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第十四話 謁見 ③

「フランチェスカさん、はしたないですよ」


「スクルト殿、良いではないですか。年端も行かない()が大陸を統べる者への謁見、かかっていた重圧は計り知れませんよ」


 ロザティが差し伸べた手を取り立ち上がったフラン。乱れたなりを改めようかとしたその時、肉薄な手が伸びる。

 衣服に触れた掌からは蒸気が揺蕩い、立ち所に皺襞が整えられてゆく。


「言ったでしょう?これから皇帝陛下の晩餐会に列席するのですよ」


 女史たるもの、と肩を(すく)める彼女はほんの僅かだが顔皺を深めていた。


「これで良いでしょう。ではロザティ卿、案内は任せます」


 どこか軽やかに響いたヒールの音が遠のき静まり返る頃、ロザティがポツリ呟く。


 相変わらず不器用な方だ、と。


 彼はフランに言葉を発する間も与えず、浮かべた微笑へ人差し指を添える。


「失礼。他言無用でお願いします」


「えぇ、口が裂けても」


 頬笑(ほおえ)を重ね二人は餐室へと向かう。

 見渡す限りの艶麗な絵画や彫刻、それ等はいつしか姿を減らし、竟に扉を前にした時、芳香放つ花弁達もその身を隠し、残すは欄間(らんま)の装飾だけとなっていた。


 馴染み深さすら感じる(さま)を前にフランの両肩は弛緩してゆく。


「入って右手、最奥の席に二人がお待ちです。では私はこれで、また後ほど――」


 ロザティの背を見送り、彼の言葉に沿って目を流せば、白食器を前に延頚挙踵(えんけいきょしゅ)、情調にそぐわぬ二人が。


「二人とも、はしたないですよ」


「――おっ!釈放されたか!」


「人聞きが悪いです」


「ししょう心配してたよぉー」


「先程までそうは見えませんでしたけどね」


 再会を喜ぶセシィとトゥリオ。しかし両眼に捉えるは運ばれる前菜とグラスで波立つ橙色。

 フランの喉に大息と声がこみ上げるが、漏らす事を許さない形相が一つ。向いた蛇の目からは、二度目を言わせるのか?とばかりに射殺す様な光が放たれている。


「セシィ、トゥリオさん……」


 悪魔の如き様相を鼻先で知らせるフラン。

 衣擦れの音色ひとつすら消失した餐室に微笑んだ老婦は祝辞へと舵を切り、()いで乾杯の音頭へ。


 一斉に掲げられるグラス。三人の腕も自ずと倣う。

 室内が奉祝の言葉で致された。


「ホッホッ、盛大じゃ!遠方にも文を出した甲斐があったのう。それじゃあ今宵は無礼講、僻遠の畏友たちよ存分に楽しんでくれ」


 皇帝の言葉を皮切りに衆が押し詰める……筈も無く、それぞれがまたと無い邂逅を粛然と喜び合う。

 時雨が打つような空間、三人も最大限に声を潜めながら食事へ手を伸ばすが、表情はどこか怏々としている。


「味なんてわかったモンじゃねぇな。貴族、貴人達の食事は毎日こんなにしめやかなのか?」


「招致されておいてなんですが……気が休まりませんね」


「そーお?セシィはあんまり気にならないけどなぁ」


 肝の強さに二人が苦笑を零したその時、老人がひとり背後へ。


「楽しんでいるかね?」


 肩へ置かれた手の主へフランが振り返ると、どうも老人は残念そうに眉根を寄せる。


「何じゃ気付いておったのか?」


「主役が席を立てば嫌でも目が追いますよ。それより良いのですか、私達よりよっぽど大事な列席者も居るのでは?」


 老人、元より皇帝は、不服そうに返す。

 これではまるで、通夜か葬式だと。


「貴人貴族の(メシ)はこんなにつまらんモノかのう?」


「陛下、俺も全く同じ事を思ってたぜ」


「じゃろう?ワシらの夕食なんて毎日、城下へ迷惑を掛ける位には賑やかなんじゃがのう」


「毎日パーティーみたいで楽しそうだねっ」


「そういうお嬢さんは、なーんも気にせず楽しんでおる様じゃの?ワシにも斯様に据わった度胸が欲しいわい!」


 豪快に笑いながらセシィの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。


「えへへぇ、やめてよぉ」


 孫娘へ向ける様な瞳に少し照れながら、ひとしきり愛でられた後、セシィは思い出した様に皇帝へ問い掛ける。


「ん?何で招待したか、じゃと?」


「うん。ここに居るのは皆、偉い人達でしょ?そんな所に何でセシィ達も呼ばれたのかなって」


 何かを“匂わせる”かの笑みに思わず固唾を飲む三人。

 放たれた言葉はフランの心臓を貫いた。


「――賢者の弟子だからって……なぜそれを?」


「まぁ、大陸を統べる者の情報網ってヤツじゃな。それにのう――」


 続く言葉は三人の脳へ落雷かの衝撃を与える。


「オイオイマジかよ……フランの師匠を育てたのが皇帝って……頭が追い付かねぇな」


「ウム、想像以上に面白い反応をしてくれるのう。で、どうじゃ?奴は元気にしとるか?」


 打ち明けるには余りにも残酷すぎる真実。しかし偽りが通用しないと本能に告げられたフランは、ありのままを明かす。

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