第十四話 謁見 ①
ロザティ領中心部。
〈皇帝の都レンディール〉
抑揚の無い声により到着を告げられた大都市は祝賀気分に包まれていた。都市の各所には花冠の装飾が目を引き、皇族の紋章を誂えた縦幕が揺れている。
「随分賑わってますね」
「お祭りか何かかな?」
賑わいに目を惹かれている二人へ不意にトゥリオが日付を尋ねる。旅の最中、長らく暦に目を通していなかった二人が逡巡ながらも答えると、納得と同時に首を傾げ始める。
「って事はやっぱり“皇帝の生誕祭”か……でもだとするとなぁ」
トゥリオが唸っている隙にとばかりに、衛兵の声が話を遮る。毎々棘のある口調で下されたのは待機命令だった。
移動中の推察故に、受けている対応を訝った三人。兵士の背中が見えなくなったと同時に再び各々が口を開き始める。
「ホントに何で連れて来られたんだろうね?」
「だな。で、さっきの続きなんだけどな、ココの地下に大陸一の牢獄があるのは知ってるか?」
「聞いたことはありますね。それがどうかしたんですか?」
「生誕祭の最中は、ソコに投獄しちゃいけないってのが暗黙の了解なんだ」
トゥリオが言うには、暗黙のルールがあるからこそ、今回ココに連れて来られたのは罪を裁くのが目的では無いのでは?との事であったが、反対にそれより悪い事態も予測できるらしい。
「と言いますと?」
「窃盗や傷害とは別物の重罪は例外なんだよな」
「例えばどんなのがあるの?」
「そうだな……大きな事件に対する虚偽の報告とか……魔術師だと格位の詐称とかだな」
フランがムッとした表情で“あの時”の事か?と不満を漏らせば間髪入れずにトゥリオが彼女の手を握る。
「安心しろ!出来る限りのフォローはしてやるからな。とにかくお前は余計な事を言うんじゃないぞ!」
「ちょっと待ってくださいよ。あの場を収めるにはアレしか……」
「大丈夫だ分かってる。仕方のない事だったよな?セシィも余計な事は言うなよ。知らないふりをするんだ」
「いや、ですから……その……」
憮然を顕にしながら弁明を続けていたフランだったが、ひとたび尤もだと思ってしまった瞬間から鼓動が一気に速度を上げ、遂には黙り込んでしまう。
知ってか知らずか、追い打ちをかける様に靴の音が響いた。
「フランチェスカ・アーシア。着いてくるんだ」
衛兵は静かに放つと冷ややかな眼差しでフランを急かす。白眼に耐えきれず散らした視線には、目を瞑り首を振るトゥリオと瞬きを繰り返すセシィの姿。
「良いかフラン、手筈通りだぞ?」
「師匠、またあとでね……」
今生の別れを思わせる少し潤んだセシィの瞳を背に賑わいの中、フランは先を行く衛兵を追い始めた。
見失わぬよう必死に雑踏を掻き分ける最中、一度たりとも振り返らない彼の素振りに緊張で締め付けられていた胸は段々と解れていき、仄暗い路地裏、格子扉の前で追い付く頃、嫌に高鳴っていた心臓は落ち着きを取り戻していた。
(二人の様子も気になりますが――)
「あの……一体どこへ向かってるんですか?」
気息を整え、遂に問い掛けたフランは返って来た答えによって奈落の淵へと引きずり込まれる。
「えっと、牢獄って……あの格子が付いた?」
「そうだ」
「薄暗くて陰気くさい?」
「そうだ」
言葉を交わすたびに色を失っていくフランの顔に、衛兵の男は緩んだ頬を鉄面の隙間から覗かせていた。
「安心しろ。お前を投獄するつもりは無いからな」
胸を撫で下ろし改めて向かう理由を尋ねると、会わせたい人物が居ると一言。男は再びフランへ背を向けると、扉の先へと歩き出す。
「着いて来い。鼠に尻を噛まれるなよ」
踏み入れるのを躊躇ってしまう位には不気味な通路だが、不安が解消された今、フランにとっては唯の薄暗い通路。決心の必要も無い、と足を進める。
点々と灯る蝋燭の明りを頼りに、這い回る小さき命を蹴とばさぬよう歩んだ先には無数とも思える程に長く続く牢屋の数々。
迷う事無く衛兵が足を止めた格子の前には覚えのある人物が腰を下ろしていた。
「スクルト会長、お連れしました」
「ご苦労様。アナタはもう下がって良いわ」
衛兵は深く頭を下げ足早に踵を返す。
二人の間に生じた微かな沈黙はフランの少し強張った声により破られる。
「謁見と言われ来たのですが……」
「それはこの後よ。聞かなかった?アナタに会わせたい人が居ると」
腰を上げたスクルトは目の前の牢屋に蝋燭を向ける。少々眩し気に隻腕の少年が身を乗り出す。
「エッドレ・パニーニ。覚えているでしょう?」
過去の引き出しを探り出したフラン。隻腕と言う鍵が記憶を呼び起こす。
「ミネラ高地の……」
「そう。本来なら囚人からの要望で呼び出す事は出来ませんが今回は特例として、アナタを招集しました」
「なぜ私を?」
「本人から直接聞くと良いでしょう。……さぁ時間は多く取れません。エッドレ、手早く済ませないさい」
スクルトが放つと、エッドレは懐を漁り出す。探り出した物を握りしめた手を格子の隙間からフランへ伸ばす。
「これは――」
「あの時持たせて頂いた徽章です。これを返し、ずっとお礼がしたくて……」
徽章を受け取ったフランに向かってエッドレは膝を折り、額を地面へと擦り付け深謝を続けた。広く長い牢獄の連なり、その端から端へ響かせる様に。
「……エッドレさん、顔を上げて下さい」
彼の声を聞く中でフランは決めていた。例え厳しくとも、今の姿を否定しようとも、彼が本当にするべき事を伝えると。
「アナタが出来る事、すべき事は私への謝罪ではありません。私への感謝ではありません」
更生を誓い、もう唯の一度たりとも同じ過ちを繰り返さない事だ、と告げるフランの目は刃の様に鋭く、それでいて湿った木床の冷たさを忘れさせる様な温かさを放っていた。
「フランチェスカさん、そろそろ謁見の時間が迫っていますよ」
「分かりました。ではエッドレさん――徽章、ありがとうございます」




