第二十一話 魔術を解する者 ②
「ふぅ、お腹いっぱい。コレたぶん眠くなるやつだぁ……」
「今日のノルマは文句なしのクリア。気にせず寝ちゃって大丈夫ですよ」
「やったぁ!頑張った甲斐あったなぁ」
喜びのあまり飛び上がったセシィはそのままソファーへダイブ。直ぐに気持ちよさそうな寝息を立て始めた彼女へブランケットを掛け、フランは夜風を浴びに甲板へ。
先客が手すりにもたれている。
「トゥリオさん今回はいつにも増して辛そうですね」
「今しがたベッドから這い出てきた所だ。そっちはどうだ?順調か?」
「誰の弟子だと思ってるんですか?」
「ずいぶん自信ありそうだな」
「勿論ですよ。偏りはありますが正しい技術は持ってますからね。あとは仕組みを理解すれば良いだけなので」
「技術から知識を、成程な。一つ聞いても良いか?」
トゥリオの疑問は素朴で尤もな謎だった。
「セシィが【正方】のままである理由ですか?何だと思います?」
質問で返した彼女は微笑を隠しながらトゥリオの回答を待っていたが、何やらよからぬ事を思っている様子に気付き、間を置く事無く苦言を呈する。
「――寝坊ですよ、寝坊!私が放置しておく訳無いじゃないですか!まぁ、家を空けてて起こしてあげられなかったのは事実ですが」
「だよな!で、尽く寝坊した理由は前日に詰め込みすぎたとか、か?」
「いえいえ、今回みたいな駆け足は初めてですよ」
不思議そうな彼に真相を話すと、何ともセシィらしい、何とも年相応だと腹を抱えていた。
「緊張して眠れないって……普段あんなに逞しいアイツが、か」
「十二か十三の頃ですからね。それに意外と緊張するんですよアレ」
「今回はどうするんだ?試験前日は会場で寝かせるか?」
「もし寝坊したら次回はそれでいきましょう。今回は私もトゥリオさんも傍にいるので大丈夫ですよ」
と、言いながらも不安は尽きなかったが、過度な心配もまたセシィのプレッシャーになってしまうからこそ、二人は同じ思いだった。
「見守ってやるしかねぇな!」
「ですね!じゃあ、私もそろそろ――」
心地よい冷たさの風に程よく冷やされたフランを眠気が襲い、欠伸を一つ。
寝床へと飛び込み、脳に休息をさせ一同が冴え切った頭で迎えた朝。鶏の目覚ましと共に艇外までセシィのぼやきが響き渡る。
「師匠やっぱりおかしいよ!もう終わりも近いのに精霊魔術の科目が一個も無いよ!」
精霊魔術の使い手である自分にとって、筆記試験の内容は不公平極まりないと文句たらたらであった。
しかし、数年の時間を共にして来たフランは彼女の扱いなどお手の物。
精霊魔術の科目が無いのは解明が進んで無いが故。即ち、解明が進めば当然、試験の内容にも加えられる。では解明を進める為には?そう尋ねた所で、セシィはまん丸の瞳を再び眩い程に輝かせていた。
「セシィが沢山調べて、協会に提出すれば良いね!」
「それならやる事も決まっていますね?」
「先ずは合格して【解者】にならなきゃ!」
すっかりやる気を取り戻したセシィはペンを握り直し、参考書とのにらめっこを再開する。
一度気分がリセットされたからなのか、時計が鳴らす一際大きな鐘の音が鳴るまで、止まる事無くそれが続いた。
「もうお昼ですね。ご飯にしましょうか」
「うん。ちょうど試験範囲もクリアしたしね!」
二度目のリセットをするには絶好のタイミング。二人はサンツィオの書斎へ。
ドアをノックしても返事は無いが、扉の鍵に施錠はされていない。少しの躊躇をしながら入室すれば机の上に一枚の書置きと革袋。
紙には、商談に行って来る旨と袋の中身を自由に使って良いとの事。
「茶汲みに飽きて姿を見せないと思ったら……まぁどこかのものぐさ剣士よりはマシですかね……」
ぶつぶつと零しながら袋の中身を検めると、金貨が五枚。
「五千ラル?高級レストランとか行っちゃう?」
「フルコースを頼んでも余りそうですね」
彼の太っ腹ぶりに些か引き気味の二人だったが、折角なので存分に甘えさせてもらおうと都市の飲食店街へ――とその前に。
案山子に向き合い額を汗で輝かせるトゥリオの元へ。
「精が出ますね」
「――オウ、体を鈍らせる訳にはいかねぇからな。で、どうかしたのか?」
「チロさんにお金貰ったから、一緒にご飯食べに行こうよ」
「お、良いな。いくら貰ったんだ?」
先程の袋を見せると、彼もまた引き気味だったがそれと同じく、二人の様に切り替えも早かった。
「着替えて来るから待っててくれ」
腰に剣を収め、足早に戻って行ったトゥリオを待つこと数分、息を弾ませながら戻って来た彼と共にいざ都市へ。
あちらこちらから漂う香りに右往左往し、中々昼食を決めきれずにいる三人。選りすぐりの地物に、天才的料理人の腕を融合させた逸品。新進気鋭の職人が手掛ける珍味のコースなどなど、多くに目移りさせながら遂に三人はとある店に足を止めた。
自在扉の奥へ進めば広がる香ばしさと、油の跳ねる音が更に食欲を誘う。些か質素な内装と、客同士の喧騒がまた心地よさを増幅させる。
「やっぱりこういう所に落ち着くよな?」
「たしかに!」
席に着きメニューを開くと、品数は豊富じゃないがどれも目を惹く物ばかりで非常に悩ましい。
しかし見ずとも分かるのは何れを頼んだとしても後悔はしないであろう事。フラン達は自らの直感に従い注文を済ませる。
キッチンへ注文が響いてから十分ほど、台車に乗った品が三人の元へ。
「お待たせしました。リヴアーリの手羽ローストセット三人前です」
こんがりと焼かれた立派な肉塊は熱々の鉄板をジュウジュウと鳴かせ、とうに限界を迎えていた腹の虫へ更に畳み掛けるかのようだ。
メイン、付け合わせのパン。ナイフとフォークが並べられれば、あとはもう――
いただきます。三つの声が重なり合う。
もちろん最初はメインの肉塊。ナイフとフォークがあるが、そんなものは使わず豪快に掴み、噛り付く。
パリパリの皮を噛みきれば大量の肉汁が溢れ出し強めの塩味、胡椒のピリッとした刺激と合わせて旨味が口いっぱいに広がる。
そのままでは少々くどさを感じてしまう程に強いパンチだが、付け合わせのパン。コレが絶妙な具合で中和してくれる。
そしてそれぞれの量だが、これもまた良い具合だ。肉を平らげ、残った一切れのパンで鉄板に光る旨味たっぷりの脂を拭う。
最後に野菜から煮出したダシがベースのサッパリとしたスープで口の中をさらえば、そこに残るのは満足感のみ。
「お会計六百ラルになります」
袋から金貨を一枚取り出し、支払いを済ませ店を後にした一行。有り余る残金、八分目の腹、目の前には陽気なオジサンが営む屋台。
「アイスクリームでも食べますか?」
「食べる!食べる!」
店主へ百ラルを手渡し、カップ入りのアイスと釣銭を受け取り、一先ず飛空艇の方向へ歩き出す。
飲食店街を抜け、商店街へ。抜けて今度は市場へ門へ。
「さて……トゥリオさん暇ですか?」
「ん?まぁ特に予定は無いが、どうかしたのか?」
「ではセシィの気分転換と緊張を解す為に夕方まで遊び歩いてて良いですよ」
「勉強はもう良いのか?」
昼食前に試験の範囲は網羅済みで残るは部分的な復習のみである事を伝え、合格は確実だろうとお墨付きを添えると二人の顔には安堵が浮かんでいた。
「後は肩の力を抜いて、緊張せず明日を迎えて欲しいので」
「やったぁ!だったら師匠も一緒に行こうよ」
「行きたいのは山々ですが、一つ調べ物をしておきたいので……」
残念そうに唇を尖らせるセシィを、トゥリオがなだめ何だかんだで納得してくれた。
そんな二人へ金貨の入った袋を手渡して背を見送り、フランは魔術協会の支部へ。




