第二十六話 吹雪が去るまで ①
――には至らなかった。
何かが、何者かがフランの決定打を阻んだのだ。
ダミアーノの部下が間に割って入ったのか?否、指示に従った多くの者は言葉通り傍観に徹している。
ならばセシィが仲裁を試みたのか?。
また否である。命令に背いた一部の部下達を相手に大立ち回りを続けている。
ならば――傍観者の一人が古城を囲む壁の上を指した。釣られて視線を移した幾人かが声を上げた。
「衛兵だ!衛兵共に気付かれちまった!」
漆黒のジャケット姿の老婆を先頭にした純白のローブで身を包んだ集団。掲げる団旗にはフレッツァの紋様、そして翼を広げた鷹の魔物と交差する大杖の印。
「魔術特化部隊だ」
誰かがそう言うとダミアーノは立ち上がった。見慣れた“あの”表情を浮かべている。
新たな企みの二つや三つ浮かんだのではと、咄嗟にフランが杖を再度向け直したその時だった。
武器を術具をその場に放し誰一人そこから動くな。純白のローブを纏った一人が叫んだ。
狼狽する者、敢えて刃を晒す者、壁上へ向かい駆ける者が現れ無秩序になりかけるとダミアーノが放った。
「落ち着けぇ……こうなっちゃ分が悪ぃ、撤退だ」
烏合の衆は一糸乱れず撤退へと移行していく。当然、フランがそれを黙って見過ごす筈も無い。
舞い上がる雪煙を掻き分け追跡を図る――が、踏み出して間も無く視界は暗闇に染まり、地面へと力無く倒れ込む。
「師匠!」
セシィの焦り声と共に無数の制止が飛んでいる。ダミアーノ達に対する制止と、フランに対する制止の両方だ。
しかしそれでもダミアーノ達が撤退の足を止める事は無く、合わせる様にフランもまだ追跡を諦めていなかった。
「師匠ダメだよ!もうそんな身体でこれ以上動いたら――」
涙ながらに叫び続けるセシィの肩に、徐々に冷め始めたフランの身体に覚えのある温かさが触れた。
温もりの主は二人の手を握り、ゆっくりと口を開く。
「健闘見事でした。ですが相手が悪かったようですね……後はこのダフネ・スクルト、場を継ぎましょう」
ギュッと握り締めていた手を離し、囁きながら二人の身体を撫でる。
彼女の手が触れた箇所には青白く光る水の膜が形成されていた。
「コレって……」
「アナタもフランもこれで暫くは持ちこたえられるでしょう。ではそろそろ――」
スッと立ち上がるとダフネは懐から小箱を取り出した。蓋を開け、取り出したのは紙巻のタバコ一本。咥え火を付け、スゥっと一息。
一帯に声を渡らせる。
「隊長、ラヴィーニア隊長、アナタは部隊を引き連れて奴らを追いなさい!」
反応したのはフランと同年程の少女。
側方でまとめた薄桃色の髪を揺らしながら不安そうに、どこか釈然としない様子で駆け寄って来た。
「ですが古城は……」
「問題ありません。さぁ早く、追って下さい。一人でも多くの捕らえるのですよ」
腑に落ちない、と言った様子は変わらずだが少女は一言「ご武運を」そうスクルトに返し、配下を従え走り去って行く。
「さぁて……久しぶりに腕が鳴ると言うモノですね」
ジャケットを脱ぎ捨てタバコをもう一吸い、あとは任せないと残した彼女の背中を最後にフランの意識は深い所へ落ち、再び瞳を開いたのは数時間後だった。
◇◇◇◇◇◇
レメント大雪原最北に位置する魔術特化部隊詰め所――
見知らぬ天井が映っている。酷い痛みが身体を襲う。視界がグルグルと回り続けるが、寸前の記憶は無理矢理にでも重い体を起こさせた。
見渡すと暖かみがある木板の壁、儚げに揺れる蝋燭、瞼を真っ赤に腫らしたセシィの横顔。
「……セシィ……セシィ……あの、状況は?」
返事は無く、代わりに赤い瞼を細め勢い任せに抱き着いている。
嗚咽を過ぎ、泣きじゃくるセシィをフランは只々抱きしめていた。一時間、二時間と言葉一つ無く。
とうとう泣き疲れたのか鼻を啜り、顔を上げたセシィにフランは一言尋ねる。
「あの後ってどうなりましたか?」
ちり紙で豪快に鼻をかみ、涙を拭い答えようとしたところだった。蹴とばし様な勢いで開かれた扉の向こうから、赤髪上裸の変人が姿を現す。
「よお!起きてるか?」
「……えぇ。ただ、もう少し寝ておけば良かったと後悔していますね」
「そうだな!しっかり休まないと治らないからな!だが、その前に幾つか報告だぜ」
セシィに尋ねた“あの後”の全ての詳述があった。
先ず一つ、フランの身体は先の戦闘で消耗しきっている事。二つ目に自身の傷の事。どうやら身体が特別丈夫らしく大事には至らなかったそうで、今はもう満足に動き回れるらしい。
三つ目でダミアーノ……ブリタ・ジオーゾその後の事。追跡に多くの人員を割いたがとある理由で、多くの者を取り逃がしてしまったそうだ。
「その理由ってのがな」
トゥリオが指差した窓の外は、数歩先すら見えない程の猛吹雪に見舞われている。これでも数時間前よりは落ち着いているらしい。
「ってな訳で追跡は断念、辺りの監視は続けるみたいだけどな。で最後にだが」
四つ目の報告。吹き荒ぶ豪雪についてだ。
「コイツが暫く続くらしくてな……まぁ、なんだ……休息時間って事で」
一週間から二週間、長い年であれば一月ほどこの猛吹雪が続くそうだ。そうなれば言うまでも無く、傷が癒えようとも再出発は困難となってしまうのだが、フランに憂いは無かった。
「急ぐ理由……無い訳ではありませんが、先ずは万全をですね」
フランはそう言いながら大きな欠伸を一つ、布団へと潜り直ぐにまた寝息を立て始める。




