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第二十七話 裂割の宝珠 ①

 ラニエリやラヴィーニア、共に盗賊団と奮戦を繰り広げた者達と別れてから早五日。北西へ進み続けた三人はフレッツァ領の最高峰は〈フリジェーレ山〉中腹過ぎまで登り詰めていた。

 標高が上がるにつれ、気温が下がる一方ではあったもの、連日太陽が姿を見せていたのが幸いで三人の表情にはまだ涼しさが残っていた。


「よっしゃ、コレで残り二割程度って所だな」


 凍り付いた立て看板を越えたと同時にトゥリオが拳を振り上げると、二人は釣られて歓声を上げた。

 

「では、もういい時間ですしこの辺りでテントを張りましょうか」


「そうだね。じゃあセシィは火を起こしておくね」


 それぞれが慣れた手付きで設営に取り掛かり、ものの十分後。全員が足を伸ばして眠れるテント、石を積み上げたかまどと簡単な調理場が完成したいた。きっと山の民ですら口を揃えて順調と言っただろう……空を見上げ、北を見通すまでは。


「やべぇぞ!霰の壁だ!コッチに迫ってくるぜ」


「一先ずテントに避難を。簡易の煙突もあるので中で火を焚きましょう」


 テントへ飛び込んだ途端にバチバチと氷の粒が降り注いだ。

 大きさこそ果実の種と然程変わらないが、空から注ぐ数は無数に等しい。いま外へ身を晒せば大なり小なり怪我は避けられないだろう。

 

 だからこそ、三人は同じ不安に駆られていた。


「コレってテント破れたりしないよね?」


「だ、大丈夫な筈だ。大枚はたいて頑丈な革製のを選んだからな」


「これ以上粒が大きくならなければ、ですがね……」


 恐らく今日は空と雲の機嫌が悪かったのだろう。フランが懸念を口にしたのに合わせ、一回りか二回り大きな雹を落とし始めた。

 しかし、一月分の食費をはたいた甲斐あって、陽が沈むまでの三時間降り続いた雹をテントは見事防ぎきってくれた。


「もう大丈夫?大丈夫そうだね」


 恐る恐る顔を出したセシィに続き二人も外へ。雲は去り、月明りが差し――何より三人が目を奪われたのは一変していた光景だ。

 数分前の大荒れが嘘かの様に穏やかで、美しかった。


「コレ全部氷の粒ですよ」


「キレイ……月が映って宝石みたい」


「悪天候も悪かねぇかもな。しかしなぁ――」


 星空が地面へ落ちたかの様な景色に見惚れる三人の腹が一斉に鳴き出した。


「食事、ですね」


 崩れたかまどを修復、調理場の手直しを済ませテキパキと夕食の準備を終える。

 保存食ばかりで些か彩には欠ける献立だが、食卓が雪山と考えれば上等越えて贅沢。最終登攀(ラストアタック)に向け、今日は甘味も大放出だ。


 三人、声を揃えて手を伸ばし始め、久しぶりの甘みを噛み締めながら食事を締めくくったとあれば、残るは体力の回復のみ。

 極寒の中、三人は広いテントの中央で身を寄せ合い眠りに就いた。


 大陸一の寒さを誇るこの雪山、獣の声無く、今夜は荒ぶ風の音も無い。静寂無音は安らかな眠りと清々しい目覚めをフラン達へ与えた。


「では、山頂へ向けて。準備は良いですね?」


 二人は拳を掲げる。準備は万全、気合は充分の様だ。

 クレバスや雪庇(せっぴ)、小規模な雪崩れを無事にやり過ごし、残る難所は一つ。


 切り立つ崖がフラン達の行く手を阻んでいた。


既視感(デジャブ)……だな」


「なんだ、リオ兄覚えてたんだ。残念」


「あぁ二度目は無いぞ?フラン良いぞ、やっちゃてくれ」


「つまらないですね……じゃあ、セシィ行きましょうか」


 二人は合わせて杖を取り出し一呼吸。動作、言葉を同じく唱える。


「「支踏、支場ヲ成ス(パヴィ・ファーレ)」」


 小さな光の粒が集まっては形を成し、また集っては二段三段。少々急坂だが、頂までの階段の完成だ。


「――コレの先に」


 一同はゴクリと唾を飲み込み、段を踏む。

 一段、一段と登る度に胸の高鳴りが増している。頂上に至る頃、鼓動はもう胸骨を破らんと乱舞していた。


「綺麗……」


 魔粒子(マナ)と淡く優しく柔らかな光を滔々と流し続ける巨大な魔留石(まりゅうせき)の姿は、まるで――


「宝珠のよう、ですね」


「うん、うん。なんだかジーンと来ちゃうかも」


 三人は、つい時を忘れ見惚れていた。

 フランが呟いた。悴んだ指先に時計をぶら下げ、二人へ見せている。


「まったくお前は……もう少し達成感に酔わせてくれないのか?」


 まだ達成してない、とキッパリ。続けてフランは文字盤を指差す。

 到着して確認してから長い針がもう半周している。


「こんなに経ってたのか。変な感覚だな」


「ならそろそろ現実に帰って来て頂きますよ」


 彼女は放ちながら、今度は魔留石を指した。

 尋ねるのは運搬方法。


 二人も現へ帰還できた様だ。


「えぇと……どうしよう?」


 唸るセシィをよそにトゥリオが現実的で、確実な方法を一つ提案する。

 これまで歩んで来た旅路、築いた関係が成せる方法だ。


「ロメオさん、サンツィオさん……確かに良い案ですね。きっと飛空艇ならこの大きさでも何のそのですね」


「オウよ、良い案だろ?だがな問題はある」


 トゥリオの言う問題こそが、目的達成の上で最高の難儀だろう。

 巨大な魔留石、鎮座する裂割塊石はこの地で古くから人々の拠り所となっているそうだ。


 困難に打ちのめされそうな時、怒りに飲み込まれそうな時、悲しみに埋もれてしまいそうな時、北の地の人々は皆この頂を見つめ願う。

 悲しみが消える事も無い、怒りが鎮まる事も無い、困難が退く事も無い。それでも美しさで人の心を静かに癒し続けて来たのだ。


「――うん良いよ、って渡してはくれないよねぇ?」


「そうですね。ならば次の目標は交渉です。この地を治める方へ直談判です」


「ソレしかねぇな!だったら善は急げ、サクッと下山だ」


 トゥリオが二人の肩をバシッと叩く。

 訳するに、今回も頼むぞ!だそうだ。


「セシィ、イメージ出来ますか?段を付けずに真っすぐな坂、です」


「うん!なんとなく!」


 頂より北を向き、杖先は更なる北方の城塞へ。息を合わせ、二人が重ねて唱えればマナが集う。真っすぐ真っすぐ一直線に伸びたマナの糸は踏み場となり〈北方城塞ネヴィカレド〉の門と繋がった。


「さぁ完成です。では――」


 接近、興味深々に見入っていたトゥリオの尻をエイッと一蹴り。悲鳴を追い掛け、フランとセシィも急坂へ飛び込んだ。

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