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第二十八話 交渉の材料 ①

「っあぁ!クソっ!ひでぇ目に遭ったぜ。それはそうと――ゴフッ」


 威風堂々頑強な城壁に、ひと足早く釘付けとなっていたトゥリオの元へ、体当たりのオマケ付きで一人、二人と遅れて合流。


「すみません、すみません。つい速度が出過ぎてしまいました」


 悪びれる様子の無い二人を前に落胆と一喝で迷うトゥリオだが、落胆が勝った様で肩を大きく落としている。

 尚、フランとセシィは変わらずケタケタと笑い声を上げ、門下の通用口へ。


「リオ兄、置いてっちゃうよー」


「へいへい。ったく勝手なお嬢様達だこと」


 小走りで寄って来たトゥリオと共に門を過ぎ、とうとう〈北方城塞ネヴィカレド〉へと踏み入れたのだった。


「このまま領主様のところまで直行だね!――で師匠、肝心の領主様はどこにいるの?」


「都市の最北〈北部砲塁〉ですね。ただ――」


 フランはとある二つ名をポツリ零した。


 残した功績、使用魔術の特徴などを踏まえて授けられる例に漏れず、非道卑劣、冷酷の策ながら多くの民を救った彼へ――フレッツァ領領主、エンヴェルト・フレッツァに与えられた【冷血】の二つ名を。


「流れる噂は様々ですが、領主ともあろうお方です。話せばきっと分かってくれるでしょう」


「足踏みしてても進まねぇしな。取り敢えずソリでも捕まえるか?」


 手際が良いとはこの事だ。トゥリオが尋ねた時には既にセシィが一台のソリを捕まえていた。

 しかも角獣(かくじゅう)四頭引き懸架(けんか)装置付き防寒客車の最上級だ。


「行き先はどちらですかな?」


「北部砲塁、領主様のところに行きたいの」


「そうですかそうですか、それは丁度良い、ソチラヘ帰るところでしたので。お安くしておきますよ」


 次のソリを待つ理由は無さそうだ。

 一行が乗り込むと御者は大きく腕を振り上げた。掛け声と共に鞭を打ち鳴らせば、快速で大通りを抜けてゆく。


 市場を過ぎ、旅宿街と邸宅街を過ぎ、雪化粧の美しい街並みに見惚れる間もなく目的地へ到着。

 料金は破格の千ラルぽっきりだ


「ありがとよ旦那。代金だ!」


 金貨を受け取ると御者の老紳士は帽子のつばを摘み一礼、颯爽と走り去って行く。

 三人の心臓は激しく音を立てていた。不安に駆られてしまうくらいに安かったソリ代、金剛不壊の守りに重心を置き、余分な装飾を排した美しい砦。理由は多岐に渡るが、多くを締めていたのは二つの視線だ。


 これから謁見の交渉をしようかと言う衛兵二人が鋭く睨みつけているのだ。怪しい行動ひとつ見逃さないように。


「師匠どうするの?」


「どうすると言っても……先ずはお話ししてみるかありませんね」


「だな。よしっ、フラン行って来い。【禁解】のお前なら大丈夫な筈だ!」


 だったら苦労はしない、と首を左右に。深呼吸一つの後、フランは衛兵との交渉へ臨んだ。

 以外にも即刻門前払いとはならず、話位は聞いてくれそうだ。


「何者か、何用だ」


「魔術師フランチェスカ、領主殿に謁見賜りたく参りました」


 ハキハキ述べると二人の衛兵は見合い頷き、首を振る。


「公爵殿は多忙故に、その申し入れを受け入れる事は出来ない。謁見を所望であれば、願書にて事前の連絡が必須だ」


 出直して来い、との事だ。

 事を荒立てるつもりは無いが、相応の理由はあったフランが熱を上げて再挑戦してみるも結果は変わらなかった。


 三度目の挑戦は彼等の逆鱗に触れかねないと一先ず撤退。作戦会議のつもりだったが、入れ替わりで早々にトゥリオが出陣して行く。


「――な?事は少々急を要してるんだ。ちょいと話をするだけなんだから公爵殿に掛け合ってくれよ」


「良いか?コレは規則だ。ソレに客人全てを通していたら、公爵殿も職務がままならない事ぐらい理解できるだろう?」


 十割十分衛兵が正解なのだが、規則のせいで消えてしまう命があるかもしれないと遂にトゥリオが痺れを切らし、声を荒げた。


「だぁかぁら!――」


 怒り狂う寸前で、おっとりとした声が飛んで来た。門の向こう側からだ。

 声の主に衛兵は極端に(かしこ)まっていた。


「どうしたんだい?一体何の騒ぎかな?」


 上品な身なりの優男は、愛玩犬の様な目を細め尋ねる。


「クレオン殿。実は――」


 衛兵が事の発端から伝えると、男はトゥリオの手を引きフランの元へ。


「……うん。君達、さては旅隊(パーティー)だね?だったら言葉に偽りは無さそうだね。只事でもなさそうだ」


 男から待ち望んでいた一言が返って来た。

 領主への謁見を掛け合ってくれるそうだ。


「宜しいのですかクレオン殿」


「うん。だから三人を二階の武器庫へ通してあげて。この子達はたった今から僕の客人だ、丁重におもてなしを頼むよ」


 男はニッコリと微笑み、赤茶色の髪を揺らしながら砦内へ駆けて行った。

 全員が困惑していた。衛兵も含めてだ。


「あぁ、っと……謝る必要は無いぜ?」


「当然。我々は規則を示したまでだ」


 男の一声は絶大な力を持っているらしい。鋭い目つき、ヒヤリとした態度は依然として不変だが砦内へ、交渉への道が開かれた。


「悪いが砦の中だ。柔らかいソファも無ければ、上等な茶も出せない」


 整然と武具が並ぶ部屋の隅、申し訳無さそうに置かれた椅子へ掛け、優男の再来を待つ間、フランが不安を漏らす。


 もし謁見が叶わなかったら……。

 仮に漕ぎ着けたとしても、交渉が決裂してしまったら……。


「何か良い案出して下さいよ、トゥリオさん」


 ほんの冗談のつもりだった。少しでも緊張を解そうと無作為な質問だった。

 トゥリオの表情は濃い難所に染まっている。


「そんなに深く考えないで下さいよ。ダメだったら考えれば――」


「いや、あるんだ。良い案とは言えないが恐らく成功する案がな」


 いつになく真剣な顔にフランとセシィが言葉を詰まらし、ゴクリと息を飲む。重ねて飛び出した彼の一言は二人の緊張を一気に解いた。

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