表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/44

若葉の過去

 若葉はクレーターの外から爪の一撃を食らって霧散してしまった俺をずっと見ていた。

 目をそらさず、黒龍が中心の定位置に座り込むまで、ずっとそこを眺めていた。

 そして彼女が泣きそうになった時、俺は彼女の肩をたたいた。

「ごめん、負けちゃったわ」

 そう軽くいった俺の方を勢いよく振り返った彼女の目からは、涙がこぼれていた。

 少し遅かったかと俺は反省をするが、これ以上早く体を元に戻すことができなかったのだ。これくらい許してほしい。

「……………っっ!!!」

 そして若葉は、力なく笑う俺に無言で抱き着いてきた。

「今回は、裸なのに怒らないのか?」

「………………今回は、特別です」

 そう言った彼女の声は少しくぐもっていた。

 俺は戦って負けそうになっても逃げきれるように、保険をかけておいた。

 おれの“真祖”の能力は、血を操ることができ、そして、殺した相手の体を血の結晶にしたり血に変換したりすることができる。今回はそれを俺の体に応用した。

 俺は爪の一撃を食らった瞬間、全身を血の霧に変えて難を逃れ、ここで再び体を形成して生き延びた、というからくりだ。血の霧になっているときは思考ができないため、あらかじめ体を再生する場所には自身の血を置いておく必要があり、今回も血の翼の形を変えているときに血を少し置いておいた。この力は無敵のようにも見えるが、血の霧になっているときは意識が飛び、言葉通り霧散してしまうこともあり得るためあまり使いたくなかったが、今回はそれに命を助けられた。

 だが、完全に無事というわけでもない。

 俺は、肘から下を失ってしまった右腕を見た。

 今は血を操る能力で出血を止めて血の霧が返ってくるのを待っていたが、右手はもう帰ってきそうもなかった。あの爪の一撃で文字通り霧散してしまったらしい。

「…………お帰りなさい」

「……………あぁ、ただいま」

 そう言って顔を上げた彼女の顔にはもう涙は残ってなかった。そして、少し笑った彼女の表情に影はあったが、少しだけ薄れているように見えた。



 俺の魔力が回復して血の翼で服を纏うことができるようになった時、俺と若葉は封印のそばで座っていた。

若葉に案内された場所には、背もたれのない丸太を横にしたようなベンチが置いてあった。目の前に黒龍がいるのになぜこんなところにベンチがあるのだろうと少し不思議な気持ちになる。

「「…………………」」

 かなり昔に作ったものなのだろう。そのベンチのほとんどを苔が埋め尽くしていた。

そしてその近くにあるのは、墓標のような石。苔むしたベンチくらい古そうだったが、手入れをしているのか汚れ一つなく、周りから浮いてしまっていた。

墓標には文字のようなものが刻まれているが、読むことはできない。それほどまでに文字は薄れてしまっていた。

直接本人には聞けないが、二百年前の日本人との思い出の地なのだろう。

「指切りってさ、約束を破ったら小指を切らないといけないから指切りなんだ」

「………………は、はぁ」

「だけどさ、見てよこれ」

 俺は肘から下のない右腕を、ちょうど右側に座っていた若葉に見せる。

「約束は守ったのに、腕ごといかれたんだけど!!」

「……………………」

 期間限定の渾身のギャグは、どうやらお気に召さなかったらしい。なんというか、身を切ってるのにこれ以上身を切るネタはもうやらない方が身のためなのかもしれない。

「…………………………最初は絶対に勝つって言ってました」

「うっっ………………」

 それを言われると、ちょっときついかも。

 俺は若葉に文句を言われたことに傷つくも、以前のような影がないことに少し安心した。

「でも、帰ってきてくれて本当にありがとうございます」

「…………………あぁ」

 俺はここにきてようやく見せてくれた心からの笑顔を見て、先ほど黒龍に負けたことがどうでもいいような気持になった。だがそれと同時に、彼女の心の闇が完全に晴れていないことに少し不安を覚えた。

 恐らく、俺がもう一度黒龍と戦うと言ったら、彼女は止めてくるだろう。そして、ひどく悲しんでしまう。そして、黒龍に勝ったとしてもその闇は残ったままになってしまう。

 だからこそ、ここで何とかしなくてはならないのだが______

「もう一度、戦いたいんですよね?」

「!!」

 俺はその先を考えようとしたが、すでに俺の考えを読まれていたため、その考えは中断させられてしまった。

「私は止めませんよ。ただ、ここで見送るだけです」

 そういう彼女の顔は笑っていたが、どこか諦めているような、ある意味晴れ晴れとした表情をしていた。

 雲が多く残っているけど、なんとなく晴れだというようなそんな空模様。

 多分俺の力では、彼女の心をこれ以上明るくすることはできないだろう。

 諦めないことで定評のある勇者ミサキですら簡単にあきらめてしまうほど難しいことだった。

 だから______

「…………………知ってる?この仮面」

 俺の言葉ではどうにもならないことが分かっていたから、若葉に本心を語ってもらうことにした。

「……………………いえ」

「五百年生きてたんだから、知ってると思ったんだけどな。

 これ、《純白》っていう勇者がかぶってたものなんだって」

「!?」

 若葉は驚いて、立ち上がってしまった。やっぱり知っていたか。

「あぁ、安心して。黒いけど俺が魔王になったわけじゃないし、そもそもこれは____」

 壊れている。そう続けようとしたが、やめておいた。

「これを被ると、心の底からの願いが分かるんだって」

 本当は願いを叶えるものだが、ここではそれをごまかした。

 別に嘘をついたというわけでもない。実際、この仮面を被ったメアリーは本当の願いを知ることができ。叶えることもできていた。

 今必要なのは、若葉に本心を話すきっかけを与えること。

 そして、俺が仮面の代わりに願いを叶えることだ。

「俺の今の心からの願いは、黒龍を倒して君をここから救い出すこと」

「え?」

 俺は仮面に手をかけ、ゆっくりと外す。そして_____

「君の本当の願いは?」

 仮面を若葉に差し出した。

「………………!!」

 俺の右目がないことに驚いたのか、俺の行動に驚いたのかどうかは分からない。だが、彼女は驚きはしたものの、すぐに仮面に目を移し、それを手に取った。

 だが、それをつけようとはしない。ただ、手に持っているだけだった。

「……………………俺はいつでも待つよ。つけるかどうかを決めるのは君だ」

「…………………………私には、これをつける勇気がありません。

_________だから、つけてもらえませんか?」

「わかった」

 そう言って俺は彼女の手を取り、一緒にゆっくりと彼女の顔に仮面をつけた。

 彼女はそれに抵抗することはなかった。それに、自分でもつけようとすらしていたようにも感じた。

「「…………………………」」

 しばらく、静かな時間が過ぎていった。若葉とのこんな時間は何度目かわからないが、今回だけはいつまでも待つつもりだった。

「……………………私は辛かったんです」

 彼女が話し始めたのは洋装していたよりも早かった。

「別に、自分で覚悟をして戦って死ぬのならよかったんです」

 彼女の言葉はとぎれとぎれだが、確実に、彼女は本心を話し始めた。

「でも、みんな、必ず勝って帰ってるからって言うんです」

 仮面があるからか、彼女はここにきて初めて、仮面が顔の半分を隠していてもわかるほど表情を崩して辛そうな顔をしていた。

「みんなは絶対に死ぬことが分かってて、それでも笑って戦いに行くんです」

 だが、その時の情景をなつかしむように、一言一言をかみしめながら彼女は話した。

「どうせ死ぬってわかってるなら、これでお別れってわかってるなら_____

 __________せめて最後くらい、さよならを言わせてよ」

 彼女は仮面の下で、泣いていた。目元が隠れていてもわかるくらい、とめどない涙を流していた。

「…………………」

 若葉はつらかったのだろう。戦いに行く者たちが「絶対に帰ってくる」と言って自分たちだけで別れの挨拶をして、それをただ応援して見送るしかできないことが。見送られる側は死ぬ覚悟をしているのでいいが、見送る側は違う。永遠の別れだと知っていても、帰ってくるのを信じて見送らなければならない。

だから、彼女だけが別れの挨拶をすることができなかった。

 彼女だけが、ただ取り残されていった。

「「………………」」

 俺は前世で幼女神との別れで嘘をついてしまっている。あれは本当に正しかったのだろうか。彼女を悲しませないと言っても、彼女は俺の死をなんとなく察して、さらに悲しませてしまっているだけなのではないだろうか。

いや、違う。俺は正しいことをしたはずだ。俺はあの時、本当に正しい選択ができていたはずなんだ。

「「……………………………」」

俺は境遇が似ていた若葉といるせいで、幼女神との最後を思い出してしまう。そして、その考えを振り払うように、俺は若葉を置いていった奴らとは違うとただ自分に言い聞かせていた。

だが、それならなぜ俺は動けないのだろうか。

 なぜ、彼女の肩を抱いて慰めることができないのだろうか。

 なぜ_______________

「「……………………………………………」」

 俺はただ、静かに涙を流す若葉をただ見ていることしかできなかった。

 俺が右隣で泣いている彼女の肩を抱いて慰められないのは、今の俺には抱き寄せる手がないからだと、自分の心に言い聞かせ続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ