第二十話 身体を蝕む快楽 ③
大量に並ぶ図鑑や本の中、薬と言う単語から連想し二人が選んだのは植物と化学にまつわる数冊。両手に余るほど抱え、向かう先はサンツィオの書斎。
腰を下ろし、いざ頁を捲ろうとすると、サンツィオがティーセットの準備を始める。
「ワタクシのおすすめはパゴット南部産のオレマリーのフルリーフでして、えぇ。芳醇華やかな香りがなんとも――」
止まらない。茶葉の知識から、最適なお湯の温度、専門用語が出始めてからフランは、サッパリ付いて行けなくなっていた。
「と言う訳でして、えぇ。どれにしますか?」
「……あぁー……じゃあ、おススメでお願いします」
それから待つこと数分、湯気の立つティーカップが出され、ようやく調査が始まった。
暖かく快適な室内、絶えず襲って来る眠気に耐えながら一時間、二時間と文献を読み漁り、上等なお茶で時折一息。
幾度か繰り返し、先の見えない現状に思わず声を上げてしまいたくなる頃、フランの目にとある植物の解説が飛び込む。
「サンツィオさんコレって……」
向かいから身を乗り出したサンツィオと共に頁へ食い入る。
ギザギザとした特徴的な葉を持つ植物。名は《ピアジオネ》と記され、茎や花、葉を摂取すると軽度の幻覚症状や多幸感を与えるそうだ。
「薬の効果とも似てますよね?」
「えぇ、ですがどの効果も“軽度”と記されていますねぇ。であればあの様な状態にはならないと思うのですが、えぇ」
数時間かけ、やっと見つけた手掛かりだが手応えは些か弱い物だった。だが、その手応えも皆無と言った訳では無い。
「群生地も載っているので、駄目もとで調べてみませんか?」
現地での調査が目的なのは勿論の事、心地が良いとは言え長時間の座り通しに疲労を感じていた二人はリフレッシュの意味も含め、セーナ村の北部にあるとされるピアジオネの群生地へと向かった。
挿絵で見る分には特徴的な葉の形だったが、実際に対面してみると、特に変哲も無い姿に少しの不安を抱きつつも二人は一旦、近場に潜み観察を始めた。
「検討違いでしたかね?」
「気長に待ってみましょうか、えぇ」
真上にあった太陽が段々と傾き、オレンジ色に染まり始めた西の空から目を背けたその時。
「フランさん、アレ!」
サンツィオが凝視する方向にはピアジオネの葉をつつく二本角の獣が、チナツィーストが一頭。
満足するまで葉を頬張った獣が歩き出すと、サンツィオが提案を一つ。
「追うんですか?」
「えぇ勿論!動物の糞から採れる珈琲なんてのもありますからね。嗜好品や珍品の調達は一筋縄では行かない事も多いんですよ」
野生を相手に気配を殺しながら慎重かつ、確実に獣の後を付け同時に声も殺しながら論を飛ばし合い暫く――
辺りは背の高い草に覆われていた。当然、獣の姿はしっかりと捉えている。
行動一つ一つに違和感など無いか注意深く観察を続けるが、周囲を動き回る姿は至って普通の野生動物。
獣がこの場を離れるか、あと一時間何も無ければ帰路に就こうと決め、一層観察に力を注いだ少し後だった。
草が揺れ、音を立てた。葉擦れの音共にフランの耳にはほんの僅かではあるが、人間の息遣いも幾つか届いている。
息が、気配が二人の横を過ぎ、獣の元へ歩み――瞬く間の一刺しだった。
気配の正体達は……色こそ違えどフランと似通った装いに身を包む、魔術師然としたその集団はチナツィーストの双角をもぎ取り、余裕の足取りで、揺れる草の中へと消えて行く。
「フランさん、追いましょう!ココで逃がしては――」
「ダメです。周りに仲間居るかもしれません。それにあの人数を二人で相手にするのは無謀すぎます」
少々興奮気味になっていたサンツィオをなだめ、今度はフランが彼の手を引き、踵を返し飛空艇へ。
緊張で乾いた口と喉を潤し、脱力するように腰を落とす。
「はぁ……イヤな汗をかきましたねぇ」
「疲れてるかもしれませんが、先程の事を元に再調査ですよ」
フランは抱えて来た何冊かの動物に関する書物をドカっと机へ置き、すぐさま頁を捲り始める。
程無くして目的の項目へ辿り着き、更に考察を巡らせていく。
「例の作用をもたらす成分は消化されないと?」
「その様ですね。で、老廃物として蓄積したものが角になるそうですよ」
消化されずに蓄積される。この工程故に、角は幻覚などをもたらす成分が濃縮された薬の主な材料になるのでは?と言う結論に至った二人は直ぐに情報の交換を行うべく、サンツィオの店へと向かった。
「そろそろ二人も戻ってる頃でしょう、えぇ」
頃合い良く、二人が見せに戻る数分前にセシィとトゥリオも帰ってきていた様だ。
「おかえりー!なにか分かった?」
「色々と有益な情報は得られましたよ。セシィ達はどうでした?」
「コッチも良い感じだよ。早速情報交換だね!」




