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第十三話 思い出の地 ①

 反論、反抗、逃亡の余地は無かった。元よりその様な事を行う理由すらも無かった三人は、額を嫌な汗が濡らす中、衛兵の用意した馬車へと乗り込んだ。

 ガタガタと揺れる馬車は、プリカトランテを背に街道を辿り始める。詳細など告げられる事も無く進み続ける馬車、痺れを切らしたトゥリオが衛兵へ尋ねる。


 言葉、声の節々に冷たさを感じさせる会話が数度交わされたが、謁見の理由が明かされる事は無かった。それどころか、些か演技めいた冷たさに三人は、より頭を悩ませていた。


「フラン、もしかしてあの時の……」


「あり得なくは無いですが、それなら罪人らしい扱いをされるんじゃないですか?」


 考察が巡るばかりで見当も付かない内に、ロザティ領中心部〈シェマルチ草原〉へと迫っていた。遠目だが既に視界へ映る、皇帝の住まう土地が近づくほど、三人の言い知れぬ緊張は高まるばかりだった。

 しかしその様なことなど露知らぬ様子で馬車は進み続ける中でフランが異変に気付く。


 強張った面持ちを見せながらも、流れゆく景色を眺めていたセシィがいつの間にか足元へ伏せているのだ。何かの視界から逃れる様に。

 フランはそんな彼女への心配が募り、ついに声をかけた所、意外な答えが返って来る。


「恥ずかしい、ですか?」


「うん……だって……こんな所見られたら」


 積み荷の隙間から顔を覗かせるセシィが見つめる先には小さな集落。それを目にフランは彼女の言葉の意味を悟り、クスリと微笑みを見せる。


「どういうことだ?知り合いが居る訳でも無いだろうに」


 首をかしげるトゥリオへフランが明かす――集落がセシィの故郷である事を。


 ◇◇◇◇◇◇


 二一六二年。グランオリバ、大陸魔術協会グリマーニ支部。


「ではシェマルチ草原北部、熊の魔物(オルマロー)討伐任務、健闘と無事を祈っていますよ」


「はい。じゃあリディアさん行ってきますね」


 フランの下からパレンバーグが姿を晦ましてから早一年。単独での行動に慣れて来た彼女は、遠方での任務を始めて受託していた。

 初回とは言うものの、内容自体は普段と大した違いは無い簡単な物――適度に力の抜けた足取りで翼獣の背へ飛び乗る。


「行きますか。では頼みますよ?」


 フランの声ヘ返答する様に翼獣は声を上げると勢いよく大空へ飛び上がる。高く高く、そして真っすぐに。あっという間に都市が豆粒ほどに小さくなってしまう。

 それから休憩を何度か挟みつつ一日と半分で、広大な草原地帯の小さな村へ辿り着いたフランは早速聞き込みを始めた。


「――分かりました。では、よく目撃されるのはこの辺りと言う事ですね?」


 思いのほか事態は深刻な様だ。多くの怪我人に加え、既に三人の命が犠牲になっていると言う。それもあってなのか、村全体にはどこか陰鬱な雰囲気が漂っていた。


「もう少し早く協会へ依頼するべきだったのでしょうが……」


「そうですね、早い対処が望ましかったのですが……一先ず仕事に取り掛かりますね」


 フランは村人へ一言礼を済ませ、出没の頻度が高いと聞いた村の東部、その外れへと向かう。とは言っても、相手にするのは野生。コチラが呼びかけて顔を見せてくれる訳も無いので彼女は“網”張るべく、一際高い立ち木へと登る。

 

波紋観測シ、(クレバトゥーレ・)触セバ振セヨ(ビブラツィオ)


 フランを中心に円状の魔力が広がる。広がり続けた輪が村の端を包んだ頃、動きを止め破線の円へと変化する。

 一片同士の間隔は熊の魔物(オルマロー)が通れば、ちょうど二つに触れる程度。


(間隔はこんなモノで良いでしょう)


 円が動きを止め、彼女が次に取る行動は――そう、ひたすら待つことだ。

 目を瞑り広げた魔力へ感覚を研ぎ澄ませる。二つの片が同時に揺らげば、それが合図となる。その時が来るまで、息を殺し、気配を殺しひたすら待ち続ける。

 風が吹き、鳥が鳴き、やがて空気は冷たく、終には空が赤く染まり月が顔を見せる。


(今日はこれ位にしておきましょうか)


 フランが再び目を開ける頃、辺りは宵に染まっていた。

 標的が魔物一匹とは言え、見知らぬ地域の暗闇。一刻を争う状況とあっても、自身が倒れては元も子もないと、村へ踵を返す。


 歩き始めて間も無く、極限の集中状態で疲れ切っていた身体に再度緊張が走る。目の前で揺らぐ灯り、ゆっくりと近づく足音、杖を握る手に力が入る。


(盗賊?魔物や動物ではありませんね)


 サクサクと草を踏み倒しながら迫るソレへの緊張が最上に達した時、主の姿が明らかになる。それと同時にフランの腕からは一切の力が抜けきっていた。


「やぁ、俺はアウグストだ。君、依頼で来てくれた魔術師だろ?戻らないから心配でね。驚かしてしまったかな?」


「いえ……ただ言いにくいのですが……」


 松明に照らされる優しそうな中年の男は、笑顔でフランの言葉を遮り、続けた。

 それならばウチに泊まって明日また探せば良いと。


「そんな、悪いですよ」


「でも寝る所無いだろ?こんな小さな村だから宿も無いしな!」


 その後暫く、配慮と遠慮の攻防が続いた後、最終的に男が懇願する形でフランは彼の自宅へと向かう事になった。

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