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第二十五話 【変応】の魔術師 ④

 唐突に男はフランへ名を尋ねた。

 また挑発のつもりか、それとも隙でも狙っているのか。はたまた何の意図も無い唯の質問か。


 何れにしても名乗るつもりなど毛ほども無い彼女は静かに三度、杖を構える。

 イマイチ、と不服を顕にした男だが、すぐに最早見慣れた不気味なニヤケ面を浮かべ始め、大きく一息。


 射られた矢の様にフランへ詰め寄る。

 左手には朧気に光る小杖(ワンド)、右手には熱鉄の球。鋭い眼光で命を刈り取らんと殺気を放つその姿は歴戦の猛者。


 フランも引けは取っていなかった。

 白銀の中、カッと紅眼(こうがん)(みは)り、唱える。


鋭突氷冠、降リ注ゲ(ア・ギアッサ・レカデ)


 ダミアーノの頭上へ氷柱が注ぐ。

 跳び、捻り、華麗に躱し、止まる事無く距離を詰め二人は対面。決まりの面を見せた彼へ、鏡合わせの様にフランも歪に頬を上げて見せた。


「ひでぇ顔だぜ?」


「……今からアナタはもっとヒドイ顔になりますよ」


 男の背を指し、すぐさま側転、続けて前方へ飛び込み背後を取り、深く伏せる。

 軽業の様な身のこなしに拍手を送り、振り向いたダミアーノは一つの抵抗をする事無く跳ね飛ばされた。横合いから力一杯に殴りつけられた様に。


「ってぇ。そうかい、そうかい、そう言う事かよ」


 ダミアーノは血痰を吐き出しながら立ち上がり、杖を捨て鉄球を捨て、指を首を鳴らす。

 悠々とした雰囲気は一変、殺気だけを放ち雪を踏み均しフランへと寄る。


 己の武器を、魔術師としての武器を(ほう)った男の歩み。

 何を表しているのか。降伏?投降?降参?掌を見せびらかす姿は正にだが、フランは知っていた。理解していた、構えていた、備えていた。


 対面の瞬間。あと一踏みで互いの鼻先が触れ合おう距離、ダミアーノがフランの両脇腹へ手を伸ばす。触れてから、一秒と経過していなかった。

 フランの身体は後方へ飛び、石造りの壁へと叩き付けられる。言葉一つ発する間も無かった。


 痺れる全身、歪む視界、詰まりそうな呼吸、全て振り払い地面を踏む彼女の身体には傷一つ付いていなかった。


「やるねぇ。咄嗟の防御魔術、それに無詠唱発動とはなぁ」


「褒めてる暇はありませんよ!」


 フランの正面から伸びた光線がダミアーノの頸部を掠める。二発、三発、放つ全てが致命傷を避け確実に男の身体を削り取っていく。

 

「精度も抜群だ。だがやっぱりコレには敵わねぇな」


 フランを目前に男は鎧の装飾を握り、毟る。

 十本いや、ニ十本程の鉄棒は一挙に形を変えた。幾つもの反しが付いた長尺の針へ。


 何を思ったのか男は全てを空中へ放った。脅威など感じられないかに思う何の規律、制御も無くバラバラ宙を舞う針の群れは、ダミアーノの指鳴らしで一斉にフランへと襲い掛かる。

 少しの間も置かず水壁、光の障壁と展開するが甲斐なく、一本また一本と突き破りフランの身体を貫いていく。


 絶え間の無い、文字通りの刺す様な痛み。奥歯を噛み締め耐え抜き、開いた視界は薄っすらと赤みがかっている。


「満身創痍、だな。楽にしてやろうか?」


「……お気遣いどうも……ですが、そこまでの深手では無いので――」


 フッと全身の力が抜け、前へ倒れむ――かに見えたが右、左と素早く踏み締め、ダミアーノへ迫る。

 

「なんだよ、まだやれるじゃねぇかよ」


 着々と距離を縮めるフランに、赤々と熱せられた鉄球が飛ぶ。

 避け、弾き、受け止め、あと三踏み。残る一球がフランの手から杖を弾き飛ばす。


 しかしフランは速度を緩めない。一切杖に目を向ける事無く飛び込み、掌底をダミアーノの顔面へ押し付ける。

 マナが集い、魔力が揺れ光を放った。冷気を帯びた掌が氷塊を生み、瞬き一つの内に男を彼方へ飛ばす。


 転がり、転がり、壁に打ち付けられる寸前での復帰。男は間髪入れずにフランの元へ飛ぶ。


「術具無しでも使えるとはなぁ!良いぜ良いぜ、嬢ちゃんやるじゃねぇか!」


 殺気、狂気の代わりに歓喜を纏い接近するダミアーノ。自若にて迎え撃つフラン。

 間合いが重なり、辺りで魔力が激浪を起こす。


 放てば受け。受ければ返す。返せば打ち消し、また放つ。膨大な数の打ち合いは流星群かの如く。

 闇が光が、熱と冷気が宙を埋め尽くし、朱色の血が彩を添え寸時。呼吸を荒げた二人が再度対面。


 ダミアーノ手には既に残りの装飾全てが、フランの手には(ひしゃ)げた金属製の窓枠が力無く握られている。


「オイオイ……武器にしちゃあ、ちと頼り無いんじゃねぇか?」


「そうでしょうかね……」


 戦いの喧騒に囲まれ響く激しい息遣い。二つの吐息が重なった時、二人は同時に踏み込んだ。

 握られた装飾は赤く染まり、形を変え剣の姿を成す。刃の無い鈍らだが、剣身には全ての体重が込められている。接触は致命傷に成り得るであろう。


 空気を裂き、音を裂き目の前に訪れようとしているソレを堂々たる立ち姿で待っていた。その身を叩き切る寸前の時を。


(ココで……今なら!)


 頼り無い鉄屑同然の窓枠を今一度握り締め、刃の軌道上へ放り目を瞑る。

 時を数える暇も無く、鉄屑は赤を帯びた。形を変えた。広がり、収縮し高密度の小さな鉄塊へと。


 甲高い音色と共にダミアーノが大きく仰け反る。見せた表情が語るのは、呆気に取られたの一言。


「嘘だろ?……こんな短時間で……」


 途切れ途切れの言葉に耳も傾けず、フランが止めの一撃を放ち決着。

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