第二十一話 魔術を解する者 ③
受付の男性に徽章を手渡し、書庫への案内を求める。
「……【禁解】フランチェスカ様ですね。コチラへどうぞ」
カウンターの奥で阻む鍵付きの鉄扉を潜り、地下へ続く階段を百段ほど。もう一枚の扉を潜れば、無数の書物が並ぶ広大な書庫が。
「書物の持ち出し、書き写し等はご遠慮下さい。ご用が済みましたらカウンターまでお越しを。では」
重々しく扉が閉まり、不気味な程に静まり返った室内でフランは書物の数々を漁り始める。
協会の決算書、過去の依頼内容やその関係者。魔術協会が関わった全てが詳細に記され保存されている、この書庫の中でフランが探すのはとある記録。
「あったあった……実技試験内容記録」
目次を確認し、目当ての項目へ。大きな見出しで、解者昇格試験内容と書かれた頁を何枚か捲り、じっくりと読み進める。
内容は表題と、見出しの通りで過去に行われた昇格試験の詳細が記されている。
受験者数や合格者数、推薦者の氏名やそれぞれの出身地など。中でもフランが求めていたのは、これまでに行われた試験で課題とされた魔術。
【解者】の格は、それ以下の術躁格と違い、魔術を使用した実戦が可能であるかを重要とし、今でこそ消滅したが魔術師同士の対人戦を行う物騒な科目もあった様だ。
無論、毎回の様に死者を多数出していた事もあり、危険な要素は次第に排除されていったが、当然ながら試験では【解者】として必須技術となる、戦闘時の攻撃及び防御の魔術が使用可能かどうかを確かめられる。
「応用と言いつつ上層部は教本通りを求めますからね……」
正しい方法、正しい形での行使が出来なければ合格としてはもらえない。
自身が行った、より実戦に適した指導方法への後悔と、試験官達の硬い頭に不満を漏らしながら、どんどん読み進めるフランだったが、終える頃には不敵な笑みを浮かべていた。
「この内容なら、精霊魔術で応用出来ますね。後はセシィの魔術を協会がどう見るか……」
満足し本を元の場所へ。カウンターで書庫の使用者履歴にサインを済ませ飛空艇へ戻るも、まだまだ太陽は高く日暮れは遠い。
夕方までと言った以上、二人は存分に楽しんで来るだろう。サンツィオも商談とあれば、早々には帰って来ない
(暇ですね……)
残る船員達も見るからに多忙。悠長に雑談を、と言った余裕は無さそうだ。
(良い機会かもしれませんね!)
手持ち無沙汰を解消できて、尚且つ彼等と親睦を深める事もできるであろう申し出を一つ船員へ。
忙しない中で手を止めてくれたが、僅かに眉を寄せている。
「いやぁ、ありがたいのですが何せ、会長のお客人ですから……」
どこか人手が入り用な所は無いかを訊ねるが彼の言う通り、フランは船員達から見れば会長であるサンツィオが招いた客人。間違っても、共に重労働をさせるなど論外。
「ですが持て成されっぱなしと言うのも、良い気分では無いので……」
引き下がらずに、どんな雑務でも構わないと熱量を上げた事で遂に彼が降参し、とある場所へと連れられた。
甲板から下へ二層、大きな荷室と隔てられた一室。魔動車が三台整列している
「後方のゲートを開けますので、艇外に乗り出して下さい」
買い出し?配達?どんな仕事を任せられるのか、心を躍らせながら彼の指示通り、車へ乗り込み傾斜のついたゲートを慎重に下る。
「少し待ってて下さいね」
小走りで去って行った彼を待ち数分。紙切れ一枚、高級感と重量感のあるバッグが一つ渡される。
「会長が次に向かう次の商談場所と、その品物です。我々が行く予定だったのですが、任せても宜しいですか?」
「もちろんですが――」
商談と品物。自ら申し出たものの、商会の信用や売上に直結する様な業務を、数日の付き合いしか無い自分に任せて問題ないのか……。
不安を浮かべるフランに意外な言葉が。
「大丈夫ですよ。アナタ方の誠実さは我々がきっと一番知っていますから」
パァッと晴れた表情を返しフランは紙切れで指定された方へと走り出す。
大陸で一二を争う大都市という事もあり、しっかりと魔動力車専用の通路が整備されている。まだまだ、街中全てには行き届いていいないが、幸いにも記された目的地は通路の沿いに建つ一軒の屋敷だ。
「この辺りですよね。時間は――」
便利な物で、速度やらを示す計器には時計も備わっている。予定の時間まで、あと十分と言った所。
邪魔にならない様、路肩に車を停め暫し。定刻通りに現れ、車両に気付いたサンツィオが声を上げながら駆け寄る。無造作に手荷物を荷台へ放ろうとした瞬間、二人の瞳が重なり――
「おや、転職ですか?」
「今日限りですけどね。さぁ会長、商談に遅れますよ」
と、冗談も程々に、困惑極まった表情で固まっている彼に事情を打ち明け、いざ商談の為聳える大屋敷へ。
二重の門を越え、ドアマンと笑顔を交わし、主との対面。
「お初に御目に掛かります。ワタクシ、サンツィオ商会会長のチロ・サンツィオと申します」
「ようこそ、会長さん。私家主のヴァネッサ・ヴィスコンティです。早速ですが……」
「えぇ勿論!きっと、ヴィスコンティ様のお気に召すモノが!」
チラッと向けられたサンツィオの視線に気づき、フランは渡されていた鞄を開き、婦人へ中身を顕に。
「まぁ!コレはなんとも!」
恍惚とした婦人の目に映るは、三体の人形。純白のドレスを纏った少女らに婦人はもう夢中だ。
「ご満足頂けましたでしょうか?」
「それはもう!で、詳細、お伺いしても?」
「えぇえぇ!」
手を擦り合わせながらサンツィオの解説が始まったが、フランは既に上の空。何故なら見えてしまったから……。
人目に触れる事の無い、鞄の小さなポケットに入っていた仕入時に切って貰った領収書を。
(いち、にい、さん……六十万と八千ラル……)
「――と言う事で御座いまして。当時物の中でも、かなり状態が良い物でして、えぇ」
フランが唖然としている間に商談は大詰めを迎えようとしている。
両者の熱も今が最高潮。細かな数字が敷き詰められた用紙をサンツィオが取り出す。
「で、諸々含めコチラになりますが……如何致しましょうか?」
婦人は即答だった。
追加で差し出された契約書にも間髪を入れずにサイン。使いの者を金庫へと向かわせ、即金での支払い。
今この瞬間、フランが見た事も無い大量のラルが動いた。
「大変すばらしい取引が出来ましたわ」
「喜んで頂き何よりで御座います、えぇ。また何か入用でしたら、是非このサンツィオ迄お申し付け下さい」
サンツィオの深いお辞儀に合わせ、共に頭を下げ屋敷をあとに。
車へ乗り込み、聳える屋敷が小さくなった頃、フランから大きく長い溜息が零れる。
「どうでしたか?中々に珍しい体験だったのでは?」
「……毎回あんな大金が?」
「まさか!特例ですよ特例。普段はアレの一割ほどでして、えぇ」
「それでも十分大金ですけどね。何はともあれ、悪い結果にならず良かったですよ」
何もかもが初めての経験。疲れ切っていたフランへサンツィオからの絶賛が送られる。
「文句無し、ですか?」
「えぇ、一つの付けようも無い位に。どうですかワタクシの商会に転職を考えてみては?」
「魔術で食えない時代が来たら、お世話になるかも知れませんね」
「では秘書の席でも空けておきましょうかね――おっ、アレは」
帰路の最中、夕日に照らされた既視感ある二つの後ろ姿。向こうも二人に気付いたみたいだ。
「アレ?師匠もしかして引退?」
「セシィに黙ってする訳無いじゃないですか。さっ一緒に帰りましょう」
飛び乗ったセシィと、拒むトゥリオを連れ飛空艇へ。




