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第二十九話 二度目の相対 ②

「言わねぇよなぁ。俺達とアンタが顔を合わせられたのが何よりの証拠だ!」


 そうだ。彼は、ジョエルは全てを聞いた上で、全てを知った上で領主への謁見を取り計らった。果てに自らが愛する地に住む人々の心へ深い傷を刻み込む事を理解していながら。


「俺は、俺達はやらなきゃならない。ジョエルの遺言(願い)を全うする為に」


「何をしようとしているのか分かっているのか?一生罪を背負い、陽を拝めず暮らす事になるぞ」


「城塞に住む人の命の数百数千、三人の余生で万や億の命を救えるのなら安いもんだ。尤も、妙案でもあるなら別だけどな」


 パッと手を離し、背を向けたトゥリオの足へ枷が掛かる。震えが消えたフレッツァの声だ。


「案ならある――竜を……殺す。ココで」


「そうかい。精々苦戦してくれよ?コッチも時間が掛かりそうだから――」


 嘲笑を見せ、告げるトゥリオにフレッツァが重ねる。弛まぬ信念がこもった心底からの一言。


「何が望みだ」


「二言は受け付けねぇぞ」


「民を守るのが俺の責務なら、抱えた傷を癒すのもまた然り。覆す気など毛頭も」


 執務室の入口で足を止めトゥリオが返す。その顔にはもう嘲笑の片鱗も残っていなかった。


「二つだ。裂割塊石の明け渡し、それと全兵力の集結だ」


「約束しよう。共にジョエルの願いを――」


 砦を、都市を覆う防護壁が悲鳴を上げる。四方八方に走る亀裂からはどす黒い瘴気が入り込む。

 猶予は残されていない。二人はセシィの元へ駆け出す。


「……耐えきれませんね」 


 怒暴の竜に慈悲は微塵も残っていない様だ。防護壁の限界はもう目前であるにも関わらず、緩めるどころか攻撃の勢いを増し続けている。

 亀裂が東西南北へ多数生じ、崩壊すんでの所、咆哮を思わせる詠唱が轟く。


 仄かに光を帯びた魔力が城塞全域を覆った。

 誰か結果を予測出来ただろうか?出来ていたのなら、別の手段を取っていたのだろうか。別の手段などあったのだろうか?。


 精霊の力を以てしても拒絶が叶わぬ猛攻には、単に魔力で固めた防壁など羊皮紙同然だった。


「師匠、リオ兄……街のみんなが……」


 トゥリオが都市をぐるりと見渡す。煌びやかだった繁華街、多くの人が行き交った金融街、豪邸建ち並ぶ住宅地。

 一通り確認を終えると、少し余裕の戻った様子で再び口を開く。


「……問題なさそうだぜ」


 言葉の意味を食い気味に尋ねたフランへ彼は、一先ず見てみろ街を指差す。

 真似て一帯を見渡したフランの目に映った景色はどこも、もぬけの殻だった。


 民家も、店も、憩いの広場にも人影一つ無かった代わりに、もっと遠く――城壁に外を見れば幾つかの人集りが見えた。


「な?既に避難してたみたいだ」


「でも……このままだと、外に逃げた人達も……」


「そうだ、その通りだ。そこで一つ、フランとセシィに相談だ」


 竜をこの城塞に閉じ込められるか。以外な策にフランとセシィが困惑を見せる。


「ココに隔離してどうするんです?」


「言っただろ?奴を、竜をココで仕留めるんだ」


「けど、セシィの魔術が……精霊さんの力を借りたのに破られちゃったんだよ?」


 容易く、まではいかなかったが事実目の前で防御を突破されているのだから、二人はトゥリオの策を飲み込めずにいた。考え、悩み、脳を高速で回転させいくら想像しても、行き付くのは砕け散る防護壁の姿。


「仮に、竜を封じ込められたとしても、私とセシィは防御に専念する事になります。つまり――」

 

 トゥリオ単身を先頭ととして兵を引き連れ挑まなければならない。

 

「ソイツは厳しいな。何せ、頼みの綱はセシィの魔術だ。倒し切るならそれ以外は考えられない」


 早々に行き詰まりを見せた時、三人の背後から声が届いた。聞き覚えのある愛らしい声だ。

 振り返った三人の目の前には薄桃色の髪の少女。後方に従うはローブ姿の七人衆。


「領主エンヴェルト・フレッツァより下命賜り参上しました。かの竜を葬るべく、一同アナタ方の盾となり鉾となりましょう」


「ラヴィーニアさん!」


「お早い再会でしたね。喜ぶ暇が無いのは残念ですが……」


「全て終わってから、また沢山お話でも。さぁトゥリオさん!セシィ!」


 心強い八人の到着に立ち込めた暗雲が吹き飛んだ。

 フランはラヴィーニアへ策を告げ、二人へ尋ねるは覚悟の有無。両名がすかさずのは、愚問の一言。最早この場に留まる理由は無い。


「ではラヴィーニアさん、頼みましたよ」


「はい!死力を尽くしてでも都市(ココ)に留めて見せますよ」


 一時の別れを交わし、三人は砦を後に竜の翼下(よくした)へ駆け出す。

 割けた道を飛び越え、瓦礫の山を切り崩し、二度目の相対。変わらぬ禍々しさ、変わらぬ威圧感、変わらぬ凶暴さ。そのどれもが今の三人にとって取るに足りなかった。

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