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第十四話 謁見 ④ 

「そうか。行方知れず、か」


「はい、もう三年も前になります……あの、何か心当たりは!」


 フランは落胆する。

 行く先はおろか、目星の欠片すら、育ての親が思い当たらないと言う事実は彼女の心を深く抉り取る。


「昔っから自由な奴でのう。その内どこかからフラッと姿を現すかも知れんな」


 俯くフランの頭を柔く撫でる皇帝の顔には少しばかりの影が掛かる。


「何か分かったらワシもお主に伝えよう。侘びた話になってしまったが希望を捨てるで無いぞ」


 わざとらしい笑顔が、狭い歩幅が彼の心情を表へ映す。去り行くその背を見つめるフランもまた深刻が浮かぶ。

 粛然へと立ち戻った部屋の中、大きな溜息と共にトゥリオが食器へ手を伸ばす。


「――っむぐ……何するんですかトゥリオさん!」


 口に詰め込まれた軟肉を飲み、青筋を立てる。


「いつまでもシケたツラしてんじゃねぇよ。前進はしてないかも知れねぇが、後ろに下がった訳でも無いだろ?」


「……トゥリオさんらしいですね」


「おうよ!それに皇帝陛下が“ああ”言ってくれたんだ。何時になるかは分からんが何かしらの手掛かりは手に入るだろうからな」


 瞳の輝きを取り戻したフランは並ぶ、かぐわしい香りの元へ手を伸ばし夢中で頬張る。食材が織りなす、余す事の無い五味が身体の全てに遍満する頃、静粛を成していた紳士淑女たちが腰を上げる。(みな)、一様に重ね、祝福し再会を誓う。


「私達も行きましょうか?」


「だな」


「うん!」


 席を立つと同時にフランへ呼び声が掛かる。


「フランチェスカさん、少し別室で……」


 手を引かれるままに餐室を後にしたフランは、変哲も無い応接間の隅へ。

 聞かれまいと耳打ち声で発せられたスクルトの言葉に彼女は凝然とする事しか出来なかった。


「聞く覚悟はありますか?」


「なぜそれを……私に……今まで」


「未熟での挑戦を望まず、されど再会を望んでいるから……アナタの師匠、パレンバーグは今でも」


 フランは食い気味に答える。


 覚悟は出来ていると。


 澱みのない眼はスクルトの肩を下げていた全てを取り去る。


「分かりました。ですがこの身は魔術協会会長の身……私の言葉を解し、答えを導きだしてくれると信じています」


 フランの手はいつしか自然と自身の胸へと伸びていた。心臓はその手を揺らす程に雄々しく吼えている。スクルトの声は鼓動に掻き消されてしまうのではないかと思わせる囁きだった


整流器(オルガニザリア)。伝承、おとぎ話の中で、乱れたマナを正すと言われるアレですか?」


「そう。それは言い伝えでもおとぎ話でも無く実際に存在し、この世のマナを正しています」


 “それ”に寿命が近づいている。彼女はそう明かし、続ける。

 それが果てる時を待つ地で、パレンバーグはフランを……役目を()めるその時まで只待ち続けていると。


「今解けずとも、いずれは秘めた答えを貴女なら見いだせるでしょう」


 友と覚悟が貴女を導くだろう。スクルトから最後に飛び出した言葉は抉れていたフランの胸を癒し、だけに留まらず更に頑強な物へ。


「口が過ぎたかもしれませんね」


 自嘲交じりに去り、寂しさが立ち込めた部屋、喜色を浮かべたフランの足は友の元へ。

 そこに二人の姿は無く、あるのは綺麗さっぱりに片づけられ閑散とした光景のみ。一人見渡し、心細さを覚える寸前に美声が届く。


「お二人は別室にお待ちですよ」


 エスコート先は絢爛豪華の呼びが相応しい一室。中からは賑やかかつ聞き捨てならない会話が。


「なっ?良いだろ?ほら、剣も振られなくてはその身を(こぼ)すって言うだろ?」


「いや知らんのう……と言うか普通に考えてダメじゃろう?」


「なぁんでだよ?良いじゃねぇか、堅い事言わないでくれよ陛下ぁー」


「え?うんだって代々伝わる宝剣じゃよ?ダメに決まっとるじゃろう……まぁ、強いて言うのならなぁ」


 皇帝はフランを指差し、ニッコリと目を細める。


「旅隊の主が、こわーい顔で睨んでおるからじゃな!」


 笑みを合図にドスドスとトゥリオへ迫ったフランは彼の腕を掴み後ろ手へ。冷気の様に申し立てる。


「陛下、畏れながら進言致します。コチラの不埒無礼者へ不敬罪の適用と添った刑罰を下すよう、お願い申し上げます」


 彼女が深々と垂れた頭を上げると皇帝は喉を開き、腹を抱える。


「お主ら気に入ったぞ!」


「って事は!」


「トゥリオさんは黙ってて下さい!」


「良い良い!楽しい者共よ、今夜は飲み語り明かさんか?――と言いたい所じゃが、どうもお嬢さん方は瞼が重たそうじゃの?」


 少々残念そうながら掌を打ち鳴らすと、何処からともなく四人の侍女が。抱えられたフランとセシィは抗う間も無く、極上の寝床へ。そして柔らかで優雅な寝間着へと召し替え。

 怒涛の一日に幕を下ろし――至極の朝を迎える。


 早々に朝食と身支度を済ませたフランとセシィは侍女達と共に、酒気の漂う扉前へ。開けた先には賊の襲撃を疑わせる様な惨状。


「あの……何かウチの者がすみません……」


「いえ、陛下の悪い癖でもあるが故、馴れっこですよ」


「セシィ達も片付け手伝うね!」


 手始めに浮腫んだ顔へ平手を数発。一旦二人を廊下へ投げ捨て、黙々と片付け、絢爛豪華の復元を迎える頃、半開きの瞼を擦りながらトゥリオが二人の前に。

 準備は万端の様だ。


「おはようございます。申し訳ありません。いつでも出発出来ます……」


「では陛下に挨拶だけ済ませて出発ですね」


「それなんだがな、伝言を預かって来たぜ。宿酔で立てないらしくてな」


 見送れない事への謝罪、道中の安全祈願、それから。


「いつでも遊びに来いってさ。二人とも話がしたいらしいぜ」


「セシィ達もしかして気に入られたの?」


「あぁ、大層気に入られたみたいだな!それにもう一つ朗報だ!」


 乾いた瞳に煌きを取り戻したトゥリオ。十二分にもったいぶり、明かしたのは皇帝とのとある約束。


「なっ?朗報だろ?」


「いやいや無理ですよ。ねぇセシィ?」


「うんうん。もうチョットマシな約束したら良かったのに……世界を救うぐらいの活躍って……」


「やって見せるぜ“竜牙の直剣”の為ならな!」


「そのやる気を、もっと早くに見せてくれてたら良かったんですけどね……」


「細かい事は気にしてくれるな!さっ行こうぜ!」


 侍女達へ、宮殿へ別れを告げ三人は再び北への道程を踏み締める。

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