第二十九話 二度目の相対 ①
深い闇へと落ちた意識に再び光が射した頃、辺りは瓦礫の山と化していた。
耳元で誰かが名前を呼んでいる。
「――オイ、生きてるか。フラン大丈夫か?」
「……なんとか……状況は?」
襲撃、だそうだ。賊でも無い、他領や他国でも無く――竜の、怒暴の竜の。
「そんな……セシィは!セシィは無事ですか?」
無論だ、と指差す先には砦を中心に防御魔術を展開している最中の少女の姿。
初撃の直後、危険を顧みず被害を最小限にとどめようと飛び出したとの事だ。
「アイツのお陰で死人は少ない……あぁ、少なかったよ」
血に塗れた黒いコートを握り締め、トゥリオは悔しそうに溢す。
「トゥリオさん、そのコートは――ジョエルさんは?」
廊下を歩いていた兵士の一人を庇い、竜が剥き出した牙の餌食となってしまった。咄嗟に手を掴んだが、それも虚しくコートだけを残し去ってしまった。
握った拳に爪を食い込ませながらトゥリオが明かしたのは残酷な真実だった。
「そんな……そんな……」
フランは彼のコートを抱きしめるが、ソコにもう温もりは無い。決して戻る事も無い。
「悔しいよな……憎たらしいよな……だがな――」
決意を固める様に拳を握り直したトゥリオの瞳には悪魔が宿っている様だった。
「――コイツは好機かも知れねぇ」
間髪入れずにフランがトゥリオへ掴み掛かる。何故そんな言葉が出て来るのかと、一息に雑言での叱責を浴びせる。
彼は唯の一度も反論はせず、次に口を開いたのはフランが背を向けた時だった。
「フラン、非情なのは重々承知してる。だから聞いてくれ……ジョエルの命を無駄にしない為にも」
足を止めたフランへトゥリオが続ける。何を以て好機なのか、一つの命を踏み台に為すべき事は何なのかを。
「本気ですか?」
「自分でも狂ってると思ってるがな」
「可能性は……いくらですか?」
「分からない。でも俺はジョエルの言葉も、領主の言葉も信じたい。だから……」
答える事無くフランはセシィの元へ。肩を抱き、耳元へ優しく囁いた。
「今しばらく辛抱して下さい。出来ますか?」
「うん!こんなのなんともないよ!……リオ兄の事お願いね」
「任されました。なのでココは任せますよ」
何時もと変わらぬ元気な返事を受け、トゥリオへ迫る。すれ違いざまに手を引き、向かうは――
「フレッツァ領主の所へ。今回だけですからね」
「あぁ、俺だって二度とゴメンだよ」
執務室へと戻ると数名の衛兵に囲まれたフレッツァは鬼気迫る形相で、絶えず指示を飛ばし続けていた。
命を受けた兵が一人、また一人と部屋を後にし最後の一名が退室。ギロリと刃物の様な瞳が二人へ向く。
「まだ居たのか?俺だけじゃなく、ジョエルの手まで煩わせるとは――」
フレッツァの視線がトゥリオの左手に固定される。コートが掛けられている手に。
彼にも赤黒い染みが見えたのだろう。顔面から一気に色が消えて行った。
「おい、ソレは何だ。奴は……ジョエルはどうした!」
純白の外套の隙間から飛び出した、鉄をも拉ぎそうな太い腕がトゥリオの胸ぐらへ伸びた。
指先も動かさず、ただ真っ直ぐに鋭い瞳を見つめる彼にフレッツァは何を言うでもなく奥歯をギリギリと鳴かせている。
「仲良く掴み合いの喧嘩をしてる暇はあるのか?」
冷たくトゥリオが問い掛ける。
「……話せ。全てだ……嘘偽り無く、奴の最期を」
絞り出したフレッツァへトゥリオは打ち明ける。
壮絶な最期を。遺した言葉を。
「……そうか」
不意に脱力してしまったかの様にズルりとトゥリオの襟元から手が離れる。
「誰に向けた言葉かは知らねぇが……じゃあな、行くぞフラン――最後にひとつ……アンタらじゃ竜は殺せねぇよ。アンタらにはな」
一戦交えた過去あってこその重い言葉を最後にトゥリオは廊下へ足を向ける。
フランの手を引き去る彼を呼び止めた。か弱い乙女を思わせる細く消えそうな声だった。
「待ってなんになる?」
トゥリオは変わらず冷たく、抑揚無く続ける。
この混乱に乗じ、裂割塊石を持ち出す為に構っている暇は無いと無情に、非情に、冷酷に。
「……託されたんだろう?……後は頼む、と」
「そうだな。どこぞの誰に宛てたかも分からない言葉を勝手に俺達への物だ、って思ってる」
「ならばっ――」
「だからだよ!アンタに比べれば俺らとアイツの付き合いなんて天と地の差だ」
それでも分かる事はある。トゥリオは力の限りに声を張り上げた。
ジョエルがフレッツァと巡り合わせてくれた理由ならば分かると。
「アイツは言うか?この地が平穏ならそれで良いと。アイツは言うか?都市の人々が笑っていれば良いと」
数分前とは逆の光景だ。
トゥリオがフレッツァの胸元へ掴み掛かる。




