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別れ

 俺とモモはその両隣に寄り添うように歩いていくが、クレーターから出てすぐ、若葉の足が止まった。

「……………………………」

 その視線の先にあるのは、苔むしたベンチと、手入れされた墓石。

「…………少し外していようか?」

 俺は彼女を気遣うように、モモの二匹を片手ずつ同時に、バスケットボールのように手でバウンドさせて両脇に抱え、聞いた。ボール扱いされたモモは、なんとなく雰囲気を察することができているのか、俺の腕の中でおとなしくしている。

「そう、ですね」

 俺はその答えを聞き、心配そうに震えるモモたちを少し強く抱き、離れようとしたが______

「や、やっぱり、ここにいてくれませんか?」

 俺はその言葉を聞き、モモたちと顔を見合わせると、二匹は俺の腕からするりと抜け出し、森の中へとはねていった。

「………気を使わせちゃいましたかね?」

「…………そうなのかもしれないな」

 魔物である彼らに俺たちのような感情があるのかどうかわからないが、ここまでの彼らを見ると、俺たちの感情はなんとなくわかるらしい。

 俺は二匹が去っていったほうを見ながらそんなことを考えていると、若葉がゆっくりと墓石へと近づいて行った。

 俺は、この雰囲気が苦手だ。

今まで辛いことをがあった分、どうしてもふざけたり無理に明るく振舞ったりする俺にとって、この雰囲気の中にいると、俺まで気分が沈んでしまう。

だからこそ、若葉を後ろから眺めるだけでこの場で立っていようと思ったのだが____

「…………………よし」

 俺はその思いを振り切って、墓石の前にしゃがみこむ彼女の隣に並んだ。

「…………………」

 彼女は隣で何も言わず、墓石にやさしく指を走らせた。

 彼女の指先見目を向けると、そこには、小さく、数えきれないほどの名前が彫ってあった。

全ての文字には統一感はなく、解読できそうもない。

昔の文字なのか、別の世界の文字なのかはわからないが、彼女には読めているのだろう。彼女はゆっくり、一つ一つ、やさしく指でなぞっていった。

「……………………………」

 俺はそれに気づいたとき、彼女の表情を見ることができなかった。

 もし彼女が悲しい表情をしていたら、俺はどうするべきなのだろうか。

 俺は彼女の悲しみの原因を取り除くことができたが、それでも、いざ彼女が悲しんできた痕を目の当たりにすると、どう声をかけていいかがわからなくなってしまった。

 だが____

 彼女は________

 彼女の顔を視界から外そうとしたとき、俺の視界の端に見えたのは、彼女のやさしそうな表情だった。

 笑っているでもなく、悲しんでもいない。

 思い出を振り返り、昔を懐かしむような、そんな表情。

 俺はそれを見て、ようやく気付く。

彼女にとって彼らとの思い出は、悲しいだけではなく、楽しいこともあったのだということに。

「………………………」

 果たして俺は、彼女のように、悲しみの数を刻んだものを前にして、そんな表情ができるのだろうか。

 前の世界で俺は、裏切られ、一人で魔王に挑み、一人で魔王を打ち倒し、一人で死んだ。

 “神話再臨”を使う代償で、記憶を失ってもいいと思えるほどの思い出。だが、その中にも、懐かしく思えるほどの温かい思い出があったはずだ。

 俺が彼女の表情を見ることができなかったのは、俺が過去を悲しむことも、懐かしむこともできないから。

その気持ちがわかっても、共有することができないから______

 思い出が消えてしまう恐怖で目をそらしていたからではないだろうか。

「……………………」

 俺は、暗く沈んでいく思考を紛らわすように、今、視界に移っているものへと焦点を合わせた。

 どれだけの時間が過ぎたのだろうか。俺が暗く沈んだ思考から戻ってきたころには、若葉が墓石の隅に刻まれた、やけに薄くなっている名前を指でなぞっていた。

 そこには、少しゆがんだ字で、“楓”と記されていた。

 おそらく、若葉に名前を付けたという日本人が彼女だろう。

 若葉は日本語を知らないはずなので、彼女に教わった漢字を石碑に彫ったのだろうか。

「…………………ようやく終わったよ」

 そんなことを考えていると、彼女は地面に落ちていた枝をとり、その枝に魔力を込めた。

 すると、その枝はまっすぐ鋭く伸び、石すら削れるような硬さになった。

 そして、彼女はその枝で楓の文字の隣に、“若葉”という文字を、刻んだ。

「………………それでいいのか?」

 俺は、自分の名前を墓石に刻んでいる若葉を見て、そう質問した。

「いいんです。黒龍が倒され、この森の、黒龍封印の管理者としての私は死にましたから」

「………………そうか」

「それに、楓がこの石碑を見たときに、私が黒龍に挑戦した記録だって説明したんです。その時に、楓がここに自分の名前を彫ったんです。

その時に、約束したんですよ。もし、黒龍が倒されたら、隣に私の名前を彫ってほしいって。

もし、私以外の勇者が、黒龍を倒して、管理者として、自由になったら、ここに、名前を、彫って、ほ、しいって…………」

「そうか」

 名前を刻み終え、震え始めた若葉の手をそっと握り、やさしく肩を抱いた。

「うっ…………ぐすっ…………」

 やはり、彼女にとってこの墓石は、悲しみを与えてきたものだったのだろう。

 たとえ、どんなに楽しく、懐かしい思い出があったとしても、別れによって悲しみに代わってしまうのだ。


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