第二十四話 やむを得ず ①
三領境より北方へ四日と半日。白銀の塵が吹き荒ぶ地。
〈レメント雪原〉
寒地の装いすらも歯が立たない刺す様な冷気が三人を襲う。きっとこのままあと数時間も経過すれば迎える未来は、揃って仲良く氷漬け。
だが、まだ天は一行を見放してはいなかった――
「師匠、あれって村じゃない?」
激しく側面から打ち付ける氷の粒の隙間から、幾つかの家屋が覗く。天候故なのか、人気はさっぱり無いが、この際問題では無い。
「屋根と壁があれば充分ですからね。一先ずあそこに退避しましょうか」
目の前に在るが、強烈な向かい風が行方を阻む。走れば十数秒の距離、一行は凍える身体に汗を滲ませながら、九死に一生を掴み取った。
「トゥリオさん、雪車も一旦中に入れちゃいましょう」
なんとか身を捻じ込んだのは、三人が団子になって辛うじて収まる小屋だった。雪車まで入れるとなれば、最早身動ぎの一つも許されない狭さだ。
「ちょっとリオ兄、もっとそっち行って!……あっ今ヘンなとこ触った!」
「仕方無いだろ狭いんだから!……チョっ、お前潰れるって!」
「二人ともうるさいですよ。このくらい蛇の魔物の食道に比べれば大した事ありませんよ」
小屋の中は今までの騒々しさが嘘だったかの様に静まり返る。
閑寂にすら感じる小さな空間、互いの温もりがつい眠気を誘う。揃って船を漕ぎだし、瞼は次第に重さを増し閉じようかとした時、壁板の僅かな空隙から一筋、光が射した。
「二人ともしっかりして下さい!ホラッ日が照りだしたみたいですよ!」
「ん?あぁ、あと五分だけ……いや十分だけ寝かせてくれ」
「分かりました。セシィ、外に出たらまず十字架を準備してあげましょうか」
「あとは深めの穴も必要だね」
「いや起こせよ!それはもう必死に起こせよ!」
「寝かせろとか、起こせとか忙しいですね。サッサと出ますよ!」
ようやっと日光を浴びる気になったトゥリオがドアを強めに押す。
ビクともしない。
相場が決まってる、と今度は狭苦しい空間の中、力いっぱい引いてみるが、コレまたビクともしない。
苦肉の策で左右にスライドを試みるが結果は変わらず。
「扉のひとつも開けられないとは……まぁ良いですよ」
肺の中身を全て出し切る様に息を吐くと、フランは徐ろに瞼を閉じた。
空っぽの肺へ一杯の空気を含み、改めて吐くのと一緒に、細く唱える。
「纏イ傀儡ト化変」
バリバリと音を立てながら壁の木板が歪み、漏れ入る光が増幅し間もなく太陽との再会が許された。
もう少しで、への字くの字のまま固まってしまう所だった身体を伸ばし、存分に解れた所で、荷崩れ寸前の雪車へ手を伸ばす。
油断、最早警戒すらしていなかった。
伸ばした筈の手は空気を掴み、純白を映していた視界は闇に染まる。
(魔術?……それに何かに拘束されている様で……)
フランが二人の身を案じ声を上げようとするも、口元は柔らかい何かで覆われている。挙句、耳には強引に栓を押し込まれている。とすれば頼れる物は、最早一つしか無い。
残された感覚を最大限に研ぎ澄まし、周囲のマナを手繰り魔力へ。そうして一斉に放射する。
徐々に広がる魔力の波紋は、フラン達を取り囲む“何か”に反応し次々と砕けマナへと回帰する。
(……四、七、九人ですね。しかし……)
違和感を覚えた所で視界に光が戻る。
セシィ、トゥリオは先ず無事な様だ。辺りに魔物や人の影は無く、差し当たって危険は無さそうだ。
「荷物が荒らされたな。殆ど持って行かれちまったみてぇだ」
「食料とランプの油、それから薬も取られちゃったね」
「まぁ買い直せる物だっただけ幸運としましょうか。ですがそれより――」
続いたフランの一言。それは二人も同様に感じていたそうだ。
拘束の為に自身らの周りを取り囲んでいた者達に感じた違和感。何より、地面に残された小さなその痕跡に。
「ありゃ子供だな。セシィよりも少し幼い位だ」
「えぇ、子供の野盗……噂には聞いていましたが、まさか事実とは」
「うん……でも原因ってもしかしてコレ、じゃないかなぁ」
村をぐるりと見渡したセシィが指した幾つかの建物は、全て人気が無く無残な破壊の爪痕が残っている。
「ココに来る間でも何個かさみしい村があったし、やっぱり……」
領境を越えて数十キロ、ココは既に戦が生んだ炎の嵐で焼き尽くされていた様だ。
「って事はあの子達は戦災の、と言う事ですね」
悔し気に呟いたフランがふと、トゥリオに瞳を移すとそこには千切れんばかりに拳を握り締める彼の姿があった。
「フラン、セシィ、ちょっと寄り道して良いか?」
極限まで押し殺した激越な口調で放つ。
元より断るつもりも無いが、トゥリオの唇から僅かに滲んだ血は、二人の背を強く強く押し出した。




