第三話 名の知れた学者 ②
――レシャペリ草、革命が起こり兼ねない程の代物を手に取り、高まる鼓動を抱えながら三人はニコラの元へと戻る。フランが“それ”を手渡せば興奮、いや狂乱とも言える程の歓喜を見せる。
「ニコラさん!この薬草の効果は?」
「大層素晴らしいモン何だろうな!」
「はやく、はやく!」
「まぁまぁ、待ちなさい。直ぐに分かりますよ」
居合わせる者全ての気持ちが昂るこの状況は、どこか混沌としている。そんな中でニコラは何やら様々な道具を取り出し、作業を始める。採取した薬草を煮出し、薬品を合わせ――一時間程が過ぎたその時。
「出来た!出来たぞ!」
ニコラの持つ小瓶には淡い緑色の液体が揺れている。三人が息を飲み、一点へ集中する中、遂に待ち望んだ時を迎える。
「良いかい?聞いて驚くな……これは……」
「「「これは――」」」
「育毛剤だ!」
口をポカンと開き目を丸く、幾度かの瞬きを……三つの溜息が重なる。何とも言えぬ表情を見せたトゥリオがスッと立ち上がり二人の手を引く。
「よしっ、行くぞ二人とも……雨も降りそうだから急ぐとしよう」
「うん」
「……そうですね、急ぐとしましょう」
冷めきった表情で、何も無かったかの如く立ち去ろうとする三人を必死に引き留めるニコラ。
「待ってくださいよぉ、これには訳がありまして……」
「ほう?くだらなく訳の分からん薬を作る手伝いをさせた訳を聞かせて貰おうか?」
邪悪な魔物の様な形相で詰め寄るトゥリオに怯むことなくニコラは語り始める。些か寂し気な顔を浮かべながら。
彼の師である人物の事だそうだ。薬学の研究に励んだ彼の師は、晩年によく発したそうだ。
『カミよ、カミよ』と。
その言葉は、まるで眠る様に去って行ったその日も、眩いばかりに頭を輝かせながら呟いていたそうだ。
「アンタ……」
トゥリオがポツリと呟き、二人へ目を遣れば視線が重なる。フランは重ねた視線をニコラへ向け、奥歯を噛み締める。
「ニコラさん……それ……カミ違いです」
「えっ?」
「髪じゃなくて神です。信心深い方だったんですね」
「えっ?」
堪えきれなくなったのか、意地でも真面目な表情を貫くフランの背中を二人がバンバンと叩く。顔を俯かせ、口元を抑えながら「もう限界」と言った具合だ。そんな二人に彼女はそれでも、凛とした様相を貫くが――
「ブフッ、フフッ……」
「あ!師匠わらったね!」
フランの噛み殺した笑いが火付け役となり、辺りが笑いに包まれる。しかしその中で、悲壮の顔色を浮かべ地面へ膝を着く者が一人。何やらぶつぶつと悲観的になっているが、トゥリオが二言三言声を掛けると、先程までの暗い様子が嘘かの様に立ち直る。
(あぁ、この人きっとすごく前向きなんだろうな)
そしてニコラは三人へ深々と頭を下げ、報酬のラルと薬の一部を渡し、軽い足取りで去って行った。
「変な人だったね」
「そうですね……悪い人では無いんでしょうけど、何と言うか……残念ですね」
「まぁ本人は取敢えず満足して帰ったみたいだし、良いんじゃないか?俺達もそろそろ出発しようぜ」
「ですね!」
旅隊での初仕事?を終えた三人は再び気を取り直し、レグミストを目指すべく歩を進め始めた。
「リオ兄?あの時、博士になんて言ったの?」
「ん?あぁ、アンタの薬はきっと役に立つってな。その……悩んでいる人に、カミの薬だって渡して“望みの物が手に入る”と付け加えろってな」
「トゥリオさん最低ですね」
「何だよ!嘘は言って無いだろ?」
フランの口からは大きな溜息、セシィからは降り始めた雨が凍ってしまいそうな位の冷たい視線が向けられながらも、トゥリオの口元は何と無しに緩んでいた。