第三話 名の知れた学者 ①
パゴット領東部 広大な緑地と湿地帯の境に位置する小さな村落。
〈ヴァンミード村〉
「はいお望みの品だ!今後ともご贔屓に!」
「はい、ありがとうございます」
目的地へ向け必需品調達の為、足を止めていた一行。買い物を終えフランが、二人の元へ合流すると何やら見知らぬ人物と行動を共にしていた。
「二人ともお待たせしました。その方は?」
「おかえりなさい師匠!なんかこの人、手伝って欲しい事があるんだって」
「手伝って欲しい事?」
フランの言葉で、しめたとばかりに白衣を纏ったその人物は、怒涛の勢いで自己紹介を始めた。
どうやらこの白衣の者は、自称名のある植物学者で名をニコラと言うらしく、とある植物の調達に力を貸して欲しいとの事であった。
“名のある”とは言っているが、一切聞き覚えの無い三人が訝し気な顔を浮かべていると「仕方ないな」と言った具合で首を横に振りながら数冊の本を取り出して見せる。
《一から覚える薬草学》《これだけは触るな!危険な植物三七選》《ニコラ博士の完璧収納術!》
(全然知りませんね。三七選て中途半端では?それに収納って最早……)
得意げに差し出された本に思わず肩を震わす三人。なんとか場を凌ごうと、フランが切り出す。
「ブッ……失礼。で、その植物と言うのはどちらに?」
「ミポーレ湿原をご存じですか?そちらに群生している“レシャペリ草”と呼ばれる薬草が必要なのですが」
「レシャペリ草、ミポーレ湿原ですか……」
セシィ、トゥリオへ視線を送るフラン。二人もニコラの手伝いに後ろ向きでは無いらしい。それもそのはず――
「良いですよ。ミポーレ湿原、丁度私達もそこを目指していた所なので」
「おぉ!ありがとうございます!礼は弾みますので」
「じゃ、再出発だね!」
湿原までは現在地から、約一時間程で遠くも無く近くも無い距離。雑談などしながら行けば良いだろうと思い、ニコラへ話題を振ったフランは、後悔していた。
話が止まらない。一つ話題を振れば、十になって返って来る。途中いっその事と、無視をしていたが気にしていないのか、真剣に聞いていると解釈されていたのか、口を動かし続けていた。最早話題を振らなくても只管、喋り続ける。到着までに聞いておきたい事すら聞けない様な状態にフランは二人へ助けを求め視線を送る。
「なぁ――」
トゥリオの一声で休みなく続いたトークがピタリと止む。「チャンス」とフランはニコラへ、薬草の調達に協力が必要な理由を尋ねる。
「それなんですがね……縄張りなんですよ」
「縄張り?魔物か何かですか?」
「ワニの魔物の群れが、レシャペリ草の群生地に居て自分一人ではどうにも……」
ワニの魔物、鋭い牙と爪、強靭な顎を武器にし、振り下ろした斧ですら弾き返すとも言われる硬い鱗を持ち湿地帯や熱帯林に群れを成して生息し、縄張りに入った生物を容赦なく襲う魔物。
魔術師である自分達に協力を依頼した理由を知ったと同時にフランは、そうまでして入手したい薬草が持つ効果と言うものへ、俄然として興味が湧いてくる。
「よっぽどの物なんだな?」
「えぇそれはもう!革命が起きるかもしれませんよ!」
一層興味をそそられる、その言葉についフランも効果を尋ねるが「後のお楽しみ」とはぐらかされてしまう。
途中からはそんなやり取りをしていたせいか、気づけば薬草の群生地もとい、魔物の縄張り付近へと迫っていた。
目的の品を前に興奮を隠せずいるニコラを何とか鎮め、三人はゆっくりと近づき、遂に縄張りの中へ。息を、気配を殺し接近する人影にペルシアルタはまだ気づいていない。
幸運な事にも少々群れから離れた場所に生えていたレシャペリ草へ手を伸ばそうとしたその時だった。鋭く突き刺す様な視線がフラン達へ向けられた直後、猛烈な勢いで群れの一匹が三人へ突進して来る。
「二人とも下がって下さい!――鋭光ヨ穿テ!」
杖から伸びる閃光は真っすぐにペルシアルタの鼻先を貫く。しかしそれが皮切りとなり、群れが動き始める。鋭い爪はいともたやすく泥濘を掻き分け、難なくフラン達へと迫り来る。
だが、彼らの恐ろしさはそれだけでは無い。
絶え間なく動かしていた四足を止め、その場に静止。魔粒子が、魔力が揺らぐ。
「おっと、そうはさせないぜ!」
剣を構え飛び出したトゥリオへ鋭い視線が集中、同時に魔力の揺らぎが已む。
「トゥリオさん避けてください!」
「リオ兄よけて!」
二人の声をよそに攻撃の姿勢を取るトゥリオに向かって大きな口を広げるペルシアルタ。
「心配無用だぜ――」
鉄をも断ち切る勢いの鉄砲水が開いた口から放たれ、彼の足元を――捉える事は叶わない。魔術が放たれる直前に、華麗な跳躍を披露したトゥリオは全体重を乗せ、脳天へ一撃。続けて不測の事態に放心中の一匹へ向け一振り、胴体を両断。残るは三匹、吃驚による硬直が解ける。
「フラン、セシィ後は頼んだ!」
「任せて!師匠、いくよ!」
「はい、合わせますよ」
「「火柱乱立セヨ」」
立ち並ぶ火柱が頑強な鱗を炙る。硬く丈夫ではあるが、鱗を介し体内に伝わる高熱を防ぐ事出来ない。残る三匹は身を焦がしながら一行へと背を向け澱みへと飛び込んでいく。
「さて、目当ての物は……」