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第二十五話 【変応】の魔術師 ③

 先手は大理石の床板に亀裂が入る程の踏み込みから生まれたトゥリオの斬撃。

 紙一重での回避。続く二撃、三撃は鎧の装飾をシャラシャラと奏でながら泰然自若と躱し続けていく。


「ッチ、うるせぇし煩わしい」


 更に踏み込み跳躍。頭上へ跳ね、豪雨の如き刺突の連続。

 頬を、鼻先を、肩を切っ先が捉え、ダミアーノの身体が反る。


 確固たる好機。着地と同時の急接近を経ての切上げが右頬を深く裂く。

 姿勢が大きく崩れた。見逃す筈もない。


 左薙ぎに一振り、よろめく相手へ渾身の体当たり。壁に凭れるダミアーノの顔横へ刃を突き立てる。


「……ラニエリ達(コイツ等)に二度と干渉しないなら命は取らねぇ」


 勝敗は決し、刃の一振りか言葉の一つで場が収まるとなった折り、ダミアーノは鎧の装飾である小さな鉄棒へ手を伸ばした。

 繋がれた細い鎖を引き千切り、先端をトゥリオへ向け――方頬を吊り上げて見せた。


 一瞬でありながら、永遠かにも思わせる時間の中で起こった事は、部屋に居合わせた人物で一人を除き理解できた者は居なかった。

 故にほんの数秒、フランとセシィは血の海に沈んだトゥリオを見つめる事しか出来ずにいた。


「――トゥリオさん!」


 駆け寄った彼の腹部には、針金様の金属が深く突き刺さっている。動脈、ならずとも太い血管を貫いているのだろうか?浅い呼吸に合わせて血潮が湧いている。圧迫による止血では間に合わない。


停滞シ保テ、(グラ・)壊腐ヲ止セヨ(スタツィオ)


 傷と周囲に水鞠が集い刺し口を閉ざし、鉄棒を堅く繋ぎ止める。


「コレなら暫くは……」


 トゥリオをセシィへ託し、フランは用心深い獣の如くダミアーノへ寄る。


「何をしたんだ?って顔してるぜ。」


 続けてヘラヘラとにやけながら彼はフランを批判し始めた。

 怒りや悲しみでは無く、今起こった事に対する好奇の光が、フランの瞳には宿っていると身を捩りながら高らかに 。更なる煽りと思ってか、丁寧に解説まで始める始末。


 真相は――魔術の応用だ、と。


「応……用?」


「ほぅら、目の色がまた変わった!良いぜ教えてやるよ」


 ダミアーノはもう一本鉄棒を取り出し、フランの眼前へ。

 一つ瞬けば蜃気楼が生まれ、また一つ瞬けば何の変哲もなかった鉄棒は針の様に鋭く。それから次々、蜃気楼と共に形を変えてゆく様はあたかも魔法のようで、空間にある全ての視線を釘付けにしていた。


「それはいったい……」


「なぁに簡単な事だ。火のマナで生んだ熱で形を変え、水のマナで生んだ冷気で冷やす、こいつが出来ればな」


 フランは口角を僅かに上げ、直後俯いた。


「嬢ちゃん今笑ったか?ひでぇモンだな。大事な大事な仲間がそんな状態だってぇのに。物珍しい術の方が大事ってか?」


「師匠!そんなヤツの話、気にしちゃダメだよ!」


「……わかっています、わかっていますよ」


 徐々に、徐々に顔を上げたフランは蒼い瞳をギロリと睨みつける。 


「オイオイ、言っておくが何も出来ず守れなかったのはお前で、先に仕掛けて来たのはトゥリオ(そっち)だぜ?まぁ、息巻くほどの――」


 言い切る間も無く杖先がダミアーノへ向いた。避ける間も無く形を成した怒りが放たれた。

 赤より紅く血走る瞳も、早鐘を打ち鳴らす心臓も、荒ぶる呼吸が激しく肩を揺らすのも気に留めず、放った魔力の塊は鎧越しに水月を叩く。


 胃酸、紅血を鼻口(びこう)から散らし、舞ったダミアーノの身体は勢いを殺す事無く窓を突き破り屋外へ。

 理解に数秒、集結していた彼の部下達がどよめき、一斉に刃を抜いた。衆寡敵せずと呼吸を合わせ乗り出したが、既にフランは先手にカードを切っていた。


「あまり暴れない方が良いですよ……芯まで凍り付いていますから……そう、割れてしまっては困りますからね」


 光が消えた眼を向け、足下を指し放つと悲鳴が上がった。


「ラニエリさんトゥリオさんをお願いします。セシィ……露払いを」


 声を出せず、うなづいたセシィをひと目。フランは窓枠へと走り、飛び出した。

 下り立つ先はガラス片を下敷きに地面で伸びるダミアーノの眼前。閃光を発する魔拡石をピタリと額へ向ける。


「楽にして差し上げましょうか?」


「……気遣い感謝するぜ……残念だが、そこまでの深手じゃなくてなぁ!」


 飛び起きざまに雪を巻き上げ姿を(くら)ますが、憤怒を抑える(たが)が外れたフランの前では無意味。

 寸分の狂い無く、風雪に紛れる男の腹へ二度目の一撃。


「ハハッ、逃げられねぇな。良いぜ――」


 よろめきながら姿勢を持ち直し、遂に腰の小杖(ワンド)へ手を伸ばした。


「剣士の方とは大違いだぜ。ちと興味すら沸いちまったよ」

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