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第十六話 楽園への道程、果ての再会 ③

 降り続いていた雨が止み、木々の隙間から太陽の光が差し込み始める。

 湿気故、多少の心地悪さは残るものの、上がり上がりゆく気温に冷えた身体を温められ、道行く速度を早めた三人は気づけば、最大の難所である〈(ふるい)の崖〉を前にしていた。


「ほぼ垂直だな……」


「名前の通り、多くがここで篩にかけられたんでしょうか?」


「確かに少しキツそうだねぇ。でもコレを越えたら楽園は目の前だよね?」


「となれば、明日へ持ち越しって訳には行かないよな?」


 三人が胸に抱いた答えに相違は無い。

 ピッケル、ランタン、縄を握りしめ、いの一番にトゥリオが乗り出す。


幼気(いたいけ)な少女二人を先行させるなんて出来ないからな……うん幼気な……」


「自分で言って迷わないでよ!それに、セシィ達ぜんぜん平気だよ?」


「そうですよ。心遣いは嬉しいですが、気にしなくても問題ありません。優れた魔術師は全てに秀でると言いますし、これ位難なく突破できなきゃ――」


「いぃや、なんと言おうと俺が先に行くから待ってろ!」


 トゥリオは制止を無視して、そり立つ崖をグングンと登り始める。隠し切れない二人の嘲笑が背中を刺している事など気付かないまま。


「大丈夫なのにね……教えてあげないの?」


「……今、私の良心が“あの時”散々肝を冷やしてくれたお礼をするかどうかでせめぎ合っています」


 眉間に深い皺をつくり、こめかみを突くその様は、傍から見てもわかる難儀顔。はてには、その場へ座り込み、セシィの声にも上の空でウンウンと空虚な返事をするばかり。


「そろそろ登り終わっちゃうよ?」


 バッと立ち上がったフランは、まるでその言葉を希っていたかの如く「ならば仕方が無い」と放ち、セシィの手を引き数歩後ろへ。

 トゥリオが合図と同時に縄を垂らせば、フランが茶目っ気たっぷりに頬を緩ませる。


「じゃっ行きましょうか!」


 大杖(スタッフ)を掲げたフランの姿を目にしたトゥリオは大きな息を一つ。早く来いと、手招きを見せる。


支踏、支場ヲ成ス(パヴィ・ファーレ)


 宙の踏み場を駆け上がり、文字通り難なく崖を登りきった二人。

 トゥリオの苦労を台無しとしたにも関わらず、意外にも薄かった彼の反応が不服だったのか、フランが頬を膨らます。

 

「その場で膝から崩れ落ちる位の反応を期待したのですが……」


「意地の悪いヤツめ……登ってる最中に気付いちまったんだからしょうがないだろ?」


 確かに登っている最中……丁度半分を越えた辺りで、魔術を使用して突破する方が楽な上に安全である事に気付いたそうだ。

 しかし「待ってろ」の一言を残した以上、半ばで引き返すと言う選択は彼がもつ、最年長としてのプライドが許さなかったらしい。


「あまり最年長らしさは見せてくれてませんけどね」


「うるせぇ。これからだよ!」


「ねぇねぇ、そんなことより――」


 とうにセシィは待ちきれずに居た。

 高密度、高濃度のマナが淡く光り放つ、木々達の成すトンネルを前に飛び跳ねるセシィと共に、一歩影を踏んだ瞬間、フランの全身に緊張が駆け巡る。


 異変が、襲撃が起こった訳では無い。フランは勿論、他二人に何か異常が生じた訳でも無い。寧ろ正常だから、研ぎ澄まされていたからこそ、彼女に巡った緊張は足を止めさせた。


「セシィ、トゥリオさん絶対に魔術を使わないで下さい」


 フランのその言葉を理解するまでに両名は数秒程かかった。

 だが、(かい)してからは一切の迷いを見せる間も無く、適した行動を――


「なら、俺が先頭を行くか」


「だね!」


 寸刻の静止を経て三人はトンネルの先へと再び足を運び始める。

 異常とも言える程に高い密度、濃度を持つマナは奥へと進むにつれ、更に濃く高くなり、一層“魔術師”の魔術(行動)に制限をかける中、フランが芽生えた好奇心をそのまま呟く。


「ここで術を使ったらどれ程の威力に……」


「たぶん暴発じゃすまないよ?」


「フラン、頼むから誘惑に負けてくれるなよ?」


「だ、大丈夫ですよ……たぶん……」


 全身を攻め立てる魔術への探求心と情熱を抑え込み、抑え込まれながら歩き続けてどれくらいか、突如フランが有事の為と成していた列を崩し駆け出す。

 些か具合の悪い足元、二人の声ですら、微塵の障害ともせずフランは只管走る――遠目に捉えた人物の元へ。


 身動ぎすれば衣の音が聞こえる所まで迫ったフランは確信を得ると共に、口を塞げなくなっていた。

 息を弾ませ、確信を持っていながら言葉の一つも発せずにいるフランと深紫のローブに身を包んだ、魔術師然とその者――視線が重なる。


「待ってしましたよ。【禁解】フランチェスカ・アーシアさん」


 目深に被っていたフードを下ろし、顕になった銀髪を目にフランの瞳から一つ二つ雫が溢れる。


「……リディアさん」


「お久振りですね……まずは――」


 穏やかで透き通る声色で送られる労いの言葉。温もりに満ちた両腕がフランを包み込み、彼女の啜り無く声が響き始めた頃、二つの(せわ)しい呼吸が到着する。

 一人に芽生えるは困惑、一人に芽生えるは歓喜。喜びはひとりでに足を弾ませていた。


「リディアお姉ちゃん!」


「セシリアさんも、よく頑張りましたね」


 フラン同様、涙を溢すセシィの姿。トゥリオの脳はとうとう処理が間に合わなくなり、問い掛ける。

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