第二十二話 やっぱり… ②
「ワタクシは商人ですからねぇ。それに鍵を掛けられては困りますので、えぇ」
「だよな。じゃあ行って来るぜ!」
到着からざっと一時間、遂に広大な地下へと続く長い階段へ。
ランプの灯を揺らしながら、一段また一段、踊り場で転向し更に下へ下へ。
とうとう千段目を踏み、正面へ視線を遣ればそこには建築物の果てた姿が連なっていた。
「さぁて、探すには骨が折れそうだぞ?」
「……いえ、そうでもなさそうですよ」
闇に慣らす目が辛うじて確認出来る距離の一軒をフランが指す。ひび割れた壁、地上から垂れた木の根、そして蠢く何か。
「こんなに早く見つかっちゃうなんて。どうする?灯りを点けるのはマズイよね?」
光を嫌い、光源は更に嫌う。その上動きは素早く、一度逃がせば再会は望み薄。
「トゥリオさん、アレが動いたとして目で追えますか?速度は……壁を這う蜘蛛を想像してください」
「そうだな……あの大きさかぁ……剣二本分までならってトコだな」
暫しの作戦会議。第一に光は灯せない、従って光を生む魔術は使えないので攻撃の手段は絞られる。加えて可能な限り無駄な傷を付けずに針だけを回収したい。
会議は少々難航したが、このまま悩んでいても夜が明けてしまい目の前のテゾーニヤすら逃してしまう……一回限りの戦略にはなってしまうが已むを得ない。
「チャンスは一匹になるが確実か。じゃあそれで行くぞ、着いたら口笛の合図で良いな?」
「お願いします。頼みますよ」
ランプをその場に置き、トゥリオは壁に貼り付くテゾーニヤの元へ。
湿った石床を踏む音が段々と遠ざかり、止み、口笛が響いた。
間を空けず、杖を掲げるセシィ。収束したマナが一瞬光を放ち、テゾーニヤの周囲を囲い閉じ込める。
「師匠!捕まえたよ!」
セシィの合図でフランは目を閉じマナの操作に全神経を巡らせ――檻の中、マナを紡いだ糸で魔物を拘束。無闇に傷を増やさぬよう最低限の強度で数秒ほどしか縛れない、か細さの糸だが見事に動きを封じた。
「これなら外さねぇ!」
闇に馴らす為寸前まで閉じていた瞼をパッと開き、抜剣。檻を足場に八艘飛び、暗黒を斬り裂く二連撃。虹を彷彿とさせる輝きが宙を舞った。
「完璧」
トゥリオの自賛をサインに檻が解かれ、マナの糸は小さな光の粒と共に散り、やがて足音が戻る。
「ほらっ」
苦労の末獲得したにも関わらず、無頓着に放られた宝石の針はランプの光をまるで星屑の様に壁へと反射していた。
「ちょっと!落として割れたらどうするんですか!」
「簡単には割れねぇよ。なんせ初撃が直撃してるのに傷一つ付かなかったんだ」
「完璧って言ってなかったっけ?」
「言ってくれるな。まっ、何であれだ!」
「そうだね。無事入手できたことだし戻ろっか!」
目的を達成し、復路を見上げた三人は深く、そして強く後悔した。
「ひと苦労、いえ二苦労ぐらいですかね?」
「そうだな。よしっフラン、セシィ、天井をこう……ドカンとやっちまってくれ!」
「ん?うん?やらないよ?」
「逆に何でやると思ったんですか?お尋ね者になるつもりはありませんよ」
思わず笑ってしまうくらい分かりやすく落胆しているトゥリオには目もくれず、二人は少々重たげながらも階段へと足を延ばす。一つ目の踊り場で振り返るがトゥリオはまだ、地面と見つめ合ったままだ。
「トゥリオさん、置いて行っちゃいますよ。魔物に襲われても知りませんよ」
「良いの?ホントに先帰っちゃうよ?」
返事はない。
フランとセシィは目を見合わせ、頷き再出発。
弱音を上げる足に鞭を打ちながら根気強く登り続ける二人。折り返し、また折り返し。
やがて微かに地上からの足音やらが響き伝わり始めた。
「ねぇねぇ師匠、何か聞こえない?」
セシィに促され、フランが耳を澄ましてみると確かに何かが耳へ。地上からのソレとはまた違う何かの音が。
「足音?走っている様な……それに――」
足音は段々と接近してきている。タンタンタンと軽やかに、慌ただしく。
それから五分ほど、得体の知れぬ足音に耳を傾け続けた二人がそろそろ再び歩き出そうかとしたその時だった。靴の音に紛れ激しい息遣いが響いているのに気づいたのは。
「あれ、このかんじって……」
セシィが段下をランプで照らすと、迫り来る人影が一つ。
赤髪を振り乱し、叫び散らしながら彼は疾走して過ぎ去ってしまった。
「なんて言ってました?」
「チクショウ囲まれた!モンスターハウスだっ!って言ってた」
「もんすたーはうす?まぁ、あんな所に一人で居れば、そりゃ囲まれるでしょうね」
「あそこの魔物は肉食なの?」
「生き物にとって人の身体は食べるだけが用途ではありませんよ。例えば……卵を産み付ける、とか」
「ヒィ……じゃあセシィ達も早く逃げなきゃ!」
セシィがフランの手を引き、再び足を動かし始める。
肩は揺れ、足はもつれ、遂に地上と隔てる扉を越えた。
「……はぁはぁ……遅かったな」
今にも酸欠で卒倒しそうだが、得意顔だけは忘れていないトゥリオが二人を出迎える。
「いちおう忠告はしましたからね?」
「はぁはぁ……オウ……で、ブツは?落としたりしてないよな?」
勿論!と戦利品を取り出すがサンツィオの姿が見当たらない。改めて見回してみれば、衛兵の姿も無い。
「あれ……リオ兄、衛兵さん達は?」
どうやらトゥリオが戻った時、既に彼らの姿は無かったらしい。そしてトゥリオには彼らを探す体力も残っていなかったそうだ。
「取敢えず……はぁ……その辺でも探すか?」
「そうですね。都とは言え、賊の襲撃なんかも在り得なくは無いでしょうから」
「じゃあ、手分けしてさがそっか」
疲弊しきった下肢にもう一度気合を入れ、建物を飛び出すと暁に照らされる三つの人影がコチラへ。金髪のおかっぱ頭と、軽甲冑姿の二人、衛兵とサンツィオで間違い無いだろう。
そうだと分かった途端、三人に小さな怒りの炎が灯るが、間近に相対した時それは幸甚へと変わっていた。
「お疲れかと思いましてね、えぇ。よろしければコレでも」
差し出されたのは熱々のフルーツティーと、ベーコンのサンドイッチ。
「オイオイなんだよ、気が利くじゃねぇか!じゃあ俺達はコイツを、だな」
尾針を受け取ったサンツィオは舞い、カップと包みを受け取ったフラン達は頬張り、衛兵は朝寒に震える。
「なぁ、そろそろ俺達は戻るぞ」
「えぇえぇ、付き合わせてしまって申し訳ありません。では、またの機会に」
サンツィオの礼に合わせ三人もお辞儀を一つ。カップの湯気を揺らしながら飛空艇へと踵を返す。




