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第二十八話 交渉の材料 ②

「――なんですかソレ……」


「期待させておいて、やっぱりいいやって……」


「わりぃわりぃ、あまりにも愚策過ぎてな。ほら、そんな事より――」


 ヘラヘラと微笑しながら指す扉の先から少々忙しそうな靴音が聞こえた直後、伯爵と呼ばれていたあの男が飛び込んで来た。

 間近までのラフな格好は一変、黒い毛皮のコートに身を包んだ古の騎士風――北方式の正装へと衣替えしている。


「すまないね、こんな埃っぽい所で。さて本題の前に改めて」


 片足を引き、胸に手を当て一礼。名乗り上げるは北方貴族の(いち)姓名。


「ジョエル・クレオン、領主の補佐役だ。殿は要らない、気軽にジョエルと呼んでくれるかい」


 要望通り名を呼び、フラン達が自己紹介を返すと話は本筋へ。

 謁見の可否。三人は掌に汗を滲ませ、ジョエルへ尋ねる。


 飛び出した結果に一行は思い思いに喜びを全身で表していた。


「ただし!一つだけ条件があるんだ」


「何なりと」


 やはり領主ともあろう人物は多忙を極めているそうだ。都市や衛兵団居留地の視察、今後の政策を決める会合など、尻に火を付けられたが如き忙しさらしい。


「そこでだ!謁見は明日の夕方、と言う事に決まった。話を聞くに君達も些か切羽詰まっている様だが勘弁してやってくれ」


 文句の一つ、なんなら欠片もありませんと了承。この場は解散となるのだが……。


「君達今日の宿は?」


 黙り込む三人にジョエルが更に追い打ちを。

 北方の冬季まさに今の時期、多くの主人達は宿を閉めてしまうそうだ。


 理由は単純で、薪や炭等の燃料と食料の価格高騰だ。夏季、暖かい時期と変わらないサービスを提供しようとすれば忽ち採算が取れなくなってしまう為らしい。


「土地勘も無いだろう?経験してたとしてもこの寒さでの野営は堪えるよ」


「どこか良い場所などは……サイアク壁と屋根だけでもあれば良いのですが」


「うーん……君達が今日会ったばかりの三十路男に心を許してくれる言うのであれば、ね」


「つまり?」


「僕の家で良ければって話さ。どうだい?」


 駄賃は不要との好条件、断る理由は無かった。三人はジョエルに甘え、彼の邸宅へ向け出発した。

 日が傾き、真っ白な足下にも少し不安を覚える頃、到着したのは往路で通過した邸宅街の一画に建つ屋敷。


「オイオイ、一人で住んでるのか?」


「領主からの賜り物でね。彼とは昔からの腐れ縁なんだ。贔屓は止してくれと言っても――おっと今のは“彼”に

は内緒でね」


 オホンと咳ばらいを一つ、白木の高級感溢れる玄関扉を開きジョエルが中へと招く。

 天井を綺麗に映す大理石の床板を、少し躊躇い気味に踏み入ると奥から何やら、荒い吐息が迫って来た。白と薄灰色の毛を纏った青い瞳のモフモフだ。


「わぁーワンちゃんだ!」


 両手を広げたセシィに飛び込んだジョエルの同居者も三人を歓迎してくれている様だ。


「さぁ、無駄に広い屋敷だ、好きに寛いでくれ。お茶を入れて来るよ」


 台所へ姿を消して程無く、ソファへ掛けていたフランとトゥリオの元へ紅茶が運ばれる。

 香り、色、味、どれを取っても最高品質の茶で口を湿らし、出会いよりの疑問をフランがジョエルへぶつける。


「なぜ親切にするかって?そりゃあ(ひとえ)に――畏敬、さ」


 若き者達が未来を案じ、危険に立ち向かい退けて来たこれまでの冒険譚に。困難は承知の上で一領主への直談判へ臨む行動力に。

 ジョエルの言葉に二人は頬を薄紅に染めていた。


 熱くなった顔を冷ます為トゥリオがもう一つ尋ねる。領主との関係だ。腐れ縁の一言が好奇心を駆り立てていたのだ。


「彼との関係ねぇ……古い友人さ。だからコレだけは言えるよ……根は良いヤツさ。【冷血】なんて名は似合わない位にはね」


「そうか。ジョエルから見て、今回の交渉はどう思う?上手く行くと思うか?」


「そうだねぇ、五分と言った所かな。何かもう一つ“そう”せざる得ない条件が有れば大きく傾くかもね」


 屋敷の中に楽しそうなセシィの声と、呻吟(しんぎん)の声が三つ木霊する。

 一時間後も、二時間後も変わらず。三時間後には楽しそうな声だけが静まっていた。


 唐突にジョエルが声を上げた。


「よし、今日はもう寝よう。考えても仕方がないよ。それに明日は時間まで君達に街を案内してあげたいしね」


「……だな!そうだな!いつだってその場その場で色んな事解決して来てんだ、今回もなんとかなるだろ」


 少々の呆れと期待を込めた多くの同感、フランは力強く返事をする。


「寝室の用意は済ませておくよ。廊下に出て右手の部屋だ、好きに使ってね。じゃあ、おやすみ」


 大きな欠伸をしながら腰を上げたジョエルを見送ってから、持ち物や装備の手入れを始めた二人。時間を忘れ日を跨ぎ、何時しかソファで寝落ちを決め込んでいた。折角の最高級羽毛布団を堪能せずに。

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