛い私の味方だもの。じゃあねえ、お姉ちゃん!』
そこで映像記録は終わり、魔導結晶がぷしゅぅと音を立てた。映像が消されたのだ。
「……だそうですけど、皆さん」
振り向いた私の前には、赤い顔と青い顔が見事なコントラストを描いて並んでいた。
青ざめているのは私の両親と、勇者アレンの両親であるブリック夫妻。
赤い顔でぷるぷると震えているのは、デイジーの婚約者とその父親だ。
デイジーが突如、行方不明になったのは数日前のこと。そして今日、デイジーから私宛てにこの魔導結晶が送られてきたのだ。
沿えられた手紙には「お姉ちゃんへのメッセージだから、こっそり見てね!」と書いてあった。
まさかアレンたちと行動を共にしているとは想像していなかった私。
「もしかしたら妹は誰かに拐かされ、密かに助けを求めてきたのかも……」と涙ながらに訴え、関係者を集めた上で映像を再生したのである。
あの妹のことだ。どうせロクでもない内容だろうとは思っていたけどね。
一度キリの再生にしたのはいいけど、私が最初から他人と一緒に視聴するかもという所にまでは頭が回らなかったらしい。
「どういうことだ!デイジーはうちの息子と婚約しているのに……これは不貞だ。相応の慰謝料を払って貰うぞ!」
デイジーの婚約者はローラット男爵の令息だ。絶句している令息に代わり、男爵は怒りの形相でうちの両親へ詰め寄った。
あーあ。これで婚約もなくなるだろうね。
令息はデイジーにべた惚れだから、大人しくしていれば大切にして貰えただろうに。
「な、何かの間違いです。うちのデイジーは純真な良い娘だ。きっと脅されているんです!あるいは偽映像かも……。なあ、お前もそう思うだろう?エステル」
いやあ、どう見ても本人がノリノリだったでしょ。
それに映像記録用魔導結晶は、非常に高度な保護が施されている。その信頼性は高く、裁判の証拠にも使われるほどだ。
素人が易々と改竄できるような代物だったら、証拠にならない。
それを指摘された父の目が泳いだ。
男爵様からの慰謝料なんて、平民に過ぎないうちの両親が払えるわけないもんね。
何とか言い逃れをと考えたらしく、父は「きっとデイジーはアレン君に唆されたんだ!」と言い出した。
「何だと!?うちの息子が悪いってのか!」
火の粉が自分に飛んできたことに腹を立てたブリック氏が怒鳴り返した。
「悪いのはエステルさんよ!貴方にもっと魅力があれば、うちのアレンの心を繋ぎ止めておけたのでしょうに」
「そうだ、全部エステルが悪い!お前が責任を取れ」
何でそうなるかなあ!?
うちの両親やブリック夫妻はもちろん、ローラット男爵親子まで私の方を睨んでいる。まるで、私が全ての元凶のような扱いだ。
誰かを悪役にしないと収まらないんだろうな。妹の虚言ですと言ったところで、信じて貰えるかどうか……。
はぁと溜め息を吐いて口を開こうとしたその瞬間、ドンという音がした。
この場で唯一冷静だった人物――セドリック王子が、拳で机を叩いたのだ。
「いい加減にしてくれないか。見苦しい」
◇ ◇ ◇
「ずるいずるい!お姉ちゃん、それ私に頂戴!」
それが、一歳下の妹デイジーの口癖だ。
私たちが幼い頃から、両親は妹だけを溺愛した。
見事なウェーブを描くブロンドの髪に、瑞々しい肌、華奢な身体の妹に比べ、ぱさぱさの茶髪に細い目で、背の高い私。
見目の良い妹を可愛がりたい気持ちは、分からなくもない。だけどうちの両親の姉妹差別は、いくら何でも行き過ぎだと思う。
あれは幾つのときだったか。
母と妹と三人で買い物へ行って、私だけ大荷物を持たされて。
「エステルは身体が大きいから大丈夫よね」と、母は事も無げに言った。
娘一人に荷物を持たせる行為の何が大丈夫なんだか、さっぱり分からない。
今月はお金が厳しいからと誕生日を祝って貰えなくて。
先月の妹の誕生日は盛大に祝っていたのに。
「お前はお姉ちゃんだから、我慢できるだろう」と言われた。
あの時は、流石に泣きそうになったな。
そうやって両親が甘やかすものだから、妹は際限なく欲しがるようになってしまった。
少しでも私が妹より良いものを持っていたら、「ずるいずるい」とごねる。服だって小物だって、私より妹の方がずっと良い物を持っているのに。そして私が断ったら泣き叫ぶ。
最後は両親に「お姉ちゃんなんだから、譲ってあげなさい」と私が叱られるまでがワンセットだ。
誕生日だからと友人のお母さんが焼いてくれたクッキーも、湖で拾った綺麗な石も、近所のお店の手伝いをしたお礼に貰った銅貨も、みんなデイジーに奪われた。
子供の頃は反発もしたけれど。
十歳を過ぎる頃には、すっかり諦めの境地に達していた。
だけど四年前、その関係性に変化が起こった。
私と妹が聖女候補に選ばれたのである。
魔王が復活し、魔族が溢れ出したのは十年ほど前のこと。
伝承によれば、この世界では数百年毎に魔王が復活しているらしい。そして、合わせて必ず勇者も出現する。
それは、我々が信仰を捧げる女神クィアネル様の御業だ。
彼女は愛し子である人間の危機に際し、魔王に対する対応策として勇者を遣わすのである。
ほどなく、女神様の神託を受けた大司教様により勇者アレン・ブリックが見いだされた。
王家と大司教様はすぐに勇者を保護。そして彼を補佐させるべく、優秀な魔法使いや戦士、そして治癒能力を持った娘たちを聖女候補として集めた。
治癒の技能持ちということで神殿へ連れて来られ、魔力の量と質を測定された私たちは、聖女候補として十分な能力を持っていると判断された。特にデイジーは候補の中で最も魔力量が多かったらしい。
それを聞いた時の両親の浮かれようといったら、こちらが恥ずかしくなるくらいだったわ。
「最高の魔力量ですって!ご近所に自慢しなくちゃ」
「デイジーは聖女になれるかもしれないな。さすがは俺たちの娘だ」
「まあっ。聖女に選ばれたら、この街どころか国の英雄になれるわ」
ちなみに私へ掛けられた言葉は「エステル。姉として、デイジーを助けるんだぞ」だけ。
いつも通りのことだ。私は吹き上がっている三人を余所に、淡々と聖女候補の修行に努めた。
ところが、最終的に聖女へ選ばれたのは私だったのである。
「ずるいずるい!私の方が魔力量多いのに、何でお姉ちゃんが聖女なの?私に譲ってよ!」
聖女を選ぶのは神殿の大司教様だ。私が勝手に譲ることは出来ない。
別に私が聖女の地位を望んだわけでもない。なんせ、聖女としての修行や無料奉仕に加え、勇者パーティとの戦闘訓練にも参加しなければならないのだ。ほとんど休みなしである。代われるもんなら代わって欲しい。
国王陛下から私がアレンと婚約するように命じられたことも、彼女には不満だったようだ。
この婚約は英雄となる彼に、爵位と配偶者を与えて自国へ縛り付けるための施策に過ぎない。そう何度も話したのだけれど、妹には理解出来なかったらしい。
「何でお姉ちゃんが勇者様と結婚するの?ずるい!」
「そんなこと言われても、陛下のご命令だし……。だいたい、デイジーにはちゃんと婚約者がいるじゃない。チェスター様は男爵家の嫡男だから、デイジーは男爵夫人になれるのよ?」
「勇者様だって、魔王を倒したら爵位と領地を貰えるんでしょ?それに、チェスター様はおデブだもん。一緒に歩くのは恥ずかしいの。その点、アレン様は逞しくて格好良いもの!」
聖女候補の奉仕活動のため孤児院へ出向いた際、慰問に訪れていたチェスター様がデイジーの美貌を見初めたらしい。お相手が貴族と聞いて、デイジーも両親もこの婚約に飛びついた。
婚約した当初は、「私は貴族になるの。お姉ちゃん、羨ましいでしょう~」と私に向かって散々自慢していたくせに、最近では不満たらたらだ。アレンが良いというより、私が妹より高い地位になるのが気にくわないのだと思う。
確かにチェスター様はちょっとだけ太ましいけれど、顔は整ってるし優しくて良い方なのに。
その後、デイジーはアレンへ猛アピールし始めた。
何度か彼女を窘めたが「義兄となる人だもの、仲良くして何が悪いの?嫉妬はみっともないわよ、お姉ちゃん」と躱されてしまう。
二人がどんどんと親密になっていくのを、私はいつもの諦めの境地で眺めていた。
元々、明るくてムードメーカーなアレンと地味で大人しい私は気が合わないところはあった。そこへ美人のデイジーに言い寄られたのだから、アレンがぐらつくのも分かる。
だけどこの婚約は国王陛下の命だ。二人とも、そこまで愚かな事はしないだろうと思ってたんだけどな。想像以上にバカだったわ。
◇ ◇ ◇
「いい加減にしてくれないか?見苦しい」
冷静ではあるが怒りを滲ませたセドリック殿下の声に、騒いでいた両親たちはぴたりと黙った。
第三王子セドリック殿下。
殿下の御母君は側妃で、かつ第三王子ということもあり、王位継承からは程遠いと言われている方だ。だがその優秀さにより、貴族たちからも一目置かれているらしい。
彼は魔王軍対策本部の長に就いており、私たち勇者パーティへの支援や援軍の配置などを一手に引き受けている。その縁で、アレンや私は何かと殿下へお目に掛かる機会が多かった。
「筋違いの怒りを聖女エステルへぶつけるのはやめろ。それに、ウェイド夫妻。お前たちは、それでもエステルの親か?彼女は婚約者や仲間たちに裏切られたのだぞ。しかも、実の妹のせいで。傷ついた彼女へ寄り添うどころか責め立てるとは……とてもまともな親の所業とは思えない」
「エステルは図太いから、そんな心配は要りませんよ。なあ、エステル?」
「姉の婚約者と不貞をした上に、こんな映像を送ってくる女の方がどう考えても図太いと思うが」
全くの正論である。
ぐうの音も出ない父が縋るように私を見たが、知らぬふりをした。
「勇者アレンもだ。陛下が命じた婚約を勝手に破棄するとは、国家に対する背信行為だぞ」
「それは、エステルさんに魅力がないから……。うちの息子は常々不満を持っていたのです」
「婚約者に魅力があろうがなかろうが、不貞をして良い理由にはならない。もっとも、俺はエステルに魅力が無いとはこれっぽっちも思ってないが」
アレンの母親が反論したが、殿下から一刀両断にされていた。
彼女は元々、私が気に入らなかったらしいからね。会う度にちくちくと嫌みを言われていた。
私がというより、大事な息子ちゃんに嫁なんて!って感じだったのかも。彼らもアレンのことを溺愛していたから。
あと殿下、お世辞とはいえ褒めてくれてありがとう。ちょっと嬉しい。
「しかしですな。デイジーの言によれば、エステルは聖女の立場を不当に得たそうではないですか。不貞をしたデイジーは勿論ですが、聖女エステルにも非があるのでは?」
「そうです!それに、エステルは普段からデイジーへ辛く当たっていたと聞いています。彼女にも何らかの罰を与えるべきです!」
静観していたローラット男爵と、令息チェスター様が口を開いた。
デイジーは普段から、あれこれと私の悪口を婚約者へ吹き込んでいたらしい。チェスター様はそれを信じて、いつも私に「妹を虐めるのはよせ」と文句を言っていた。
「それは全て、デイジーの虚言だ」
「うちのデイジーはそんな娘じゃありません!」
「殿下、そのような根拠のないお言葉は如何なものかと」
「根拠?幾らでもある。デイジーは聖女候補としての務めを怠り、他の者へ仕事を押しつけていた。地方での奉仕作業に彼女が出向かなかったことは記録に残っているし、司教や聖女候補たちからも証言を得ている。疑うなら、神殿へ聞いてみるがいい。それに対し、エステルは真っ当に務めを果たし、修練へも真摯に向き合っていた。彼女は妹を含む他の聖女候補たちに対して、常に礼儀正しい態度で接していたと司教からの報告には記載されている。どちらが聖女に相応しいのか、一目瞭然だろう」
聖女候補は修行の一環として、貧しい民へ治療行為を施すという無料奉仕が課せられている。
だけどデイジーは頻繁に「今日は体調が悪いの~」と奉仕をサボっていた。
もちろん仮病だ。「わざわざ田舎まで出向いて、貧乏人の相手なんてしてらんないわ。お姉ちゃんあとはよろしく~」とゴロゴロしながらほざいていたもの。
妹が休んだ分、私や他の聖女候補の仕事が増える。そのため、聖女候補たちからのデイジーに対する評判は最悪なのだ。
聖女候補を指導する司教様たちにも、その悪評は届いている。当然、彼らを統括する大司教様にも。
私が聖女に選ばれたのには、きちんとした理由があるのだ。
両親は「そんな……」と絶句しているし、チェスター様は「嘘だっ……」と呟いている。
両親はともかく、婚約者の前でデイジーは猫をかぶっていたからね。あんな映像を見せられても、まだ彼女を信じたいらしい。
「チェスター。婚約者の言葉を信じたいのは分かるが、貴族ならば何事も裏を取るべきだったのではないか?ローラット男爵もだ。思慮不足にも程がある」
「……申し開きもございません」
「聖女エステルに対する暴言についても、詫びを入れよ」
ローラット男爵親子は渋々「聖女エステルへの非礼、お詫びする」と私へ頭を下げた。
ここは自分たちが不利と判断したのだろう。
殿下にギロリと睨まれたブリック夫妻も慌てて頭を下げたが、両親は最後まで私に謝らなかった。
「君の家族をあまり悪く言いたくはないが……。とんでもない両親だな」
「いつものことです」
「それに妹もだ。何を考えてあのような映像を送ってきたのか、さっぱり分からないな。自分の首を絞めるだけだろうに」
「それも、いつものことです」
市井では、他人の恋人や婚約者を奪ったあげく、相手を虚仮にするような映像を送りつける行為が流行っているらしい。
それを聞いて真似したくなったんだろうね。
こういうの、東方の格言にあったような。えーと……キジも鳴かずば何とやら、だっけ。
あの後、うちの両親とブリック夫妻はどっちが慰謝料を支払うかで揉め、大喧嘩となった。掴み合って争う彼らを放置し、セドリック殿下は私を伴って早々にその場から離れた。
私が巻き込まれないように、連れ出してくれたみたい。
良い人だなあ。
セドリック殿下は見た目もイケメンだが中身もイケメンだ。惚れてまうやろ。
いや、惚れないけどね。
いくら何でも身分が違いすぎる。
デイジーは殿下へもすり寄っていた。
王子様へ自らを売り込むその胆力にだけは感嘆する。
でも、当然だけど相手にされなかった。デイジーがいかに美少女といえど、所詮は田舎娘。後宮一の美姫と謳われたお母上を見慣れている殿下からすれば、デイジーの美貌なんてそこら辺のご令嬢と変わらないらしい。
外見が駄目となると、妹の取り柄はその膨大な魔力量くらいしかない。身分差を越えるほどの魅力ではないのだ。
セドリック殿下を落とせないと理解したデイジーは、落としやすいアレンへと舵を切ったのだろう。そういう見切りは的確なんだよね、あの子。
「殿下、先ほどはありがとうございました。おかげで、私のせいにされずに済みました」
「当たり前のことを言っただけだが……。日々あのような家族に悩まされてきたのだな。エステル、さぞや辛かっただろう」
「大丈夫です。慣れていますので」
「無理しなくていい。仲間や家族に裏切られたのだ。傷ついて当然だ。怒ったって、泣いたっていい。君にはその権利がある」
今、そんな優しい言葉を投げかけないで欲しい。
涙腺がゆるむから。
あの映像を見れば両親の目が覚めるかも、と少しだけ期待してたのは事実だ。
結局、彼らの妹に対する盲目ぶりは変わらなかったけれど。
アレンだって。
「婚約は想定外だけど。まあ俺っちはこんなんだから、嫁は真面目なくらいでちょうどいいのかもな。これからもよろしく!」なんて言いながら、手を差し伸べられたときは本当に嬉しかった。
親や妹から離れて、彼と新しい家族を作る。
そうすればこの空っぽの心が満たされると思っていたのに。
パーティの仲間たちだってそうだ。
一緒に厳しい訓練を受けて、命がけの戦いをくぐり抜けてきたんだもの。
信頼できる仲間だと思っていた。
「ウェイド家とブリック家の争いが君へ波及しないよう、こちらでも対処するよ」
「重ね重ね、ありがとうございます」
「聖女たる君を守るのは、魔王軍対策部長として当然の仕事だ。これからも困りごとがあれば、俺か俺の側近に相談するといい。……エステル。君の頑張りは知っている。俺だけじゃない。陛下や大司教だって、ちゃんと分かっているよ」
私の瞳へ浮かんだ涙に、セドリック殿下は気付かないフリをしてくれた。
◇ ◇ ◇
「勇者様まだかなあ」
「おい、押すなよ」「そっちこそ」
外から喧噪が聞こえてくる。
王宮前の広場に集まった民衆たちだ。皆きらきらとした眼をして、私達の登場を待ち望んでいる。
あれから、魔王は倒された。勇者セドリックの手によって。
アレンたちは魔王城へたどり着くこともできず、ボロボロになって帰ってきた。
妹はほとんど役に立たなかったらしい。
デイジーはその魔力量の多さ故に、魔力展開が雑なんだよね。
コスパの良い技を一生懸命学ぶ私や他の聖女候補を、彼女はバカにしていた。
ちょっとした怪我を治すのにも大がかりな技を使うもんだから、すぐに魔力切れを起こしてしまったのだろう。
しかも、お嬢様扱いに慣れた彼女に、旅はきつかったようだ。
やれ疲れただの足が痛いだのと言い出して全然進まないので、アレンや他の仲間たちと喧嘩になり、泣きながら飛び出していったらしい。
アレンたちはデイジーを置いて魔王城へ向かったが、聖女による治癒や強化が無い状態で大量の魔物に勝てるわけもなく。
ボッコボコにされ、命からがら逃げてきたそうだ。
その様子を見て、女神様もアレンに愛想を尽かしたんだろうね。
「新しい勇者としてセドリックを選ぶ」との神託が下ったのだ。
「側室腹で第三王子の俺を選ぶあたり、女神様も理解ってらっしゃるね」とセドリック様は笑っていたけれど。
セドリック様は執務能力だけでなく剣術にも秀でており、人望もある。勇者の資質は十分だと思う。少なくとも、アレンよりは遙かに。
彼の依頼で、私は新しい勇者パーティの聖女として加わった。他のメンバーも、セドリック様が配下の騎士や冒険者ギルドから吟味して選んだ優秀な者ばかり。
私達はセドリック様の指揮の元、一丸となって戦い、魔王を倒したのだ。
「エステル、そろそろ時間だ。……っ」
控室へ入ってきたセドリック様が、私を見て言葉に詰まった。その頬が赤くなっている。
「セドリック様、どうなさったのですか?」
「……エステルが余りに美しいので驚いた」
「ふふっ。ありがとうございます。私にそんなことを仰って下さるのは、セドリック様だけですわ」
「そんなことはない。君は、自分の美しさを過少評価し過ぎだ」
「まあ……セドリック様こそ、礼服姿がとても凛々しくて見惚れてしまいました」
照れながら褒めあう私達を、着付けをしてくれた侍女さんたちがあらあらウフフという顔で眺めている。
今日はセドリック様と私の結婚式なのだ。
旅が終わって諸々が片づいた後、彼から求婚された。
最初は身分が違いすぎるからと断ったのだけれど、「苦難を共にして確信した。君が、俺の伴侶となるべき人だって。もし君に断られたら、俺はもう一生結婚しない」と強引に口説き落とされた。
結婚後、セドリック様は臣籍降下し、侯爵位と領地を賜ることになっている。
平民のままでは王族へ嫁ぐことは出来ないので、私はとある伯爵家の養女となった。教養は神殿である程度学んだけど、貴族夫人の教養や行儀作法とはまた違うんだね。
突貫で一から叩き込まれたのは辛かった……。
伯爵家へ入る時に、両親とは縁を切った。
二人ともなんか騒いでいたけど、知らな~い。
ちなみに、元勇者アレンは国王が定めた婚約を勝手に破棄した罪に問われ、罪人として鉱山の強制就労送りとなった。デイジーもそれを示唆したとして、仲良く鉱山送りだ。
国王陛下の命令をなんだと思ってたんだろうね、あの二人。
アレンは「婚約者だろ?助けてくれよお」と縋ってきたけど、知らな~い。元婚約者、だしね。
勇者パーティの仲間も鉱山送りこそ免れたが、国外追放となった。もう会うこともないだろう。
「勇者様!聖女様!ご結婚おめでとうございます!」
「お二人とも、なんとお美しい」
「お二人がいらっしゃる限り、この国は安泰だ!」
ファンファーレが鳴り響き、私達はバルコニーへと進んだ。
観衆は大喜びで、手を振る私達へ祝いの言葉を投げかけてくれる。
……この光景を魔導結晶に記録して、妹へ送りつけようか。
なんて考えてしまうあたり、私も性悪だ。
実はね。
最近流行っている映像送りつけ行為を妹へ教えたのは私なんだ。
私を貶めることを生き甲斐のようにしている彼女のことだから、乗ってくるだろうと思っていた。
あ、セドリック様にはきちんと話したよ?
やっぱりそうだったかと笑ってくれた。勇者に選ばれて傲慢に振る舞うようになったアレンと、修練をサボってばかりのデイジーには苦情が出ていたから、こっちも助かったって。
私は今までずっと、デイジーに奪われ続けてきた。
だから少しだけ、ほんの少しだけ仕返しをしたかったのだ。
ここまで上手く事が運ぶとは、予想してなかったけれど。
幸せいっぱいの私の姿を見せられたら、妹はどんな顔をするだろう。
最初の台詞はもちろんこうだ。
『デイジー、見てるぅ~?私、今から王子様と結婚しまーす!』