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第十九話 怒れる竜 ④

「早く追わなければ……離して下さい!またどこかで被害が――」


 フランにスクルトの支え腕から抜け出す力は残っていなかった。


「怒暴の竜と言えど、切れても絹切れ……一先ずは安心して良いでしょう。まずはアナタ達の身と、報告が優先です」


「分かりました……セシィ、トゥリオさん立てますか?村に戻りましょう」


 元気な返事と、真っ向からの反対。

 しかしながら今回ばかりは仕方無いとフラン、セシィが頭を抱える。


「たしかにそうだよねぇ、傷付けちゃったのは事実だし……うーん……」


 入山前の“一件”がトゥリオの枷となっていた――事はスクルトも知っていた様だ。


「刀剣による傷害は罰金もしくは投獄。今回は状況も考慮して情状酌量があるとしても罰金刑、それでも聴取の為の拘留は免れないでしょう」


 スクルトが淡々と続ける毎にトゥリオの顔が青くなってゆく。


「フラン、セシィすまない。俺の旅はココまでみたいだ……楽しかったぜ」


「トゥリオさん……」


「リオ兄……」


 重苦しいムードが立ち込める。背ける事も、振り払う事も無く受け入れる三人を目にスクルトがとうとう笑いを堪えきれなくなった。


「あまり素直に受け入れないで頂ける?」


 吹き出しかけながらスクルトは、免罪を持ち掛け、承認された事実を明かした。

 理由は至極単純で、合理的であったから。


「さっすが、会長なだけあるな!恩に着るぜ!」


 明るい雰囲気に塗り替えられ、いざ下山となった所で、セシィが三人を呼び止めた。ふり返るとそこには創痍の竜へ寄り添う彼女の姿。


「こんなにボロボロでほっとけないよ」


 絶え絶えの息、空を斬る事しか叶いそうにない翼。言葉通りにボロボロで見るに堪えない姿。

 しかし初見に放っていた圧は未だ変わらず……。


「紅き衣の竜よ、差し支えなければ養生の間、護衛でも付けて差し上げましょうか?」


 剥き出した牙が一行への答えとなった。


「セシリアさん、きっと無碍を狙っての事ではありませんよ。行きましょうか」


 寂しさ、心痛を押し込み一行が村まで伸びる宙の道へと踏み込むと、唸りが鳴り渡る。

 怒りとは違い、苦痛の訴えとは違い、まるで呼び掛ける様な。


 四人の瞳が一斉に竜へと向いた。


「……オンハワスレナイ」


 言葉を返す事はせず、代わりに笑顔を充て宙へと踏み出す。

 フランとセシィがトゥリオの背を取り合う道中は賑やかで、あっという間で、村へ辿り着き衛兵達に囲まれるのもあっという間だった。


「あれぇ……なんか思ってた感じと違うなぁ……」


 トゥリオの額に汗が滲んでいた。掛けられた手枷は全身から汗を拭き出させた。


「話は駐屯所で聞こう。一先ず傷害の罪で拘束させて貰う」


 スクルトの額にも汗が滲んでいた。


「オイ話がちげぇじゃねぇか!オイ待てって……オイ、ババア許さねぇぞ!」


 教団信者達と共に連行されてゆくトゥリオの姿を目にスクルトは汗を拭い、フランとセシィを見つめる。


「グリマーニ師団でした」


「「うん?」」


「私が免罪を申し出たのはグリマーニ師団の団長でした」


 トゥリオを連行して行く衛兵たちが掲げる団旗はロザティ師団の物だ。紛れも無く。だが衛兵団である事は変わらない。

 きっと時間が解決してくれるだろうと、フラン達は英雄の凱旋を今か今かと待つ者達の元へ歩む。


 歓声が三人を迎える。

 求める者には握手を、感謝の言葉には謙遜を。出された全ての礼を受け取り、最後に返す。


「あくまで今回出来たのは撃退です。くれぐれも警戒を怠らぬようお願いします」


 村人、衛兵達に告げた後、三人は急ぎ駐屯地へと向かう。

 少々慌ただしい様子が伺える屋外。レンガの壁を背に膝を抱えしゃがみ込む一人の姿が飛び込む。


「トゥリオさん?」


 俯いていた顔を上げ、三人へ順番に視線を流し口を開く。


「……お前に用は無いって」


 強引に連行された直後に免罪の旨が伝わったらしく、対応に追われていた衛兵達からぞんざいな扱いをされたそうだ。


「解放されたんなら良いじゃないですか」


「そうそう!ホラ立ってリオ兄。早く行こ?」


 少しばかり納得が行かない様な、釈然としない様な面持ちながら、セシィが伸ばした手を掴み立ち上がる。

 けれど旅の再開に対する意気込みは十分な様だ。


「よっしゃ行くか!先ずは〈トランテ平野〉を目指して、そこから越境だな」


 トゥリオの一言が結ばれていたスクルトの口を開けさせた。そこから出て来たのはフラン達への警告。


「三勢力、ですか?」


「えぇ。竜崇教団、反魔術思想、各領衛兵これ等が睨み合う地域ですからね。十分に気をつける様に」


「水に流すには、ちと足りねぇ気がするが良いだろう。感謝するぜ会長さん」


 悪態気味の礼を済ませ歩き出すトゥリオと、その後を追う二人――スクルトがフランの手を引き止める。


「どうしました?」


「……師匠とは、パレンバーグとは会えましたか?」


 一瞬言葉を詰まらせたフランだが、彼女に伝えるべきはありのままと、謁見の後からココへ至るまでの全てを語り始めた。

 全を知り、打ちひしがれ、再び歩き出し、再会を果たし、別れた全ての事を。


 フランが全てを明かし終えた時、スクルトの瞳には涙が浮かんでいた。嬉しさと悲しさを帯び、澄んだ一粒の涙が。


「嬉しいものですね……弟子が成し、またその弟子が大成を成す。私はとんだ幸せ者ですね」


 スクルトがフランを抱き寄せ一呼吸。スクルトに背を押されたフランは先を行く二人を追う。


「お行きなさい。きっとアナタ達なら何事であろうと――」

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