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第十五話 全とは何か ②

 足を止めたフランをトゥリオが呼ぶ。

 しかし感じて居た“独特の雰囲気”が再びフランを小屋へと連れ戻す。


「トゥリオさん、先に行ってて良いですよ」


「そうか……アンタ、ソイツに手を出すのは止しておけよ?」


「大丈夫。少し話をするだけさ――君、楽園を目指しているのだろう?」


 扉が閉まると同時の問い掛け。フランが抱いた違和感は、無意識の内に質問をはぐらかす。


「身構えないでほしい……と言うは無理があるかもしれないけどね。僕は君の欲しているモノを持っているよ」


「私が欲する……」


「そう……楽園へ至るに必要なモノ……モノと言うのは少し語弊があるかもしれないけどね」


 フランはゴクリと息を飲み呟く。

 “全とは何か?”


 狩人の男がゆっくりと口を開き、語り始めるはーー数十年前の紛うことなき事実。


 とある農村は害獣の被害に頭を悩ませていた。作物は荒らされ、家畜は襲われ、村の存続すらも危ぶまれていた時、一人の魔術師が訪れる。

 困り果てた村人達を目にするなり魔術師は「何か出来る事はないか?」そう尋ねた。彼等は詰まりながらも一つの案を提示した。


 魔術師は躊躇いを見せたが、自らが考える全の為に提案を飲み、術を行使した。

 そう――禁じられた魔術を。


 村人達は大いに喜んだ。かつてこの地に名を馳せた英雄的存在である伝説の狩人……冥界からの帰還を。


 黄泉より戻りし彼に村人達は請う。忌々しき害なす獣共を駆逐してくれ、と。

 狩人は願いを聞き入れ、ひと月と待たせる事無く、村に害なす獣の全てを葬り去った。


 村は歓喜に包まれる。害獣に怯える日が、不作に怯える日が、もう訪れない事に。


「だけど、それは束の間でしか……いや、束の間ですらなかったんだ」


 フランの目に追われながら徐に立ち上がった狩人は、ホコリの積もった戸棚から小瓶を手に取る。暫し眺めた後、小瓶はフランの掌に渡る。


「虫……ですか?」


「そう虫だよ。死食虫(しくいむし)と言ってね、死体を食らい、糞で地を肥やすと言う不思議なヤツだ」


「昔話と何か関係が?」


「こんな小さな虫が、ね――そろそろ、お話の佳境に入ろうか」


 狩人は再び語り始めた。

 村の周りから害獣が淘汰され、初めて訪れた春の事。


 待てども待てども若葉は芽吹かず、果実は実らず、減った家畜はまだ子を成さず。人は、村は次第に痩せ細ってしまう。

 憔悴しきった彼らは、ひとたび窮地から救ってくれた魔術師を再び頼る。


 だが現実は悲しい物だった。魔術師は打開する術を見い出せず、大勢に僅かばかりの食事を与える事しか出来なかった。それでも魔術師は彼らを、全を生かす為に思索を巡らせた。

 末に辿り着いたのは一人の人物。古くからこの地に住み、守り、名を馳せた者。


 彼は……狩人は全てを知っていた。だからこそ狩人は言った。

 獣こそ虫の糧、飼われた命も虫の糧、虫こそ土の糧、故に一つ崩せば招くは理の崩壊。されど求むは虫の残存。


 魔術師は土を返し、残るものには禁術を、絶えたものには禁術を、日が沈もうとも夜が明けようとも。

 やがて訪れた二度目の春。地には芽吹き、茎には実る豊穣の地ーー狩人は魔術師に問う。


「――全とは何か?」


 フランの背に、額に冷たい汗がつたう。


「一には滅び。一には望まぬ永遠の命……果たしてコレは全の為と言えるかな?他の命を踏み(にじ)り、()える人間は全と言えるかな?」


 フランの口から漏れ続ける荒い吐息。狩人は更に続ける。

 彼にも……エリゼオにも同じ事を尋ねた、と。


「エリゼオは何と答えたと思う?」


 荒く激しい息遣いのみを返すフランに、狩人が放つ寸前、賑やかな声と共に扉が開かれる。


「フラン、戻ったぜ――」


 トゥリオの眼光が狩人を突き刺す。エリゼオの肩を支えていた腕は、瞬きの間すら無く柄へと伸びる。


「忠告、したはずだよなぁ?……フランに何をした?」


 泰然自若を貫き狩人は返す。ただ彼女が望むモノ与えただけである事実を。


「フランどうなんだ?」


 やはり返答は弾む吐息のみ。

 ギラリと光る瞳が、刃が狩人を写し一呼吸、切っ先が顕に――


「トゥリオさん!……剣を納めて下さい……彼は何も……」


 声を絞り出したフランは腰を上げ、小屋を飛び出し、唯歩いた。宛もなく、何を求めるでもなくただひたすらに。

 動かし続けた足が疲労に応える頃、辺りは夜闇に染まっていた。


 見渡す先には何も無く、見上げる先にも何も無く、彼女に捉える事が出来るのは一つの人影のみ。


「師匠……帰ろう?」


「セシィ……一人ですか?」


「うん。村の近くに魔物が出たの……皆が怪我しないようにリオ兄が見回りをしてる……だから師匠も……」


 駆け寄り、フランの手を握るセシィ。しかし、フランの足が動く事無く――瑠璃色の瞳から滴がこぼれ落ちる。


「……セシィ……そうですね……戻りましょうか」

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