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第十五話 全とは何か ①

 皇帝の都レンディールより北へ二十キロ。シェマルチ草原は南西部――

〈アスク村〉


「いやぁ素朴な味付け、欠けた食器に雑な盛り付け。こんなメシがやっぱり一番うめぇな」


「否めませんね」


「もう、二人の舌は子供なんだからぁ!あの芳醇な香りと余韻の残る……」


「セシィ、好物は?」


「半熟オムレツとハンバーグ!あと果物のジュースも!」


「舌が子供なのは誰なんだか……って、そんな事はどうでも良いんだよ!」


 真剣な表情に持ち直したトゥリオはフランへ尋ねる。フラフラとやって来てしまったこの村に次ぐ目的地を。


「人を軽佻浮薄みたいに言わないで下さいよ。しっかり北に向かってるじゃないですか」


「そうじゃなくてだな……例えば何領のどこ、とか無いのか?」


「それなら〈レマーレ港〉ですね」


 地図を広げ、師匠の生まれ故郷である港町を示した途端にトゥリオの顔から生気が失せていく。


「最北端じゃねぇか……まぁいいや。だったら本格的な寒期を迎える前に着きたい所だな」


「じゃあ、消耗品だけ買い揃えたら出発だね!」


「そうですね」


 一行は向けられていた少々不満げな視線など、気にも留めずに会計を済ませ市場へと繰り出す。各々の持ち物を確認。所持金に心配は要らないが、必需品の調達には手分けが要りそうだ。


「一通り揃ったら、またココに集合って事でな」


「セシィ迷子にならないで下さいね」


 自信たっぷりに親指を立てたセシィと別れ、フランは市場外れの商店へ。

 薬類の調達を済ませ、運よく隣に構えていた宿を予約、集合場所へと戻る。珍しくさぼらずに手早く買い物を終えていたトゥリオと、とりとめのない話を少々。セシィも戻って来たが、隣には見慣れない少女が一人。


「その子は?」


「探し物があるんだって。一緒に手伝ってあげない?」


 言葉は無くとも、意見は勿論二つに分かれる。しかし今回は……いや今回も多数決により答えは決まる。


「良いですよ。何を探してるんですか?」


 少女は身振り手振りにで一生懸命“探し物”について説明。どうやら、ある生物の美しい角を素材に装飾品を作りたいらしいが、角はおろかそれを持つ角獣の姿すら見つからないそうだ。


「その角ってのは、誰かに教えて貰ったとかか?」


「ううん。おじいちゃんの本棚で見つけた図鑑に描いてあったんだ」


 少女は小脇に抱えていた、分厚い本を開いて見せる。


「コレを探してるんですか?」


 掲げられた見開きの頁には、美しい模様の巻角を持つ角獣が毛並みの一本まで丁寧に描かれている。当然、空欄には生息地や好物等、生態も余す事無く記されている。


「主な生息地はシェマルチ草原、食性は雑食で農作物や家畜を糧とする事も、ねぇ」


「見つかるかなぁ?」


「セシィ達に任せて!皆で探せばきっと見つかるから!よぉし出発!」


 一行は空漠たる草原へと出で立った。


「ったく誰に似たんだかな?」


「そうですね。こんな近くに悪いお手本が居るのに、嬉しい限りですよ」


「おっ、喧嘩か?」


「良いですね、負け戦と分かっていながら挑む度胸は認めますよ」


「大層な自信だな?」


 下らない会話を繰り広げている間にもセシィと少女は、はしゃぎながら草原を駆けまわっている。無論、角獣を探し。

 捜索を始めて一時間程経過しただろうか。セシィの喜声が響き渡る。


「見つかりましたか?」


「うーん、やっぱり違ったかも」


 しゃがみ込むセシィの目の前には獣の足跡。図鑑と照らし合わせてみるが、彼女の言葉通り若干の違いが見える。


「まだまだ時間はあるからね!さっ、二人もさぼってないで一緒に探そ?」


 更に一時間、二時間と経過。あれ以来、姿どころか痕跡の一個も見つからなくなってしまい、そろそろ楽観が許されなくなりそうな時、少女が一人の人物の噂を漏らす。


「伝説の狩人ですか?」


「うん。その人なら見つけてくれるかも」


「で、その狩人はどこに住んでるんだ?」


「村の外れにある小屋だったかな?」


 四人は迷う事無く“伝説”と語られる狩人の元へと走り出す。

 外れ、とは言いつつも、目と鼻の先にある物寂(ものさび)れた丸太小屋。呼び出しに応じたのは、血色が非常に悪いウェーブ髪の男。


 俗世から遊離した独特の雰囲気で引き攣った口角を誤魔化しながらフランが角獣について尋ねる。


「残念だけどその獣なら既に絶滅してしまったよ。でも――」


 不幸中の幸いか、彼の戦利品の中に角があると言う。


「頂けたりしませんか?」


「僕は構わないけどね。一応、彼にも確認しないと……エリゼオ、お客さんだ。出て来れるかい?」


 男に呼ばれて姿を現したのは、禿げ散らかった頭のお世辞にも爽やかとは言い難い中年男性。警戒心を抱かずにはいられない見た目、しかし発せられた弱々しい声で、それは払拭される。


「客人なんて珍しいね。どうしたんだい?」


「エリゼオ、この子達パルツィンストの角が欲しいみたいなんだ」


「構わないよ。案内してあげよう」


 飛び跳ねて喜びを全身で表すセシィと少女。当然フランとトゥリオも喜びを見せるがそれよりも心配が勝っていた。


「アンタ大丈夫なのか?そんなんで外歩けるのかよ?」


「場所を教えていただければ……」


「大丈夫だよ。それに……なぁ、狩人?」


 男はゆっくりと頷きながらエリゼオに帽子を被せ杖を持たせる。


「じゃあ行こうか」


 覚束ない足取りが不安を強めるが、何はともあれ目的の達成は間近。エリゼオに添い小屋を後に――


「銀髪の嬢ちゃん……少し良いかい?」

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