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第二十一話 魔術を解する者 ①

 トランテ平野離陸から約四時間。見下ろした地上には多くの人々が行き交う大都市。


「もうすぐ着陸ですよ、えぇ」


「こんなに早く着くなんてね!そろそろリオ兄起こして来ないと!」


「その辺を汚されても困るので桶を持って行ってあげて下さいね」


「はぁい!」


 パタパタと走り去るセシィを見送って十数秒もすれば、甲板には賑やかな嘔吐き声が響く。

 楽をしたがる割には結局、毎度一番辛い目に遭っている彼の悲痛な叫びに思わず頬を緩ませ、揺れに耐えていればあっという間に都市の門前へ。


「さぁ到着です。取り合えず彼の面倒は見ておきますので、お二人は受験の手続を」


「では、お言葉に甘えて」


 少々残る浮遊感に足をふらつかせながらフランとセシィが向かった先は魔術協会支部。

 長蛇の列に並び、やっと受付に辿り着いた二人は胸を撫で下ろした。


「まさか筆記試験が二日後とは」


「歩いてたら間に合わなかったねぇ。じゃ、受付もすんだ事だし……」


 安心しきっていたセシィの顔から生気が一気に失せていく。直前の会話を思い出し、今から待ち受ける苦行の全てを理解した様だ。


「さぁ、セシィ二日間は徹夜ですよ」


「……やっぱりそうなるよね?」


 糸が切れた人形化の様に膝から崩れ落ちるセシィ。そんな彼女を抱え戻った飛空艇では、伊達メガネをクイクイと弄るサンツィオが今か今かと二人を待っていた。

 どうやら勉強部屋に船室を一つ貸し切りにしてくれるようだ。 


 当然、資料に参考書、魔鉱石の実物やら魔物の標本と勉強の準備は万全。


「ではセシィさん、始めますよ?」


「お、サンツィオさん手伝ってくれるんですか?」


「えぇ、茶汲みでしたらお任せ下さい」


「勉強は?」


「ワタクシは商人ですので、えぇ」


 だろうな、と最早フランの口からは溜息すら零れる事は無かった。


「まぁ、休憩は必要ですからね。じゃ、セシィ寝ずに頑張って下さいよ!」


「う、うん」


 こうして勉強漬けの二日間の幕が開けた。

 先ずは魔術の基礎的な知識に関する部分からだが、セシィも魔術を使い始めて数年。復習がてらに参考書を読み返す程度で問題は無さそうだ。


 次いで魔物の生態に関する科目。幾度となく得た実戦での経験が功を奏しているのか、多少の勘違いがあったもののコチラも難なくクリア。

 問題はそれからだった。


「――ではマナの乱流は?」


「うーんと……二十四年?」


「残念、二十七年です。じゃあ魔術の祖が誕生したのは?」


「えぇと、三十年代で地脈術の誕生だから……四十九年!」


「惜しい!三十年代初頭から四十年代中盤、試験での正解は三十一年から四十五年となりますね」


「うぅーん……なんで歴史なんか勉強しないといけないのぉ」


 ぼやきながら机に突っ伏したセシィの集中力はもう皆無と察したフランが休憩を告げると、様子は一変しサンツィオが用意していたオヤツへ飛び着いていた。

 お茶にお菓子、口一杯に頬張る中でセシィは、無数にある疑問の中から一つをフランへぶつける。


「なぜ歴史の勉強を、ですか?」


「うん。魔術の成り立ち、とかは分かるんだけどね。意味あるのかなぁ?」


「確かにそうですね、実際私も苦手でしたし。でも、恐らくですが――」


 過去の出来事や災厄、繁栄と犠牲を経た命を忘れない為。

 フラン自身が同じ疑問を抱き、師に訊ね、返って来た言葉がそれであったと。


「じゃあ師匠の師匠もきっと歴史の一部になるんだね」


「かも知れませんね。それを語り継ぐのはきっと私達の役目ですよ」


「歴史の証人ってヤツだね!」


「そうですね。ですがそれになるには正しい知識を持ち、正しく伝えられる様にならなくては」


 再び参考書を手に取ったフランを目の当たりに、少々落胆しているセシィだが、集中力はしっかり回復している様だ。


「では再開ですよ!」


「……はぁい」


 休憩の恩恵あって、後の講義は実に捗っていた。

 あれ程躓いていた歴史も、とんとん拍子に乗り越え、次の科目また次のまた科目へ。気づけば夕食を逃し、時刻は夜食どき。


「師匠、今日の分はこれで終わり?」


「今日の分と言わず、翌日分の半分ほどまで終わりですよ」


「ホント!?じゃあそろそろご飯にしようよ!」


「そうしましょうか。時間も随分遅くなってしまいましたし――」


 完璧なタイミング。

 二人が腰を上げようと踏ん張った所で、開いた扉の先からサンツィオとその部下数名が両手一杯の皿を持って姿を現した。


「そろそろ腹の虫が騒ぎだす頃だろうと思いましてね、えぇ」


 部屋の真ん中に置かれたテーブルへ次々と並べられる料理が放つ、空腹を刺激する香りに釣られ二人の腹が騒々しい合唱を始める。


「さっ、お疲れでしょう。遠慮なくお召しあがり下さい、えぇ」


 理性を失った獣、とまではいかないが二人の手は止まる事無く皿へと伸び続ける。

 一巡目の皿が空になれば、熱々の二巡目。頃合いを例えるのなら貴族御用達の高級レストラン。勿論提供だけでなく素材も味も全てが一級品。


 言葉で表せば満足と言う他無い食事を終えた二人。食後酒を嗜む訳にはいかないので、コーヒーへ手を伸ばす。  

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