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第二十四話 やむを得ず ②

「じゃあ追うぜ」


 無数に続く小さな足跡を指しながら、トゥリオは静かに歩み出した。

 盗み、に関してはかなりの手練れさを感じたが“その後”に関しては素人かそれ未満。焦りのあまりか盗品を辺りへ散らし、足跡は踏み消した様子も無ければ、撹乱の為に乱している様子も無い。


 隠れ家の特定くらい時間の問題だろうと抱いた矢先、目の前に現れたのはまたしても廃れた集落だった。


「あっ!」


 集落へ足を踏み入れた途端にセシィが走り出し、追って駆け出す二人。行き付いたのは集落内で一際存在感放つ建物だった。


「急にどうしたんですか?」


「急いで駆け込むのが見えたから……」


 駆け込んだ、と言うのだから当然人影は無い。かと言って中から気配を感じる訳でも無い。

 しかし、確信させるものが一つだけ。


「確かに足跡はココで途切れてるな」


「どうしますか?手荒な事なら止めますからね」


「分かってるよ。ちょっとばかし脅してやってくれないか?」


 冷ややかに見つめると、トゥリオが弁明を始める。

 以外にも思惑は合理的だった。特に相手が魔術を扱う者であれば、圧倒的な力量差を見せつけられる最良の手段。


「良い考えですね」


「だろ?あん時の視界を奪う魔術は、正直俺でも解けるレベルだったからな。安心しきってる所に、って訳だ」


 フランはコクリと頷き返し構える。

 先ずは悟られぬ様、マナの魔力の揺らぎを最小限に抑えつつ、基本の三動作。

 

 解者の称号を得たセシィの勘にすら触れず、静かに緩やかに結合を終え、遡るように発散。


波紋観測シ、(クレバトゥーレ・)触セバ振セヨ(ビブラツィオ)


 ココへ到りやっと、波紋状に展開した魔力が微小ながらに、ぶれを見せる――が、達人程で無ければ観測は不可能。いとも容易く、建物内の人物そして配置を言い当ててしまう。

 

「……頑固な奴らだな」


「相手の力量が測れない愚か者、とも言えますがね」


「まぁ子供だしな」


「どうするの?先すすむ?それとも……」


 討論の末、彼らが心を開いてくれる事を根気よく待つ事が決定した。同時に、少々いやらしい作戦も……。

 早速三人は作戦の準備に取り掛かる。


 分かれ、各々割り当てられた役割全うし、再び合流したのは陽が傾き始めた頃。


「よぉし作戦決行だね!」


 セシィの合図で、積み上げられた薪にフランが火を放つ。続いてトゥリオが雪原に汗水流し捕らえた“獲物”を焚火へくべる。数分待てば、空腹を誘う香ばしさが辺り一面に広がり、更に十数分待てば、頃合いだ。

 次にすべき事は食らう事。なるべく美味そうに、なるべく自慢げに。


 言わずもがなそれは一日だけでは無い。翌日も、またその次の日も。

 作戦開始から三日が経過した。


 今日は一段と冷えている。そろそろくすねた食料が尽きるだろう今日は。

 暖を取るには、と豪快な丸焼きに加え本日は熱々の野草スープも準備済みだ。


 こうして何時も通り、演技らしく頬張り始めると三人を一つの視線が刺した。


「どうした?腹でも減ったか?」


 返事は無いがトゥリオは続ける。

 自分達が衛兵では無い事、危害を加えるつもりは無い事、少しでも話をしたい事。


 それでも視線の主は沈黙を貫いていた。


「本当に……ホラ、中のお前等も出て来いよ」


 大きく呼び掛けると、家屋の床板が軋んでいた。だが三人をジッと見つめる彼は、怒声で制止してしまう。

 絶対に出て来るな、と。


 彼の一言で一行は悟った。


「お前さんがまとめ役だな?」


 尋ねるとトゥリオは大きく息を吸い、雪雲を飛ばさんと声を荒げる。


「お前の警戒が仲間を殺す事になるぞ!腹ぁ減らして全員殺す気か?もう一度だけ言う――」


 フランとセシィがトゥリオの口を塞いだ。

 代わりにフランは優しく微笑みながら、彼らを誘う。


 まるで蜂の巣をつついた様だった。十数人の子供たちが一斉に焚火へ、大鍋へ駆けて来た。

 

「やっぱりお腹空いてたんだね!いーっぱい食べて良いからね!」


 平らげてしまうまでに、そう時間は掛からなかった。打ち解け合うのにも。

 但し一人を除いて。


「セシィ、トゥリオさん、その子達お願いしますね」

 

 取り囲む子供達の頭を撫で、向かったのは家屋のデッキ。そこへ一人佇むは、まとめ役であろう少年。


「アナタも一緒に食べませんか?まだまだいっぱい作れますよ」


 頷き一つも返してはくれなかった。

 それでもフランはめげずに何度も声を掛ける。何度も、何度も掛け続ける間に気付けばすっかり夜が更けていた。


 子供たちは何時しか寝静まり、微かに響くのは焚火の音色と、セシィとトゥリオの他愛もない会話。


「……ラニエリ・ドナデルって名前があるんだ、アナタじゃねぇ」


「……ではラニエリさん、一緒にご飯食べませんか?」


 軽く手を引くとラニエリが、もう拒む事は無かった。

 食べっぷりは彼が今日一番だった。


 幾つかの温もりが閉ざした心をこじ開けたのか、ラニエリは今までの事をポツリポツリ呟き始めた。

 数か月以前に起こった反魔術思想と衛兵の内乱。村の破壊と村民の虐殺。とある盗賊団の台頭。


「俺達はみんな親を殺されたんだ。魔術が嫌いってだけで、魔術師だった母さんも父さんも殺された」


 途方に暮れ、路頭に迷っていた。そんな彼らに手を差し伸べたのが盗賊団だそうだ。


「ブリタ・ジオーゾ。アイツらは俺達にメシをくれたんだ。布団を用意してくれたんだ。でも――」


 ラニエリがフランへ向ける瞳は、助けを乞うていた。


「詳しく、教えて貰えますか?」


 優しく問い掛けるフランに、彼は震えた声で答え続けた。

 何かを貢ぎ続けなければ見捨てられてしまう、逆らえば簡単に殺されてしまうと、逃げれば衛兵に突き出すと脅されている事実を。

 

「オレはアイツ等を守ってやらなきゃダメなんだ。だからこんな事してヤツ等の役に少しでも立たなきゃいけないんだ。あぁでもしなきゃ生きていけないんだよ!」


 絞り出すように続けたラニエリにフランが手を伸ばす。

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