第二十二話 やっぱり… ①
「どうかしましたか?」
迷う素振りを微塵も見せずにサンツィオがいきなり頭を下げる。
「オイオイどうした?飛空艇でも壊れちまったか?」
「いえ、飛空艇は快調も快調なんですが……」
とある商談で決まった品の確保が難航しているそうだ。
「はぁ……だよな、そうだよなぁ。タダで飛空艇に乗せてくれるなんて都合がよすぎるよなぁ」
サンツィオの言葉を聞き切る前に崩れ落ちていたトゥリオだが、どうやら早とちりではなさそうで、案の定力を貸してくれないかとの相談だった。
「んで?俺達はどこで何をしてくればいいんだよ?」
「おぉ、引き受けてくださるんですね、えぇ」
まだ了承はしていない、と三人の喉から飛び出す前にサンツィオはどんどん話を進めて行くが、その内容は脈絡を感じられないこの都市の地下に広がる街についてだった。
「その地下街がどうかしたの?」
正にその質問が欲しかったと指を鳴らす。
彼曰く、ここレンディールの地下に広がる朽ちた地下街にはとある魔物が生息しているらしい。今回、用があるのはその魔物が持つ素材らしいのだが……。
「蜘蛛の魔物、別名宝石グモと呼ばれる魔物なんですがね……毒針がまた美しいんですよ、えぇ」
「私達に調達を?」
「えぇ、えぇ左様でございます。針を使ったペン先はなにぶん人気でございましてね、えぇ」
フランの目つきが険しくなる。
陽気に口を動かしていたサンツィオは、まるで蛇を前にしたカエルの様。
「ど、どうされました?」
嘆息を一つ、フランは説く。
いくら魔物と言えど、嗜好品一つの為に命を奪うなど到底看過できないと。
しかし彼は委縮するどころか得意満面にフランへ返す。
「実は!……その毒針、いわゆる尾針ですが再生するんです。なのでーー」
「生きて動き回る魔物から針だけ分捕って来い、と?」
「不可能ではありませんが……」
未だ険しい視線が向けられたままのサンツィオは、何か問題でも?と不可解そうに眉をへの字に曲げている。
「あのぉ、もしかして疑ってたりします?」
「いえ、疑ってる訳では無いんですが……信用出来ないと言うか……」
「それを疑ってるって言うんじゃないのか?」
「サンツィオさんを信用出来ないとかでは無く情報が、ですよ」
「蜘蛛の針が元にもどるかって事?」
「はい。以前出処の分からない生態書で痛い目に遭いまして……ラウレッタ博士の著書なら信頼出来るんですがね」
「なんだなんだ、そう言う事でしたら!えぇ」
飛空挺に戻れば生態書が数冊あるそうだ。定かではないが、フランの言う博士の名もあった筈だと言う。
「では戻って確認しましょうか。サンツィオさんの言う通りであれば、お手伝いしましょう!」
一行は日が沈み掛ける中、カラッとした涼やかな風を受けながら飛空艇へ、そして書庫へ。
ズラッと並ぶ無数の書物を全て記憶しているかの様に回収された三冊が早速フランの手元にやって来る。
「あっコレ、ラウレッタ博士の最新版ですね!」
レンガブロックを思わせる分厚さの図鑑の頁を輝く瞳で流していくフラン。高速で次から次へと捲られる紙の音が部屋の中に不思議な心地よさを誘う。
静寂な書庫の中へ只管その音色が渡り暫く、フランがどこか惜しそうに立ち上がる。
「お?どうした?載って無かったのか?」
「いえ、しっかり書いてありましたよ。それにサンツィオさんの言っていた通りでした」
「何で少し名残惜しそうなの?」
「この図鑑との別れが惜しくて……」
フッとトゥリオが噴き出したのを合図に全員の肩が揺れた。
「宜しければ差し上げますよ、えぇ。時に知識を、時に武器としてお三方の手元であれば活躍は間違いないでしょう」
「武器?鈍器?確かに……」
「オイオイ勘弁してくれよ。そんな大荷物を増やさないでくれ!」
「ねぇねぇそんな事よりさ!」
久しぶりに雁字搦めの堅苦しさから抜け出した魔術を使う想像でもしたのか、異例な事にセシィがもう準備を終えている。だが空にはもう星の海が広がっていた。
真っ先にサンツィオが翌日への変更を提案するが、フランはソレを一蹴。そそくさと居室へ向かった。
「トゥリオさんも早く準備してくださいね!」
「オ、オウ」
フランの一蹴にはトゥリオも声を失い、促されるままだった。
それから十分程、再び集合した四人は都市の門前へ。
やっと、フランがサンツィオの提案を断った訳を明かし始める。
「光、ですか?」
「そうです、特に陽光ですね。地上から地下へ射す光を嫌うみたいで、暗がりに密集して昼は殆ど活動をしないそうなんです」
「ん?でもそしたら、集まってる所に行けば沢山見つけられるんじゃないの?」
「討伐してしまうなら、それが手っ取り早いんですがね」
そう、今回の目的は命を奪わずに素材のみを回収する事。だからこそ、活発になりばらけ始めるこの夜間が理想的なのだ。
「なるほどな。取り合えずソレで疑問は一つ解けたが、もう一つ俺には疑問があってだな――」
地下都市へ如何にして入り込むか。
地表の沈下や資金問題で計画が頓挫して以降、厳重とまでは行かないが各所の入り口は衛兵によって警備されている。当然ならず者やらの侵入を防ぐ為に昼夜を問わず。
「それでしたらご安心を!」
サンツィオが懐から取り出したのは一枚の手形。今日も今日とて準備は万端の様だ。
「計画が無くなったとは言え、保守や内部の調査は必要でして、えぇ。身元と目的さえ提示すればなんて事は無いんですよ、えぇ」
「じゃあ、夜が明けちまう前にサッサと片付けるか。どこから地下に?」
「では付いて来て下さい、えぇ」
思わず身震いしてしまいそうなほど不気味に静まった街道を行き、路地から路地へ。建物に阻まれ月明りも届かない寂しい裏路地から更にその先。
廃墟と見紛う家々に挟まれた石造りの小さな小屋へと行き付く。
「たしか……ココで合ってる筈です、えぇ」
丁度扉一枚が嵌りそうな枠を潜った先には、ティーテーブルとそれを挟んで座る二人の衛兵が。
ギロリと暗闇に光る瞳と目が合うが警戒している様子は無い。どうやら手形の件はしっかり通っている様だ。
「アンタが会長さんかい?」
「えぇ、サンツィオ商会会長のチロ・サンツィオと申します」
「話は聞いてる。そっちの三人が地下に入る奴らか?」
「えぇえぇ、魔術師の一行でワタクシの友人で御座います」
三人揃って会釈をすると、簡単な質問が始まった。
名前と出身地、年齢そしてフランとセシィは術躁格、それから経歴等が分かる様な質問に幾つか答えた後、地下へと続く扉が開放された。
しかし、まだ階段を下ってはいけないらしい。
「コイツにサインをしてからだ」
「誓約書?」
「あぁ、何かあって領主様や皇帝に苦言を呈されても困るからな。“何が”あるか分からねぇんだ」
定期的な点検や調査は行っているものの、内部の状況全てを把握している訳でも無ければ、異常があろうとも地上に害が及ばないと判断されれば、特別な対応もしていないとの事だ。
蜘蛛の魔物の様な魔物が跋扈しているのが良い例だろう。
だが今回の目的は正にソレなのだ。拒む理由は一つも無い。加えて何があるか分からないなんて、今までの旅路と然程変わらない。
「さっ、これでもう入って良いよね?」
「あぁ、朝までには戻って来い。引継ぎが怠惰な奴でな……扉の鍵を閉めちまうかもしれねぇ」
「サクッと済ませるとするか……サンツィオ、アンタはどうする?」
問い掛けたが、同行する素振りは一切見せない。何故ならそう――




