第二十三話 三つ巴 ②
槍を、剣を、逃げ惑う人々に突き立てんとする者共に浴びせるのは、せめての慈愛を込めた一閃。
されど命の灯など消えて当然、そんな戦の惨たらしさを物語るように、幾ら斬り伏せようとも不条理が止む事は無い。
「罪なき人々を巻き込んで良い理由なんて……光柱立シ、天を貫ケ!」
不条理には無情を。罪なき命を守るために 立した光の柱は、狂信者を消し炭へと変える。
それでもまだ止まない。
フランは一呼吸も置かず、杖を掲げる。
「雪華着氷ニテ凍テツケ――鋭突氷冠、降リ注ゲ」
最早慈悲など要らない。口には出さずとも、心に浮かばずとも、目の前で広がる光景はフランにそう判断させた。そして狂信者の丘を築き上げた。つい先程、虫唾が走った死体の丘を。
フランはソレを呆然と見つめていた。自身がとった行動と、彼らがとった行動に一体どのような相違があったのかを考え。仮に相違があったとしたなら、正当化する理由になるのだろうか、と。
そんな彼女の手を誰かが握る。暖かく小さな震える手が。
「お姉ちゃん……ありがとう……だいじょうぶ?」
「……は……はい大丈夫ですよ。ほら、早く逃げてください」
走り去る小さな背中を見つめても答えは出なかった。
「フラン行くぞ。動けるか?」
「はい……ですが……」
「一つ言っておくぞ――お前の選択は間違ってねぇ。今助けた奴ら“には”まだ何の罪も無ぇからな」
「には、ですか?」
考えの相違を受け入れられなかった、平和的解決へ舵を取らなかった、踏み止まれた筈なのに血を流す事でしか解決の糸口を見いだせなかった事を罪だとするのなら、とトゥリオは呟いた。
「では、私達も既に罪を背負ってますね」
「あぁそうだ。だから贖罪をしなきゃならねぇ」
彼の一言がフランを突き動かした。
「トゥリオさん、この先の状況どう見ますか?」
「……大きな衝突が起こるとすれば、もう一つ村を越えた先の三叉路だな」
トゥリオが指す方向には硝煙と黒煙、巨大な火柱が立ち上っている。
「生存者が居るなら猶予は無さそうですね」
二人の足は自然と火柱の方へ向いていた。風前の灯を見限り、苦悶に安らぎを与え、やっと辿り着いた村には人影の欠片すらなく、代わりにあったのは赤黒い水が揺れるぬかるみだけ。
そう今となってはソコに足を止める理由は無く、二人は進み続けるしかなかった。ただただ、まだ救える命を求めて。
そうして次第に火柱の熱が伝わり、黒煙が呼吸を妨げる頃、この一帯で“最悪”と言えるであろう光景が飛び込んできた。
竜を崇める者、魔術を嫌う者、それらを治めようと奮戦する衛兵達、中心に残されるは逃げ遅れた人々。
二人は迷うこと無く、三つ巴を割る様に飛び込んだ。
稀有な視線が向けられるが、二人が衛兵を背にし構えれば、何を相手取るかは明白だった。
「トゥリオさん、私の方が多数を対応出来ます。なので――」
「分かってるよ。俺は民間人を逃がしながら衛兵を引かせる」
息を合わせ一歩飛び込めば、それが膠着を解く合図となり、地獄絵図にまた時間が流れ始めた。
狂信者達に動揺が表れていた。
対軍兵器にも引けを取らない火力に、万の軍勢すら跳ね返さんとする勢いに、たったの二人によって突如として覆された戦況にただ瞳を見開く事しか出来ずにいる者も存在する。
「フラン、逃げ遅れた奴らはもう射程圏外だ!」
「ですがまだ追撃の範囲内です!万全の為にあと一押し、このまま退けます!」
優勢にての更なる攻勢へ。
もう一押し――そう、あと一歩のはずだった。後方で多数の影が蠢くまでは。
いち早く察知したのはフランだった。しかし上下激しく反復する肩に合わせた呼吸は、声を上げる事を許しはしない。
正面から祖の名が響く、背後で魔術の滅を願う叫びが響く。衝突まで瞬息程の猶予も無いだろう。
その上、彼らにしてみればフラン達は互いを隔てる疎ましい肉壁であると同時に標的なのだ。
よって、選択はただ一つ。
荒波と雪崩が押し寄せる。抵抗への思案も許さない怒涛の如き勢いで。
トゥリオ、衛兵達も多勢を目にしているが、時すでに遅し。その場の誰もが腹を括った瞬間――
魔粒子が激動した。眼前で?退路で?否、天で。
空高くに鈍色が舞っている。それは瞬き一つの間に頭上へと迫っていた。
(コレは……!)
絶対的な死に直面し、小さく刻み続ける右手を黙らせフランは杖を真上へ掲げる。
恐怖、疲労、声帯は用を成さないが為、集中の極地へ。整流、集束、結合を一念の内――頭上に笠が広がり……鈍色が、無数の矢尻が降り注いだ。




