第二十五話 【変応】の魔術師 ②
淡い光が広がった次ぎの瞬間、ただ瞬きを繰り返す事しか出来ずにいた少年の肩にほのかな温かさ触れる。
「コレも魔術の一つです。音以外で勘付かれる事は無いでしょう」
「……信じるぞ」
決意の一言。
声の代わりに、ラニエリの肩へ三人が合わせて温もりを分け与える。
「付いて来い。離れるなよ」
第一の関門は、酷く朽ちたようだが未だに健在を保つ城門と左右を守る二人の門番。
一歩一歩と近づく毎に緊張は高まるが、無事に通過。先の敷地を真っ直ぐ進み、次に阻むは正面扉。
ココも難なく通過。その後更に上層へ。二階、三階と更に警備が厳しくなるとの前置きがあったが、苦の一つも無く変応の魔術師が座す最上階への到達が叶った。
空気が一変した。重く、澱み、まるで威圧して来るような気配が漂っていた。
一枚、扉で隔てた先から。
だがもう後戻りは出来ない。目の前には敵、背後にも敵、特に眼前でラニエリの入室を制する一人の男は、術を刃を交えなくとも悟らせてしまう強者の風格に包まれていた。
「小僧、お前の訪問は聞いていない。何度も言ってるだろう?お前とて、事前の許可無しで通す事は出来んな」
「チッ、相変わらず頭の固ぇ木偶の坊だな……」
髑髏、創作上の怪物やらが彫り込まれた趣味の悪い扉へ、ラニエリが制止を払い歩む。
三度、殴りつける様に扉を叩き名前を呼ぶ。
一度目と二度目、反応は無い。続けて呼ぶも反応は無かったが、折れる事無く呼ぶ事十八回、やっと声が返って来る。
入れ、と冷たく一言。
してやったり、とラニエリは男へ鼻を鳴らし扉の先へと進む。入り損ねないよう、迅速かつ慎重に三人も続き遂に【変応】の魔術師ダミアーノ・カルカーニとの相対を果たす。
“如何にも”と言った風貌ではないが、色白の肌に冷たい蒼眼、ローブの隙間から覗く無数の傷が刻まれた軽鎧が、言葉にし難い凄みを放ち続けている。
けれど構う事無く、ラニエリはダミアーノ元へ迫る。
「何のつもりだ?」
「つもりも何も……言っただろ?用があるんだよ……」
質問、いや詰問に近いが違和感は無い会話に聞こえたが、次に放たれた言葉は戦慄となって三人へ襲い掛かった。
「……もう一度言ってやろう。何者だ?」
視線の向く先はラニエリの背後。即ち、フラン達三人へ向いている。
隙など無かった。しかしまたと無い好機だった。
フランが術を解いたと合わせて飛びだしたトゥリオの刃が頸部へ触れる。
「トゥリオさん、そのままで!」
抵抗の余地無しとの判断か、秘策の一つや二つでも忍ばせているのか……触れた刃が、少しの血を滴らせても男は眉一つ動かさなかった。
「質問に答えて下さい」
尋ねる事は唯一つ。
何故、ラニエリに子供達に、窃盗を続けさせるのか?
苦笑が返って来た。高笑いが返って来た。
「確かに俺ぁコイツに貢ぎモンを、いや対価を要求した。だがな、方法を選んだのはコイツと子供達だぜ?」
フランの握りしめる杖がミシミシと音を上げ続ける。
「望むから与えてやったんだよ。欲しがるモンを全部な」
ボロ雑巾の様だった少年は求めたそうだ。助けを、生きる術を、奪われない為の力を。
「そうだ、望むがままに与えてやったんだ。魔術と言う力を、従属関係と言う生きる術を、な」
彼は続ける。親も住む地も失い、世の理すら知らずに投げ出された彼等に出来る事を、必要な事を教え授けただけであると。
「……確かにコイツらは助けを求めて来たかも知れねぇ……だが、それを理由に脅すなんて――」
「脅す?笑わせるなよ。乏しい成果を咎め向上を促す、当然の事だろう?方法なんてのはコイツが決めた事だぜ?」
「間違っちゃいねぇかもな……それでも……正しく導くのが大人の役割じゃあねぇのか」
嘲笑。そして一言、くだらないと。
トゥリオの雷が轟音を響かせた。辺りの者を集めるには充分な怒声だった。
「ああ気に入らねぇ!立て!性根ぇ叩き直してやる」
首から刃を離し、臨戦態勢を敷いたトゥリオにまたもダミアーノは返事代わりの嘲笑を。
「支離滅裂、だな。まぁ良い、力で解決するのは俺も嫌いじゃない。お前等、手ぇ出すなよ」
ローブを捨て去り、余裕綽々と準備運動を始めるダミアーノへ、絶好のとばかりに飛び込むトゥリオ。
対して、怪しく蒼眼を光らせ抑揚無く放った。
「俺の魔術は人を殺す魔術だ」




