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第十六話 楽園への道程、果ての再会 ②

 言葉が飲み込めず、ただただ面食らっているだけのトゥリオをよそに、いそいそとグレーナ(食材)の下準備を始めるセシィとフラン。慣れた手付きで皮を剥ぎ、可食部を切り分け、串代わりに枝を打ち、再び皮で包む。


「トゥリオさん、食べないんですか?」


 暫く唸っていたトゥリオだが、腹の虫の喚き声に耐え兼ねたのかパチパチと音を立て始めた焚火の傍に腰を下ろす。


「何れにせよ今日はもう進まないだろ?」


「そうですね丁度、チレアト山の山頂か〈アリシェンツァ山〉かの分岐点ですからね」


「日も暮れちゃったしね。じゃあセシィ、テント張って来るね!」


「よっしゃ手伝うぜ!じゃあフラン、美味いのを頼むぜ」


「任せてください」


 フランが魅せる自身に満ちた表情を糧とし二人が勇み立ち、設営に向かう。

 着々と立派な拠点が築かれていく中、頃合いを見計らって準備の済んだ食材を焚火の中へ。じっくりと熱が入るのを待つ間に、鍋へ水を汲み、下処理で取り出した骨と共に火へかける。


 煮え立つ前に骨を取り出し、少しの香辛料と塩で味を調えていれば、包んだ皮の隙間から香ばしい蒸気が溢れ出す。


「師匠、テントできたよ!」


「コチラも頃合いですよ」


 漂う香り、包みを開いて姿を見せる程よく油の滴る肉は、トゥリオの怪訝な眼を驚愕させる。

 

「では頂きましょうか」


 頂きます、と三人声を揃え頬張る。

 止まらない三人の手が、ソレの味を物語っていた。


「鶏肉みたいだがパサついてない上、良い具合に脂がのってる……それに少しばかりハーブの香り……堪らねぇな」


「喜んでもらえて何よりです。スープの加減はどうですか?」


「ダシもたっぷりだし、このピリッとするチョットの刺激が良い感じだよ!」


 止む事の無い舌鼓に誇らしげなフランも更に一口。自賛と称賛を絶やす事無く三人は、成人の身の丈程あるグレーナ二匹分を平らげた。


「ふぅ食った食った。そろそろ明日に備えて――」


 この上ない満腹感は三人を快眠へと誘う――大粒の雨が天幕を叩くまで。


 ◇◇◇◇◇◇


 雫が叩き付ける中、野営道具を撤収し再び歩き始めた三人。少々歩速を落としつつも三時間の道程を進みアリシェンツァ山の裾地を踏んでいた。


「ねぇねぇ、少し休憩しようよ」


「そうしましょうか」


「あったかい飲み物用意するね!」


「じゃあ俺はちょっくら用を足して来る」


 少し何か言いたげなトゥリオだったがフランの冷たい眼差しはそれを許さず、僅かに哀愁を漂わせながら彼は木陰へと消えて行き――直ぐの出来事だった。

 悲鳴、では語弊があるがそれに似たトゥリオの声がフランの耳へ刺さる。


「師匠どうしたの?」


「トゥリオさんの声が……見に行ってきますね」


「セシィも一緒に行こうか?」


「いえ“きたないもの”を見せたくないので」


 言葉の意味を知ってか知らずか、素直にセシィは休憩の準備へと戻り、フランはトゥリオが居る筈の木陰へ。

 彼が前にしていた光景を目にフランの手は意図もせず口元を覆った。


「一体何が……」


「争った形跡はねぇな。大丈夫なら近づいて見てみな」


 一瞬躊躇をしたフランだが、地面に転がるソレに……四人の遺体の傍らへしゃがみ込む。

 トゥリオの言葉通りに争った跡は無い。しかしそぐわぬ血痕と、首に掛けられた縄が、固く繋がれた手がフランを困惑させる。


「自殺、心中だろうな」


「なぜ……こんな所で……」


 混乱が表に出始め震えだしたフランの手に、トゥリオが拾い上げた何かを乗せる。それは彼女にとって見覚えと共に馴染のある物だった。


「【禁解】の徽章……もしかして……」


「お前が言われた魔術師の一行だろう」


「私達と同じルートを通ってると言う事は、この方達も楽園を目指していたのでしょうか?」


 徽章が零れてしまうのではと言う程に尚も震えるフランの掌へ、そっとトゥリオが平手を重ねる。


「見るのは初めて……じゃねぇよな?」


「えぇ。ですが――」


 自分達も“こうなって”いたかも知れない。そんな思いと可能性、同じ道を歩んでいた者の果てた姿がフランの手を揺らしていた。


「ったく、そんな事考えてたのかよ?」


「ほんの少しですがね」


「まず在り得ねぇ……セシィはともかく、俺が必ず止めてだろうからな」


「……優しいですからね」


 照れ隠しか、心の底からか、トゥリオは大きく溜息を一つ吐くと自身が背負う過去の断片を呟いた。人の命を踏み台に生き(ながら)えた自分に、自らの死にざまを選ぶ権利など無いと。


「絶対……絶対にあっちゃならないんだ。それが戦場に身を置いてた者の宿命だ」


 言葉を返せずにいたフランへの助け舟かの様にセシィの呼び声が響いた。


「すまねぇな湿っぽくなって……天気が悪いと気分が落ち込んでしょうがねぇ。行こうぜフラン」


「はい――では安らかにお眠り下さい」


 二人、弔意を送りセシィの元へ。惜しそうに渡されたカップの冷えたお茶をグイと飲み干し、幾度目かの出発を迎えて直ぐの事だった。

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