第十九話 怒れる竜 ③
貴石の短剣を取り出し掲げるセシィだが、大きな問題が詠唱を妨げる。
頭上から迫る無数の爪撃、躱した先で構える死肉張り付く鋭牙。
「師匠、リオ兄、隙つくれる?」
「えらく簡単に言ってくれるな。だがそうでもしねぇと」
「この場は打開出来ませんね」
妙案、作戦など無い。当然、思考を巡らす余裕も無い。
であるならば取るべき行動は限られる。
「一撃離脱。トゥリオさん防御、その他諸々は請け負います。気にせず突っ込んで下さい!」
「師弟揃って無茶苦茶だな!良いぜ、倒さなくて良いってんなら荷は軽い」
「では――纏イテ牢固タル殻ト成レ」
魔力の外殻に包まれた瞬間、トゥリオが刹那の内に怒暴の竜が空ける懐へと踏み込む。
突き、斬り付け、弾き、また斬り付ける。熱風を裂き、細い頸部を狙う爪を光線が焼き、扇いだ翼が発する暴風を魔力の波動が打ち消す。
無傷の鱗に反して上下に弾む二人の両肩。片時の休息も許さぬ凶猛纏う、竜の暴虐はフランとトゥリオの体力を奪い続ける。
(このままじゃジリ貧……でも打つ手は他に無い)
「トゥリオさん、無事ですか?」
「この状態をそう言うんだったらな」
限界とまでは行かないが、既に体力の底が見えつつあった二人。もう一息と奥歯を噛み締め踏み込む。
「フラン、数秒で良い!動きを止められるか?」
「尽力しましょう!――雪華着氷ニテ凍テツケ」
竜の足下に纏わりついた冷気は、瞬時に辺りの僅かな蒸気を結氷させ動きを封じる。
フランの見立ては三秒。察していた様にトゥリオは着氷よりも早く飛び出していた。
堅い外殻を避け、唯一の可能性である細い瞳孔が光る大きな眼球までに一秒。コンマ二秒毎の刺突と斬撃を計五回、間合いの外へ離脱するのに一秒。
直後に舞った水飛沫をトゥリオの影から飛び出した火柱が蒸発させ、一面を炎の海へと変化させる。
全てが確実に竜を捉えていた。反撃の余地を与える間も無く放ち続けた連撃――の筈だった。
一面の炎は掻き消され、幾度の刃を受けた筈の瞳には細かな傷すら残っていなかった。
攻守が入れ替わる。
羽ばたきが暴風を立て、飛び上がれば紫電一閃の突進。迫り来る鋭牙を前、二人に限界が訪れる。
力を込めても動く事の無い足、杖を柄を握れない手。されど折れぬ心に反し、二人の脳髄は外の景色を遮断する。
刹那の経過、爆裂の音が轟き、衝撃が辺りを覆う。
縫い付けられたかの瞼をカッと開き、映ったのは横たわる怒暴の竜、と圧し掛かる炎爆の竜の姿。
理解に時間は掛からなかった。
震える手で杖を、柄を握り締め、笑い転げる膝を黙らせ立ち上がる。微細な無駄も許されないこの一瞬、構えるよりも早く灼熱の矢が圧される竜を貫き、開いた口へは銀色の刃。
朱の噴水が湧くと同時に貴石が輝いた。
「我は汝の力を欲する者。希望の象徴である光の精霊よ、我は求める。斬り裂き、抜き穿つ力を。我の願いに応じるならば、星数程の光矢を降らせ!」
灼熱に照らされた真っ赤な空に、無数の星が煌めく。
「――煌々突通、流星」
空の一面を覆っていた幾多数多の煌きが双竜へと降り注ぎ、重ね貫く寸前、フランの絡繰る魔力が炎爆の竜を引き寄せた。
安堵と共に崩れ落ちるフラン、朱を浴び拳を握るトゥリオ、万謝と敬仰にて精霊を送るセシィ――
猶尚、地面に爪を立てる怒暴の竜。穿ち貫かれ、向こうの景色を覗かせた身体を揺らし、三人へ絶望を与える。
「こりゃぁ、敵わねぇや……」
ポツリと呟き、プツリと意識が消えそうになった直前、どこからか声が届いた。
直ぐに、辺りに広がった地響きは、内臓を揺さぶる様な爆音は、それが夢で無い事を理解させた。
圧倒的で一方的、一つ一つが命を千切り捨てんとするその魔術。
フランは何時かの記憶と重ね“暴虐”とも思える光景に魅入ると同時、再び確かに感じた安堵は彼女の顔面を地面へ押し付け――
「よくやりました、フランチェスカさん。上出来でしょう」
皺枯れた柔い声はフランの、セシィとトゥリオの、そして真っ赤な鱗を纏う竜さえの心を緩ませる一方で、その者が浮かべる表情は苦々しく、見せる瞳は刃の切っ先様に鋭かった。
「……スクルト会長……何故ここに……」
「問題解決、ですよ。まぁ失敗に終わりましたがね……」
尖る瞳が向いた先を追ったフランは彼女が見せる苦顔の理由を悟った。
上下に、左右に蛇行しながら飛び去る漆黒の飛翔体、ソレが今しがたまで相対していた怒暴の竜だと知った瞬間に。




