第二十話 身体を蝕む快楽 ②
「なんだ……サンツィオの兄ちゃんじゃねぇかよ」
「はい!ですから――」
「いやいや……嬢ちゃん達、早とちりはいけねぇよ。確かに胡散臭いがな――」
容疑者……否、チロ・サンツィオはこの村で、例の薬の調査をしているらしい。
俄には信じ難い事だが、衛兵達の口調と態度を見るに、偽りは無い様だ。
「改心したんですよ、えぇ」
それでも三人は疑いの眼を向けずにはいられないが、このまま言い合っていても埒が明かない――
「分かりました。百歩いや、一万歩譲って調査していると言う事は信じましょう。なので、その理由を教えて頂けますか?」
「えぇえぇ勿論。実はワタクシのお客が被害に遭ってしまいましてね」
父の代から贔屓にしてくれていた太客が、所謂詐欺の様な被害に遭ったそうだ。幸いにも廃人と化す前に服用を止めた為、大事には至らなかったそうだが、それはその彼を含めほんの一握りの者だけらしい。
「父の、ワタクシの大切なお客様達の“敵討ち”と言うつもりはありませんがね。放っては置けないでしょう、えぇ」
一切の澱みが無い眼。フランとセシィはサンツィオを開放、トゥリオと見合わせ、頷き合う。
「協力しましょう。何か知っている事は?」
一気に光を帯びた表情のサンツィオは、意気揚々と衛兵へ三人の紹介まで始めてしまう。
「諸君、この三人が協力してくれるとあれば、それはもう頼もしいですよ!えぇ!」
例の一件まで語り始めてしまう始末。
……誇れる件では無かったのだが。
「分かった分かった。そんな良い協力者なんだから、俺達より先に相手をしてやんな」
聞き飽きたのか、フラン達を思ってなのか、衛兵二人はうまい事話をはぐらかし本題へと押し戻してくれた。
「えぇそうでしたね。では衛兵諸君また――では本題ですね」
自信ありげに咳ばらいを一つ、少々勿体ぶりながら口を開けたサンツィオだったが、明かされた情報だけではどうにも進展は得られそうに無かった。
「それだけか!?」
「え、えぇまぁ……」
「ねぇねぇ末端価格ってどういう事?」
「実際にソレを使う人、買う人が払う価格の事ですね。私達がお買い物をする時に払うお金だと思ってもらえれば」
「それがすごく高いって事はどういう事なの?」
「需要の多さと、生産者の意図。つまり金銭目的なのは間違いないですね」
考察、会議の中で新たな情報が少しずつ浮かんでくるが、どれもこれも確信に迫る程の物にはならない。
行き詰まりが見えかけた時、衛兵のある言葉が少し、進展を後押しする。
「周辺の村でも同じ様な事が、って言ってたよな?」
「そうですね。であれば――」
都合が良い事に大商会の会長が同席している。フラン達が頼って来たよりも詳細な地図を広げてもらい、周辺に点在する村々の位置関係を調べ始めた。
「被害は治まってないんだよな?」
「えぇ、寧ろその逆でして、えぇ」
「村同士がこんなに離れてたら一人で売り歩くのは難しいよね」
「ある程度の人員を持つ組織と言う事ですね」
だが、それが判明した所で未だ打つ手が見つかった訳では無い。
唸り声と眠気覚ましで流し込むコーヒーの香りに包まれる室内、セシィが夢の中へと引きずり込まれた頃、一先ずの計画が決まった。
「原料、コレが分かれば調達から製造、流通までのルートが掴めるかも知れねぇな。購入者から経路を逆に辿るの良いかも知れねぇ」
「運が良ければ調達時や購入時を狙って、なんて事も望めます。」
「えぇ、では明日からソチラ調査を始めましょうか。で、お三方――」
サンツィオから三人がすっかり忘れていた事を質問される。
「ココの宿はダメですし、えぇ」
「あぁ、宛が無いんだよな」
「でしたら二階に空き部屋が一つ。上等とは言えませんが野宿よりは幾分かマシでして、えぇ」
フランとトゥリオはサンツィオのその言葉に飛び着き、さっそくセシィを抱え二階へ。
上等では無い、などと言いつつ内装は到底、庶民のそれとは思えない豪華さ。数日振りのマトモな寝床での就寝を経て、万全な思考で調査へと踏み出す。
「じゃあ眠くなりそうな仕事は二人に任せるとするか」
「セシィ、しっかりトゥリオさんの面倒見るんですよ?」
「はぁい!行って来るね!」
「フラン、逆だからな」
トゥリオとセシィは購入者から、フランとサンツィオは原料から。二つの案を駆使し、一行が行動を開始した。
「サンツィオさん、何か役に立ちそうな文献などありませんか?」
「えぇ、勿論。飛空艇に戻れば幾つか相応の物が」
ココ、セーナ村を少し外れた所に停留させてある飛空艇へと二人は向かい、早々に数ある書物を漁り始めた。




