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第十三話 思い出の地 ②

「――ただいまぁ!」


 明かりの灯った立派な家。男が扉を開け放つと、絵に描いた様な金髪の美女と、愛らしい少女が出迎えてくれる。


「アナタ、お帰りなさい」


「父さんおかえり!」


 彼の妻と娘の様だ。フランを警戒している様子どころか、出迎えの言葉の直ぐ後から彼女を気に掛ける素振りをしていた事から、男は元々フランを連れ帰るつもりで家族と話をつけていたのだろう。それにこうも屈託の無い笑顔で迎えられては、断る方が失礼だろうと、フランは深々と頭を下げ、玄関を潜る。

 

「お邪魔します」


 家に入り一息、ふと視界に飛び込んできた光景にフランは目を疑った。

 ごく普通のダイニングテーブルに、これまた普通の夕食、並ぶ食器は四人分。何度か瞬きをし、フランは部屋中を見渡すも、他には誰も居ない。


「あの……」


「腹減ってるだろ?」


「えぇ、まぁ……でも、良いんですか?」


「私達だけ食べて、お腹を空かせたままなんていけないでしょう?」


「お姉ちゃんも早く食べよう!」


 初めての地、任務も好調とは言えず心に出来ていたしこりが剥がれ落ちる。久しく触れて来なかった家族の暖かみで溢れそうになる涙を笑顔で誤魔化し、食卓へと掛け、皆で手を合わせる。

 素朴で懐かしさを感じる優しい味に、何気ない会話に、つい零れてしまいそうになる涙を堪えながらの食事を楽しみ、異郷の地での一日を終え――気づけば日が射していた。


「セシリアさん、フェニチアさん、行ってきますね」


「行ってらっしゃい。ダメならまた明日、夜には戻って来るのよ?」


「フランお姉ちゃんまた後でね!」


 見送られながら向かう先は昨日と同じく、辺りを見渡せる立ち木。輪を広げ感覚を研ぎ澄ます。

 しかし一時間、二時間、何時間経とうとも魔力が揺らぎを見せる事は無く、昼時を過ぎていた。


「警戒されているのか、腹が減っていないのか……それとも別の理由が何かあるのでしょうか?」


 思索を巡らせるフランだが、数分もしない内に脳へ休憩の指示を出す。


「思案に暮れても仕方ありませんね」


 思い立った様に木から飛び降りたフランは足早に引き返し、ある場所へと向かう。


「すみませーん、村長さんいらっしゃいますか?」


 戸を叩き呼びかければ、張りのある声と共に一人の青年が姿を見せる。


「おぉ、アンタ例の魔術師だな?村長に用か?」


「はい、臥していると言うのは伺っているのですが、相談が有りまして」


「分かった入りな」


 青年に案内された先には、至る所に包帯を巻かれた一人の老人の姿があった。その痛々しい見た目を前に、言葉が詰まるフランだったが老人からは驚く程に力強い声が飛んできた。


「ハッハッハ、こんな不気味なナリでスマンのう!熊の魔物(オルマロー)にやられてこの(ザマ)じゃい!片目は潰してやったがの!」


 見た目と声のギャップに押されながらもフランが本題を切り出すと村長の声色が一変する。


「ほう、罠を?」


「村を囲う形で仕掛けようかと考えているので、その許可をと思いまして……」


「構わんがのう……奴は人を食っておる。何が言いたいか分かるか?」


 数分前とは違った圧に気おされながらもフランは一言、承知の上だと返す。すると村長から、依然として緊張感のある声ではあったものの、鼓舞を受けたフランは彼の自宅を後にした。

 かくして、二の矢を継ぐ事が叶ったフランだが、既に日は沈みかけている――勇む気持ちを抑えながら三人の待つ家へと歩き出す。


 そうして帰り着いた彼女が扉を開くと、テーブルの上には空腹を誘う匂いが漂う夕食が、家族を歓迎する様な三つの笑顔が待っていた。フランは入るなり手を、顔を洗い食卓へ急ぐ。


「じゃ、食べよっか?」


 セシリアの一声を合図に、四つの声がこだました。

 身に、心に染み渡る優しい味を噛み締めながら楽しむ食事はあっという間で、ご馳走様と響く声がフランの耳で寂しく残り続ける。


「――フランチェスカちゃん、どうかしたの?さっきからなんだか悲しそうね?」


 フェニチアの声でハッとするフラン。気づけば目の前の食器は片付けられ、遠くでは寝息が立っている。


「あの、すみません……私……」


「良いの、良いの。それより、何かあったの?」


 決して今日の成果に心を抉られていた訳では無い。しかしだからこそ彼女の問い掛けにフランは答えられなかった。いや、本心を打ち明けられなかった。それでもフェニチアは、フランへ二度目の問い掛けをすることは無く、ただ微笑み、静寂の空間を守り、やがて彼女へ身を寄せる。


「アナタに何があったかは分からないけど、今欲しい物は分かるわ」


 フランの身体を両腕が包み込む。

 それは優しく、暖かく、眠気を誘うには十分すぎた。ずっと欲しくて、いつまでも感じて居たい筈なのに――

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