第二話 強襲、そして新たな出会い ③
「よしっ、じゃあ行くとするか!」
トゥリオは構えた剣、刃をゆっくりとなぞり、放つ。
「炎鎧、戎器ニ纏エ」
真っ赤な炎が剣身を包み込む。
「魔術が使える剣士とは……頼もしいですね」
「簡単な魔術だけだがな。所で嬢ちゃん、剣士と一緒に戦った事は?」
「無いも同然です……」
「そうか、じゃあ先ずは様子見と行こうか!嬢ちゃん取敢えず、打ち損じた奴は頼むぜ!」
自信に満ちた瞳をフランへ向けると、トゥリオは燃え上がる剣を掲げ一直線に壊触の集団へと駆ける。それに呼応をするかの様に壊触も、まるで荒れた波の如く押し寄せ――相対。
夜闇の中を躍る炎の赤光は、押し寄せる狂者を休むこと無く切り伏せる。
「嬢ちゃん!すまねぇ、二体抜けちまった!」
「問題ありません、任せてください」
脇目を振ること無く真っすぐとフランへ向かって来る二体。フランの構えた大杖が光を放つ。
「鋭光ヨ穿テ」
刹那――
放たれた閃光は瞬時に狂者を穿ち、その身体を塵へと変える。しかし、それは無数の内の“たった二体”
「剣士さん!白兵戦ではキリがありません。一掃します、離れてください」
「オウ!そいつは助かる」
返答と同時にトゥリオは離脱を済ませている。まるで思考を先読みしたかの様な、素早い行動に関心しながらフランは更なる一手を構える。
「少々派手に行きますよ――炎嵐荒ベ」
木が、草花が揺れる。巻き起こる風はやがて灼熱を帯び、炎の渦となり幾多の壊触を飲み込む。
だがそれでも尚、歩みを止める事の無い狂者がフランへ迫る。
「師匠!よけてね!」
「へ?」
壁上から響くセシィの声。そして同時にフランが感じ取ったのは、魔力が結合した際に生じる魔粒子の揺らぎ。
(まさか……)
迫り来る壊触を牽制しつつ、身を屈めたその瞬間――
頭上を過ぎ去る数多の氷塊。鋭く重い清澄な砲弾は寸分違わず、そして一体たりとも残さず壊触達を粉砕する。
「魔術砲台ですか……凄まじいですね」
流し込まれた魔力によって特定の魔術を発動する発動刻印。行使による反動で自身を破壊しない為にも、威力の制御を行う魔術師とは違い、刻印の刻まれた鋼鉄の砲台は注がれた魔力を減衰させる事無く魔術として発射する。それは魔術法則上、最高効率の魔術……例え直撃を免れようとも、タダでは済まない。
フランの目の前に広がる景色は、まさに一掃。立ち込める冷気、舞う砂埃を掃い壁を見上げると満面の笑みで手を振るセシィの姿が映る。
「師匠だいじょうぶ?当たってない?」
「えぇ、大丈夫です。なんとか……」
「よかったぁ、師匠が避けたの見えなかったから心配したんだよぉ」
(……?普通、避けたの確認してから撃ちませんか?)
セシィの言葉に少し表情を引き攣らせながら、再度フランは自身の無事を知らせる。その後、周囲の安全とトゥリオの無事を確認……とはいかない様だった。無慈悲な砲撃の餌食となった彼が足をばたつかせて、助けを求めていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「スマン、引っ張ってくれないか?」
フランは直ぐに駆け寄り、トゥリオの足を力一杯引っ張るが一行に抜けない。
「頼む、もう少しだ。もう少しで抜けそうだ」
なぜ言葉を発する事が出来ているのか分からない程に深く埋まっている。どうにも少女一人の力で彼を引っこ抜くのは難題だった。
(仕方ないですね……)
フランは溜息を一つ、徐に杖を構える。
(射出地点を地中……彼が埋まっている辺りに……なるべく威力を弱めて、上方に……)
魔術の基礎である“応用”を利用した救出方法。全身から腕、杖を握る掌から先端に輝く魔拡鉱石を介し、発動地点の設定。神経を研ぎ澄まし――
「――走錨波濤ヨ飲ミ込メ」
地面、地中から吹き出す水の柱……中には一つの人影。次第に水圧は弱まり、ゆっくりと地面へ下ろされたトゥリオは、文句交じりの礼を一言。
「じゃあ二人の所へ戻りますか」
「ちょっと待ってくれ……」
「ん?まだ何か?」
セシィとアモスの元へ戻るのを拒むどころか、トゥリオはフランの手を引き留める。しまいにはその場にしゃがみ込んで、二人との合流を拒む始末。まるで駄々をこねる子供と、その手を引く親が見せる様な微笑ましい光景だが、フランの手を引くのは立派な成人である。
遂に痺れを切らしたフランが、事情を尋ねるとそれは、溜息すら出ない程に些細な理由だった。
「え?それ本気ですか?」
「本気、超本気だよ」
「アモスさんに怒られるからって……被害者が出なかったのですから、こっぴどくと言うのは……」
フォローするフランだが、どうやら彼の懸念点は“それ”ではないらしい。如何せん、今回は規模が大きく、示しが付かないとの事だった。
「なるほど。本来の手続きを踏まずに、領民の越境を許可してしまったから……と?しかし、急を要する事態でしたので、理解もしてくれるのでは?」
「違うの!言っただろ?“今回は”って……これまでに計十八回、損失額は九千ラル……何とか許して貰ってたけど」
(思ったより多いですね)
あまりにずさんな越境管理に思わず笑みが零れてしまうフラン。このまま説得をしても埒が明きそうにないと思ったフランは、彼に可能な限りのフォローを約束すると、やっとの事でその場から立ち上がってくれた。
「初対面の俺に……お嬢さん良い奴だな。名前は?」
「フランチェスカ、フランで構いませんよ。アナタは?」
「トゥリオだ。弁護頼みますよフランさん」
斯くして苦労の末に辿り着いた、セシィとアモスの待つ壁上。トゥリオが拒むのも頷ける程、アモスが眉間に皺を寄せている。だがそんな仏頂面はたちまち緩み、穏やかな表情へ。
「魔術師の二方、此度の協力、恩に着る。僅かばかりだが、これを受け取って欲しい」
深々と頭を下げながら貨幣の詰まった袋がアモスから差し出される。謙遜しながらもフランはそれを受け取り、同じく協力への感謝を述べる。そして穏やかだったアモスへ再び青筋が立ち始める。
「じゃあトゥリオよ、ゆっくり話を聞かせて貰おうか?」
「はいはい……」
まさしく嫌そうな顔を浮かべながら連行されていく。フランはセシィへ少し待っている様にと耳打ちを残し、そんな彼へ続く。
大声の叱責が飛ぶのでは?と抱えていたフランの心配に反して、アモスの紳士的な説教が始まった。