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第十五話 全とは何か ③

 ◇◇◇◇◇◇


 村へ戻りトゥリオと合流を果たした二人は、彼に送られ宿に着くなり気を失うかの様に寝床へ倒れ込んだ。

 そして次の朝日が登ると同時に二人の部屋へとトゥリオが飛び込んで来る。


「衛兵団、魔術協会の到着は待ってられない。俺達で対処するしかなさそうだぜ」


 昨日より村の周囲を徘徊していた魔物、蠍の魔物(フォーピオーネ)が村人へ襲い掛かり始めたと言う。

 セシィは一も二も無く討伐の提案をするが、フランが言葉を発することは無かった。


 だが事態は一刻を争う状況、二人は半ば強制的ながらフランを連れ魔物の元へ急いだ。


「厄介なのは尻尾の毒針だな。例え発射したとしても尾の中には数本有してる筈だから油断するなよ」


「うん、わかった!」


「フラン、お前も大丈夫か?」


 コクリと頷くが彼女は下ろした腰を上げる素振りを一切見せない。挙句、瞳で戦闘への参加意思が無い事を二人へ強く訴える。


「仕方ねぇ……自分の身ぐらいは守ってくれよ。セシィ、行くぜ」


「う、うん」


 虚ろな瞳を背にトゥリオとセシィは魔物へと駆けだし、間を置かずに戦いの火蓋が切られる。

 先手はトゥリオの素早い斬撃と、セシィが放つ一筋の光線。まずまずの効果が為、魔物の生存本能を強く刺激する。


「リオ兄、気を付けて!確かその魔物、火の魔術も使える筈だから!」


 セシィの忠告から一時を空ける事無く、二本の鋏から熱線が飛び出す。

 紙一重で躱し、渾身の力で斬り上げられ制御を失った鋏、放ち続けられる熱線は付近の泉を涸らす。


「あぶねぇ……だが、今のうちだな!」


 隙を確信したトゥリオは刃に炎の鎧を纏わせ、魔物の腹下へ踏み込む。

 堅い外殻に覆われた身体だが、関節などの可動域は生物として活動する以上必須な柔軟性を持つ。その中でも一撃が致命傷に成りうる部分への強力な一突き。


「よしっ、完璧な手応えだ」


 体液を溢しながら数歩よろめく魔物。トゥリオが追撃に踏み込んだ瞬間、上空へ飛び上がる。


「リオ兄、セシィに任せて!光柱立シ、天ヲ貫ケ(エルーチ・レストロ)


 天へと延びる光の柱が外殻をも貫き、矢継ぎ早に唱えた二撃目の氷が身体の大部分を覆う。


「よーし、捕まえたよ!」


 拳を掲げるセシィへ、膝を抱えるフランへトゥリオの蛮声が飛ぶ。防御を促す声が。

 セシィの耳に声は届いている。証として彼女は防御とはいかずとも、尾が放つ毒針の射程外に場所を移している。しかしフランは依然として、その場を離れる素振りも腰を上げる素振りも、杖を手に取る様子すらも見せない。


 そうしている間にも一射目の毒針がフランのローブを翳めた。


「ッチ……セシィ!フランを守れ!」


「で、でも二つの魔術を同時に使うのはまだ、セシィには出来ないよ」


「コッチの拘束を解け。俺がなんとかしておく!」


 言葉を、視線を交わす迄も無くセシィはフランの元へ走り出す。だが無慈悲にも彼女の真横を通り過ぎ、フランを目掛け光る針が一本。


「間に合って!……輝々鏡壁(ドレッキオ・)万物ヲ反射セン(リフレット)!」


 間一髪、放たれた毒針はフランの鼻先を目前に上空へと軌道を変える。

 尚もぶれずに不動を貫くフランを抱えセシィは視線をトゥリオへ。


「上出来だ!オイ蠍野郎、お前の相手はコッチだぜ」


 砂埃を巻き起こし魔物へ突っ込むトゥリオが繰り出すは、余す事無く傷を捉える無数の連撃。辺りは緑の体液に染まる。


「取敢えず完了だな」


「うん。あとは村の人達に報告と、片づけをして終わりだね」


「だな……セシィ、任せても良いか?少し二人にさせて欲しい」


 僅かに戸惑いを見せたセシィだが、直ぐに頷き返すと早々に村へと報告に向かった。


「さてと……」


 フランの手を取り無言のままトゥリオは歩き出した。歩いて歩いて、二人が訪れたのは草原が一望できる丘。

 続いていた沈黙をトゥリオが破る。


「フラン……なぜあの時何もしなかったんだ?回避も防御も……お前ならどうとでも出来た筈だろ?」


 少し間を置いて、風の音で搔き消えてしまいそうな声で返す。

 全とは何かを知ったからだ、と。


 理解に苦しむトゥリオが黙り込み、近づく静寂の足音をフランが遠ざける。


「トゥリオさん、魔術師はどう在るべきだと思いますか?」


「うん?どう在るべきって言ってもなぁ……俺は“魔術師”ではないしな……」


 トゥリオは答えに困りながらも、思い出した様に質問を返す。

 掟――世の理崩す事無かれ、故に禁術行使する事無かれ。この言葉について、フランは何を思うのか。


 フランはまたも黙り込んでしまう。けれど、浮かべる表情は今までの虚無が張り付いた様な物では無く、悩まし気な様相へと変化していた。


「理を崩すから使ってはいけないのか、禁術を使って理を崩してはいけなのか?」


 トゥリオは続ける。自分が思うに魔術を扱う者であれば、後者を重んじるべきだと。


「トゥリオさんは禁術を見た事はありますか?もしくは使った事は?……口振りだけなら禁術を肯定している様に聞こえるので」


「言っただろ?俺は魔術師じゃねぇ……だが戦場では、味方の為に使うのが日常茶飯事だったよ」


 禁術とは言うもの、実際はそれに近い物だと言うが、フランはその言葉に叱責を飛ばす。


「確かに“魔術師”からすればそうかもしれないな。だが戦場と言う弱肉強食の世界ではそうでもしないと生き残れねぇ」


 禁じられた術を当たり前に使用する日常。しかしそれでも自分を含め殆ど、ないし全て者は“理”が何かを分からずに居た、と残しトゥリオは下ろしていた腰を上げる。


「じゃ、暫くしたら戻るから……風邪ひくなよ」

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