第十四話 謁見 ②
静まり返った地下、フランとスクルトは連なる鉄格子の末から差し込む陽光を目指し床を軋ませた。ギシギシと踏み鳴らす音だけの空間、スクルトが口を切る
「アナタを否定するつもりはありませんが、なぜあの様な判断を下したのか解せませんね」
彼女は“誤認されれば”自身の身すら危うくなる状況だったのにと、理解に苦しんでいる様子だった。フランはそんな様子に、言葉に違和感を覚えていた。
「誤認とは……」
「言葉の通りですよ。今回は偶然良い方向に転がっただけ、と思っておいた方が良くてよ」
続き、問い掛けを放とうとしたその時、先に見えていた陽光はいつの間にか頭上に射し、目の前には花園が広がっていた
「詳しい事は謁見の際に……ですが、賛美の言葉を呟いていたのは確かです。さぁ、皇帝がお待ちになられています。この庭を抜ければ宮殿は直ぐですよ」
夕日に手をかざしながら庭園を行くフランの心からは一切の靄が消し飛んでいた。
晴れた気分で庭園を過ぎ、宮殿の正面へ。謁見の命が出ているだけに、速やかに玄関を潜り、息つく間も無く煌びやかな大扉へと案内される。
「くれぐれも失礼の無いように」
スクルトの忠告にフランが頷くと扉が開かれる。正面に現れるは紺色のベストを纏った男。整髪料で綺麗に七三で分けられた黒髪は規律の乱れを許さんと物語っている様だ。
男はその容姿からも想像が容易い、一糸乱れぬ美麗な所作で二人を間の中央、高座にかける老翁の元へと連れる。
「フランチェスカ・アーシア、ダフネ・スクルト両名、皇帝陛下勅命の下召喚致しました」
皇帝陛下、そう呼ばれた人物は腰を上げると、低い目尻の優しい瞳を場に居る全員へ向ける。張り詰めた空気の中、フランとスクルト、七三の男以外へ退室の命が下される。
「では――」
近衛や使用人であろう者達が部屋から去った途端、着ていられるかと重苦しそうな深紫のマントを脱ぎ捨て、目元に広めの額に皺を寄せる。
「ホッホッホ、ご苦労ご苦労!ロザティ卿、それに両名、肩の力を抜いてよいぞ!」
抜ける筈も無い。
先の会話を聞いていればそんな事不可能だろう、そう思ったフランは両脇へ目を移すなり飛び込んで来た二人の揺るんだ眉に、気の抜けた声を放つ。同時に目前で座する皇帝、その人物像の一端を知り得た。
「まぁ無理も無いかの?……それならばサッサと済ませるとしようか。ロザティ卿、例の文を読んでお上げなさい」
準備の暇など無いままで、引きも切らずに事が進んでいく。
「では、魔術師フランチェスカ、心して聞くよう――」
ロザティは一枚の文書を片手に謦咳、よく反響する声で読み上げる。
一言一句聞き逃さないと耳を大きく――フランは盛大に吹き出す。
「あら、下品でしてよフランチェスカさん」
しかしスクルトの頬もピクピクと痙攣している。諦めたロザティはフランに引けを取らぬほどだった。
「なんじゃい、そんなに可笑しいかの?」
文書を書いた当人ですらニヤケ面だ。それに留まらず、悪い顔をしながら再度読み上げろとロザティへ命じている。
「分かりました、これで最後ですよ」
ロザティは一度目と変わらない、聞き惚れてしまう声で放つ。
「――んー、無罪!」
「そう無罪!何も可笑しくないじゃろ?」
緊張の“き”のすらなくなったフランはやっとマトモな言葉を取り戻す。尋ねるのは勿論、事の詳細。
全てを鑑みた結果、合理的だと判断したそうだ。
「まぁ、駆け付けた衛兵達がもう少し疑り深い者であれば、話は変わっていたがのう」
「と、言いますと?」
「……誤認と言うやつじゃ」
フランは自身の行いの後の出来事、そしてそのリスクを今更ながらに理解した。
自身の徽章を渡す。即ち格位の詐称は、あの場においてフランが彼の命を救う為、要らぬ疑いをかけられず、直ぐに治療を受けられる様に打ち出した策。あの場で詮索をされず、速やかに治療を受けられたが為、無事に投獄されている訳だが、皇帝の放つ通り“疑り深い”者であれば――
「治療も受けられず、お主も詐称にて即時拘束。ワシの耳に入る事は無かったじゃろうな」
衛兵が職務に対して怠慢を働いて訳では無い。寧ろ直面していた出来事に対して、実直な対応をしていた。目に見える情報を頼りに迅速な対応を。
「だからこそじゃな。仮にあの場で彼が持つ本来の格位が分かっていれば、それはそれで現場の混乱を招いていたじゃろう……彼に対する処罰をどうするか、でのう」
「持っていた徽章が【禁解】だったからこその対応……」
「その通り!故に、それを持たせたお主もまた合理的だと判断した。結果論ってやつじゃな」
改めて皇帝から、ロザティからの称賛が送られる。反面、スクルトは些か眉をしかめ、フランへと忠告。
「言葉の意味分かりましたか?今後は行動の一つ一つに関わるリスクも視野に入れるよう心掛けなさい」
「弁明の余地もありませんね……」
「まぁまぁスクルト殿、もう良いじゃろう、何せこの後は楽しい晩餐会じゃ!沈んだ顔は見たく無いからのう!」
あとは頼んだぞと残し、足を弾ませる皇帝。フランはその背が見えなくなる寸前で、もう一つ残っていたコブを取り去る尋ねる。トゥリオとセシィの行方を。
「素敵なお仲間さんの事じゃな?――晩餐室でお主を待っておるはずじゃ」
全てが解消され愁眉を開いたフランはその場にへたり込む。




