第二十話 身体を蝕む快楽 ①
グランチアーレ火山を下り、北へ約六十キロ。遠方の山々を染める白銀を指し、セシィが瞳を輝かす。
「みてみて雪だよ雪!まっしろ!」
「〈フリジェーレ山〉ですね。麓は広大な雪原地帯、一面真っ白ですよ」
「そこを通って山を登るんだね!途中のおやすみも含めて五、六日くらいかなぁ。でも――」
改めて目を凝らし、辺りを見渡したセシィは大きく肩を落とした。
「なぁんにも無いんだよねぇ……町も村も、宿も無い。そろそろフカフカのベッドが恋しいよ」
遠目に見える雪化粧を除き、目の前に広がる景色は草、草、草、と偶の小川。加えて冬が近い事もあり、色鮮やかな花々など無く、配色は茶色と緑のみでどこか寂しさも漂っている。
「トランテ平野、平野とはよく言ったモノですね――で、トゥリオさん何かありそうですか?」
地べたに座り込み、右手に手帳、左手に地図を広げるトゥリオへ尋ねる。
「んあぁ、変わって無ければ、な」
広げた地図で現在地を示し、今度はそこから更に平野の西部を指す。
「たしかこの辺りに村がある筈だ。三領境線もあるから越境の手続もそこでできるしな」
次なる目的地は決まった。但し一つ問題が残る。
「一回休んで、明日出発するか、このまま向かうか。どうする?」
「ココからどれくらい掛かりそうなの?」
「そうだな……今から向かえば日が沈む前には着くだろうな」
三人が見合い、頷き合い、答えが決まる。
広げていた荷物を早々に片し、いそいそと存在するであろう村へ進み始めた。
「一応言っておくが、俺が大陸横断した時の記録と記憶だからな?」
「領境も近くなら少しの辛抱でなんとかなるでしょうから問題ありませんよ」
「だね!やっとベッドで眠れるよぉ」
上等は言わず平凡な寝床、雨風の心配がない休息に思いを馳せ動かす足は疲れを感じず、退屈を感じず。ふと気づけばもう、村を目の前にしていた。
「とうちゃーく!」
「じゃあ早速宿を、と行きたい所ですが、トゥリオさんココで合ってますよね?」
「オウ、間違いない〈セーナ村〉だ」
朽ち果て、村が消滅しているなんて悲劇が三人を迎えた訳では無いが、漂う雰囲気は異様そのものだった。
村人達がアチラコチラで座り込み、浮かべる表情は恍惚ながら不気味さが溢れている。
「飢餓、にしては様子が変ですね」
「人にも村にも生気が感じられないな」
異質な空気に抱かざるを得ない不安、それよりも心配が勝った三人は警戒をしつつ村人たちへ接近。幾つか尋ねてみるが返って来るのは息を吐き出す様な呻き声ばかりだった。
混迷は深まる一方で、打開策は勿論の事、原因すらも解明できずにいた三人へ一人が近づいて来た。
「ん?どうしたの?だいじょう――」
言い切る前にその一人はセシィへと掴み掛かる――事は叶わず、泡を吹き出しながらその場へと卒倒。瞳は白をむき、身体をひくつかせ、喘鳴をあげ……絶えた。
予期せぬ状況に立ち尽くす事しか出来ずにいるフラン達の元へ、もう一つ人影が駆け寄る。
「はぁ、またか。これじゃあ手遅れですね……魔術師の御一行、無事ですか?」
衛兵だった。
直前に上げたセシィの悲鳴が彼をココへ呼び寄せたらしい。
三人が彼に自身らの無事を伝えると、胸を撫で下ろした様子で“異様異質”の詳細を明かしてくれた。
「最近この一帯で妙な薬が流行っていましてね」
「薬、ですか」
多幸感と幻覚作用をもたらし、夢遊病の様に彷徨い、最終的には廃人と化し息絶える。製造している者も流通経路も分からず、対処の術が無いそうだ。
「って事はココに座り込んでる奴らはその薬を?」
「十中八九……いや確実にそうでしょう。暫く先のヴォーラやコッソーレの村でも同じ様な事が……」
一帯、ここトランテ平野の北西部を主に、その薬が広がっている様だ。衛兵にも手の打ちようが無く、廃人となる者は多くなるばかり。
何か少しでも力添え出来る事は、と思考を巡らせていたところ衛兵は忠告を一つ、踵を返す。
「大丈夫だとは思いますが、決してアナタ方は薬に手を出さない様に」
「言うまでもねぇな。最後に一つ良いか?」
トゥリオが尋ねるのは、ココを訪れた一番の理由である物。
「残念ですが、唯一あった宿の主人が例の薬で……隣村の二か所なら、あるかも知れませんが何せ状況は先程の通りですから……」
「そうかい。じゃアンタも気を付けろよ」
亡骸を担ぎ上げ、去る衛兵を見送った三人から大きな溜息が漏れる。
「セシィ、フランどうする?」
「うーん……原因を探るにも衛兵があの言い様では……」
「宿もないみたいだしねぇ。とりあえずお店でも探して必要な物だけでも調達する?」
「そうするか。じゃ、あそこが良さそうだな」
トゥリオが示す方向には、なんとも有難い事に大大と“日用雑貨”の看板を掲げた建物が一軒。
早速足を運び、扉を開けた瞬間に店主を指差し、フランが声を上げる。
「トゥリオさん大至急衛兵を呼んで下さい!犯人を見つけました!」
フランが伝え終えるよりも早くトゥリオは走り出していた。
困惑しながら衛兵と言う言葉を耳に、無罪を主張する店主をフランとセシィが羽交い絞め、罵倒にも近い叱責を飛ばす。
「まったく懲りてないじゃないですか!」
「あの時の言葉は嘘だったの……?」
そうこうしている間にトゥリオが二人の衛兵を引き連れ店内へと飛び込んでくる。




