第二十六話 吹雪が去るまで ②
暫くは起き臥しの繰り返しで、やっとベッドから脱出出来たのは戦いから三日後の事だった。
とは言え未だ吹雪は弱まる事を知らない為、詰所の中で散歩をする程度で今日は駐在する医師の元へ出向いていた。
三十分程の診察。状態はまだ万全とは程遠いらしい。例え天候が回復していたとしても、雪原を歩き続けるなどもっての外だそうだ。
「でも良くなってきているのは事実だね。これからも食事と睡眠をしっかりとっていれば順調に回復していくだろう」
「どれくらい、とかって……」
医師は頭を抱えながら指を一本、後からもう一本立てて見せる。
「週ですか?」
ニッコリと笑って医師は首を横に振る。週でも月でも無いそうだ。
となれば、と二つの予想がフランの顔に影と光を射す。
「……一日か二日、だね。万全を取ったとしても三日だ。あくまで魔術解禁までの日数だから、旅は勿論遠出は厳禁だけどね」
フランの表情はまるで太陽が射し込んだ様だった。自室へ戻る足取りも軽やかで、映る景色も少しばかり明るく見えていた。
帰りを待っていた客人にも笑みを見せずにはいられない。
「スクルトさんどうしましたか?」
「えらくご機嫌ですね。何か良い事でも?」
「明日か明後日には魔術解禁だそうです!」
祝いの言葉を貰った後にフランは訪ねた理由を再度問う。
お見舞い、ではあるがついでに大事な用事があるそうだ。
「少々お時間頂いても?」
「構いませんよ。退屈していた所ですからね」
フランは快諾するがスクルトは何時もの凛々しい表情を暗くし、続けた。
幾つか聞きたい事があるらしい。
古城での戦闘時の事だそうで、状況が落ち着いた後に居合わせた者からの証言だそうだ。
フランの様子が“普通”ではなかったと。
「普通、ですか?」
「えぇ私も当時は理解出来ませんでした。なのでアナタには要約して」
緊張を解す様に深呼吸を一度。
壊触の様であったと。
瞳は深紅に怪しく光り、周囲には壊魔粒子が漂うその姿は正にだった、そんな証言があったと言うのだ。
一つや二つでは無く、多くの者が口を揃えて同様に放ったと言う。
「私自身が見た訳では無いので、特別に何とも言えませんが……心当たりなどはありませんか?」
「心当たりって……」
記憶の引き出しを開け放して回ってみるが、戦いの一部始終を断片的にしか思い出せない。
もしや、と次第に顔へ影が掛かると、ダフネの呼び声がフランの思考を遮った。
「安心して良いですよ。アナタが人を襲った事実はありませんし、証言もありません。ですが――」
スクルトは続けてもう一つ質問を投げた。
壊魔粒子についてだ。どうやら、状況終了後に隈なく調査を行った所、今までに観測史上に無い程の壊魔粒子が漂っていたと言う。
これについても何か思い当たる節等、との質問だが……。
「大量の壊魔粒子が、ですか」
また記憶を遡ってみるが、手掛かりになりそうな事は一つとして思い付かない。
当時の環境、身体の状態、使った魔術――フランは思わず声を上げた。
「確証はありませんが――」
魔術、あの応用魔術ではと考えたフランは、術の詳細や使用方法、何より自身が不慣れながらに多用してしまった事を明かした。
「魔法の様な魔術、ですか?」
口元を歪め暫し熟思に耽った後、スクルトは腑に落ちた様子で続けた。
魔術である以上はマナを魔力を扱う。であれば考える迄も無く壊魔粒子が発生する。加えて扱い慣れていなければ、発生する壊魔粒子の量が増大してしまうのは当たり前、と言うのが彼女の見解だそうだ。
「壊魔粒子は私が……」
愁雲を浮かべながら呟くフランへスクルトは淡々と続ける。
「そう言う事になりますね。ですが、壊触の発生は確認出来ていませんし、環境の変化も認められませんでした」
詰まるところ、害のあるマナが発生したもののそれによる被害は皆無。その上、周辺の調査をくまなく行ったところ、漂う壊魔粒子の量は平均ないし以下であったとの事だ。
であるからこそ、スクルトはフランが今繰り返している自らへの糾弾を叱責した。
「仲間を守り、孤児を守った。その様な功績を責める事は誰であろうと、何人たりとも……たとえアナタ自身であっても許されないのですよ」
優しく微笑みながら説いた彼女にフランは深く頷き返す。
「そう、それで良いのですよ。自信を持ちこの先も歩みなさい。ではそろそろ」
スクルトは掛時計に目を流し腰を上げた。
荒れ狂う天候など関係無く次の仕事が差し迫っているとの事だ。
「お気を付けて」
「えぇ、ありがとう。アナタも身体には気を付けて」
部屋を後にし扉が閉まる寸前「いけないいけない」とジャケットの裏地を弄り始め、再びフランの傍らへ。
「渡しそびれるところでした、コレを。アナタの功績故に頼める事です」
フランが受け取ったのは一封の封筒。
必ず目を通して欲しい、スクルトはそう残し廊下を小走りで抜けていった。
(頼み事?あの人が?)
少しの懐疑心と、珍しさからくる好奇心の下、封を切ると中身は何の変哲もない手紙で、ひとつの依頼が記されていた。吹雪が止むまでの幾日かを退屈せずに過ごせるであろう依頼だった。
(これはおちおち寝ていられませんね)
バッと布団を足下へ追いやり、ベッドを飛び出したフランは早速依頼完遂へと向け準備を始めた。
そのお陰か、遠い向こうに思えた魔術解禁までの三日間はあっという間だった。
それから更に目まぐるしく一週間、二週間と経過し吹雪が去ってから二日目の今日は実にひと月ぶりの快晴だ。
「師匠、師匠!晴れたよ!約束通り今日は外で良いよね?」
返事をする間も与えず、ちぎれんばかりに手を引かれ連れてこられたのは詰所の隅に設えられた屋外訓練場。既に少年が一人、みすぼらしい案山子を睨め付けている。




