第二十話 身体を蝕む快楽 ⑥
漆黒に赤い二本線が入ったローブを纏う人物目掛け駆け出すフラン。迫る数人が成す肉壁を容易にすり抜け、一呼吸の間に相対。
言葉による対話が叶わない今、取れる手段は一つ。
「降参は何時でも受け付けます――千波貫水、的ヲ穿テ」
凝縮された鉄砲水の如き圧で、瞬きの間を与える事無くローブの男を蹴散らす――には至らず、顔前にて離散した飛沫の影から飛び出す氷塊がフランを襲う。
だが、フラン身体は既に防壁の内側。加えて彼女を覆い隠す水壁は高密度高温。
接触した瞬間に氷の塊は、その形を失っていた。
「今度はコチラの番ですよ。纏イ傀儡ト化セ」
巻き上げた砂埃に混じる石礫を魔力で覆い射出。数は数多、速度は疾風。待ち受けるは氷の塁壁。
フードの隙間から男がニヤケ顔を覗かせたのと合わせ、フランの口角が上へと傾いた次の瞬間、城壁程に厚かろう氷へと礫が叩き付けられ、阻まれ――
「それじゃあ終わりませんよ!」
上がった口角を結び直し、杖先へそして礫へ神経を巡らす様に感覚を研ぎ澄まし、見開いた瞳をゆっくりと閉じ集中の極地へ。
やがて阻まれた礫は熱を帯び、回転を増し塁壁を破り、幾つかが男の身体を掠めローブを彼方へ取り攫う。
(殆ど無傷……直前で軌道をずらされましたね。それにしても――)
「アナタほどの魔術師が何故、この様な真似を?」
魔術の技術は勿論、猫目とシャープな輪郭から想像させる頭脳明晰を具現化したかの容姿からフランは、答えなど得られないと分かっていながら尋ねずにはいられなかった。
案の定、返って来たのは嘲笑だった。
「まぁそうですねよね。なら不本意ですが、力づくしかありませんね」
再び杖を構え、息を吸ったフランは辺りの気配に気づき、この場を凌ぐ最良の一手が彼女の脳内に宿る
(卑劣……自分でもそう思いますが仕方ありませんね)
信条に反すると理解していると同じく、決め手となる手段はこれしか無い事を理解していたフランは、一時自らの感情を押し殺し、放つ。
「黒霧散開、暗晦ヲ織リ成セ」
二人を包む闇を帯びた魔力は次第に広がり、フランと男だけが存在する狭い空間へと変貌する。
互いが一歩踏み出せば白兵戦、もしくは近距離で魔術を撃ち合った末の共倒れが避けられないこの状況。フランは自身の手に在る中で最良のカードを切った――が、一抹の不安を拭いきれずにいた。
(賭け、ですね。人でなしはコチラかアチラか……)
考える程に膨れ上がる不安を抱えた胸中を、切った手札の内実を悟られぬよう、悠然泰然と守りの姿勢を取るフランに対して、男が見せるは当然攻めの姿勢。
天へと掲げた杖先に集い揺らいだ魔力は衝撃波へ。二人を包んでいた闇の隙間から光が射し込む。
「分かってはいます……申し訳ありません」
殺した筈の感情が零れ落ちた瞬間、射し込んだ光は槍の如く男の身体へ迫る。
明白ながら男がそれをみすみす受け入れる筈もなく、後方へ跳躍し回避。瞬く暇すら無かった槍の雨を容易く躱した男は、不敵に口角を上げて見せる……未だ“もう一重”の闇に身を置いているにも関わらず。
「――解除」
フランの一言と共に二人を包んでいた、もう一重の闇が晴れ夜の草原、朽ちた村の景色が再び広がる。
そこに争いの喧騒は無く、立つ者は僅かに二人。彼らの足下には多くの者達が倒れ“勝敗”が決するのはもうすぐだった。
男の目は異常なまでに見開いていた。
こんな状況はあり得ない、そう言っているかの様に。
男は一歩も動けずにいた。
だがまだ勝敗は決まっていない。フランが構える杖は男へ向き定まり――
「私もアナタも、仲間を信じていた様ですね。だからこそ、この手を選んだ私はとんだ卑怯者ですね……」
唇を噛み締め放った衝撃波は、男を宙へと弾く。煌めく一つの銀を零しながら舞った男は、辛うじて受け身を取り立ち上がるが、大きく揺れた脳に彼の身体を動かす余力は残っていない様だ。
しかし男はそれでも立ち上がろうと、いや何かを掴もうと藻掻く。
零した煌めく銀だった。
男は打ちのめされて尚、ソレを手に収めんと藻掻いて、足掻いていたが、肩を上下に揺らしながらもしっかりと大地を踏み締めているフランより先に拾い上げる事など出来る筈も無かった。
「これは?大切な物、ですか?」
地を這いながら取り返そうとする様子を目に、聞くまでもない事など分かっていながら尋ねるフランへ男は怒りに満ちた眼光を向けた。
「返せ!それは……それは」
「愛しのデモンテへ。男性の名……アナタへの贈り物ですか?」
「早く……返せ……俺の物に触れるな」
「返しますよ。ですがそれは、アナタが全てを話してくれるのであれば」




