第十九話 怒れる竜 ②
二重の障壁が防ぐは竜の放つ極熱の旋風。刹那の内に壁の外側は焦土と化す。
「師匠!大丈夫?ほかのみんなは?」
「セシィありがとうございます。私は大丈夫ですが……」
フランの視線の先には炭化した二つの人影。
唇を噛み締める三人と衛兵達。怒りが静寂を打ち破る。
「……だから言ったじゃねぇか」
トゥリオが響かせた静かな雷鳴の前ですら、信者達を止める事は出来なかった。反って、二つの失われた命は免れた者達に一つの答えを与えてしまった。
「おぉ……我らが、今ココに立つ者だけが御竜様に生を認められたのだ!ならば我ら、御竜様の御心のままに!」
一致団結。正にその言葉を体現した様にフラン達を、衛兵達を、竜の怒りを妨げる者達を押し返さんと詰め寄る。
雪崩れる兵に巻き込まれ、セシィが抗う術無く押し倒される。
「大丈夫ですか!?」
幸い、軽い擦り傷程度で済んでいた。セシィ自身もこの程度、と気に留める素振りを見せなかったが、その小さな傷はトゥリオが散らす微かな怒りの火花に油を注いだ。
死人を、怪我人を出して尚変わらない所か一層増長する仰心が。
「フラン、セシィ、もしもの時は減刑だけでも申し出てくれよ?」
ギラりと光らせた瞳を信者達へ向けながら歩み出すトゥリオの右手は剣へと伸びていた。
「トゥリオさん……奪うのであれば許しません」
「分かってるよ」
信者の一人を前にした時、鈍い銀が輝やく刃を翳した。
いかに無益で、いかに愚かであるかを説くも彼等の足を退ける事は叶わなかった。
「んじゃあ、仕方ねぇな――」
刃が風切り音を鳴らし、鮮血が舞った。悲鳴が上がり、立ち塞がる障壁が崩れた。
「衛兵さん、見逃してくれとは言いません。少し時間を頂けますか?」
真っすぐに三人へ向けられた衛兵の目は言った。
行け!と。
三人は一瞥し駆け出す。徐々に大きくなる傾斜に息を弾ませながら、追えども信者達の手が届かなくなるまで。
「ぁは、はぁはぁ……この辺までくれば大丈夫かな?」
「問題ないでしょう。ココからは足場を伸ばして一直線ですね……トゥリオさん、なにへばってるんですか?」
千鳥足で何とか二人に追い付いたトゥリオを見てセシィが尋ねる。
「リオ兄、手震えてるけどどうしたの?」
「ん?あぁこれか……あんな状況で剣を振るう事なんて無かったからな。つぅか、何でお前等は平気な顔してんだよ!驚きもしねぇし」
「トゥリオさんが行かずとも私達のどちらかが同じ事をしていたでしょうからね」
未だ小刻み震える指へ掌をそっと重ね、労いの言葉を掛け、休息の要否を問うフラン。
返答と同時に震えは已んでいた。
「では急ぎましょうか――支踏、支場ヲ成ス」
頂、火口へ伸びた宙の道。電光石火の如く三人は走り出す。
次第に猛炎が広がり、酷熱が一行を包み始め、光炎沸き立つ溶岩が脇目を覆う頃。
「――師匠、あれじゃあ……あんな姿じゃ……」
紛れも無い竜の姿。息を荒立て力無く地面に伏す竜の姿をセシィが指す。
最早害など無いかに思えるソレ。しかし三人が一歩を踏み出す度に、その歩みを止めたくなる程の殺気を放っていた――が、目前に揺らぐ風前の灯が消えゆくのただ見つめる選択肢は三人に無かった。
殺気の源へ駆け寄るフラン達。距離が縮まるにつれ放たれる圧は増すばかり。それでも止まる事無く、竜の頭へ身を寄せる。
「……ロ……ニゲロ」
微かな声音。極僅かな時間の後、フランは命を刈り取る敵意を察知した。
目の前の大きくも小さな温もりからでは無い、もう一つの確たる殺意を――
「白糸水壁、阻ミ給エ!」
波濤の如くフラン達を、竜を囲んだ水壁が翼を返し、廻る烈風を飲み込む。
「怒暴の竜……竜が怒っていた原因はコレーー」
赤く煌めく瞳に、正気と思わせない捨て身の攻撃。一瞬の思案、導き出した一つの答えに困惑していたフランを二人の声が、竜の咆哮が我へと誘う。
「師匠、つぎ来るよ!」
「はい!トゥリオさん行けますか!」
「どこまで通用するかは分からんがな」
銀の刃が、無数の氷塊が、光の一矢が狂い猛る竜へと降り注ぐ。
消し炭、塵、痕跡の一つも残さぬつもりの非道にも思える、粉砕目論む百数撃。
炎の嵐、突き立つ光柱、漆黒の曲刃。
躊躇い一つ無く差し出し続けた冥府への片道切符に巻き上げられた砂塵が地へと返った時。
「無傷、とはね。こりゃあ骨が折れるなんてモンじゃねぇぞ」
「その様ですね。ならば使うしかありません!」
視線を集めたセシィは自信満々に袖をたくし上げる。
「よぉし!本気出しちゃうよ!」




