第十二話 トレジャーハント ③
質問に返って来たのは、この都市の細部が記されている一枚の地図だった。パッと目を通したところ、都市の南部に印がつけられている。どうやらここが件の洞窟の様だ。
「俺から話をしておいてなんだが、さっきも言った通り帰って来ないヤツも多い。嬢ちゃん達は見た所、手練れの様だが気を付けるんだぞ」
「はぁーい!それじゃ行こっか!」
心配などまるで気に留めていないかの振る舞いに、少々不安を顕にしている店主へ背を向け三人は都市の南へと向かう。
貰った地図のお陰で一行は苦も無く洞窟へと辿り着いたが、ここまでの道程すらも複雑に改修されていた。道中風に乗って来た話ではどうやら、遭難者が頻発した為に、都市が費用を注ぎ込み秘匿しようと試みたとの事らしい。
「ここまで辿り着けなければ挑戦する資格無しって事だな。まぁ捜索を、と考えれば尤もだな」
「それだけ危険だって事でしょうね。さぁ気を引き締めて行きましょうか!」
中へ入ればそこは案外、何の変哲も無い唯の洞窟だったが、進み始めて間も無く異変が訪れる。
「セシィ、何かありましたか?」
「ん?何かって……通路があるけど……」
まん丸になった三人の瞳が一点に集まる。
それもそのはず、セシィの言う通路とやらは、二人の視界に映っていない。そう既に三人の内の誰かか、はたまた全員かが“化かされて”いる。
「なるほどな。これが例のヤツだな」
「その様ですね……ほんの僅かですが魔力も感じますね」
「って事は、魔術を応用した幻術ってことかな?」
至った答えにフランは些か肩を落としていた。まだ見ぬ地から、まだ見ぬ技術が、と期待をしていただけに既存の魔術を少し応用しただけのモノと分かり、小さく溜息を吐きながら、一先ずセシィの言う通路へ強制解除を行う魔術を放つ。
ある筈の壁か、ある筈の通路か、魔力の粒が弾けた瞬間、セシィの反応を見たフランの瞳が輝きだす。
「まだ通路見えてるよ?」
「壁も変わらずだな……」
「これは!唯の応用ではありませんね!となると――」
呪文の様な考察が早口で止まらず詠唱され始める。
「フラン、壁が触れるなら事はセシィが幻覚を見てるんじゃないのか?」
「それもあり得ますが、防御壁を作れるように、景色に溶け込んだ壁を作る事も可能です。セシィ、通路の先に行って来てもらえませんか?」
「了解です師匠!」
「ホントに行くのかよ!?」
恐る恐る足を動かし始めたセシィ、二人の目に映る世界では既に岩の壁は目の前。ゴクリと息を飲んだその時――
「いったぁー……」
「大丈夫ですか……私が言うのも何ですが……」
「だいじょうぶ。これはセシィが幻覚を見てるって事だよね?」
誰が化かされているのかは分かったが、問題はどの様な方法で、どの様な術が使用されているのか……。それが分からなければこの先を進む事は不可能に近い。
再びフランの呪文が始まる。
暫く続く独り言にセシィとトゥリオが不気味さを感じ始めた頃、フランが声を上げる。
「何だよいきなり!」
「分かりました。分かりましたよぉ!」
「お前大丈夫か?」
今までにない興奮具合を目の当たりにし、心の底から出たトゥリオの言葉など聞きもせずフランの解説が始まった。
要となるのは光の屈折と瞳の中らしい。しかしその方法は到底、人間技とは言えない高度な技術を要するそうだ。
「――角膜と水晶体って、あの目の中にあるヤツだよな?」
「そうです!そこでの光の屈折がなんやらで、目が見える訳ですが、その屈折を捻じ曲げて全く違う景色を見せているんですよ!」
「んん?どういう事?」
フラン自身ですら処理の最中な為、二人が理解するには相当な時間が掛かりそうだ。故にフランは実践あるのみ、とセシィへ一声、魔術を放つ。
「浄闇散リテ禊祓」
放たれた漆黒の粒達はセシィの顔を包み込み、視界改変の元凶である魔力と同化を始める。粒の持っていた光が徐々に失われ、辺りへ散り去った頃、セシィがつぶらな瞳を見開く。
「壁がある……」
セシィの言葉にフランは誇らしげな表情を見せながら、他に何か体への異常が無いかを確認し、無事な事が分かると、その場で豪快にガッツポーズをキメて見せる。
「こうして未知の魔術を自分の手で調べ、打ち破る経験を出来る日が来るとは!」
それから冷めやらぬ興奮状態のまま幾らか進み、いつもの落ち着きを取り戻したフランへ二人はなぜ、術の仕組みが分かったのかを尋ねてみていた。
しかし彼女自身も、事細かに術の構成が読み解けていた訳では無かった様だ。
「――じゃあ師匠は、まだあの魔術がどうやって使われたか分からないの?」
「悔しいですが……でも解除するだけなら魔力やマナを取り去れば良いだけですからね。――あっ」
ほぅほぅと納得した様子のセシィ、眉を寄せさっぱりだ、と難儀な面持ちのトゥリオ、二人は同時に足元を阻まれ地面へダイブ。
「もう!師匠、何かあるなら言ってよぉ」
「ってぇ……そうだぞフラン。鼻でもひん曲がったらどうすんだ?」
口々に不満を漏らす二人を介抱しつつも、フランは込み上げて来る笑いを抑えきれずにいた。一切の謝意を見せない彼女へ更に口を尖らせる二人にフランは皮肉っぽい笑みを見せる。
「残念ですがドジを直す魔術はまだないんですよ。ほら浄闇散リテ禊祓」
術を掛けられた二人は唖然とする。それもそのはず、先程まであった筈の、足を絡め取った大岩、その姿が未だに目の前に転がっているのだから。
「お前の師匠、今弟子の事をドジって言ったぞ?」
「違うよリオ兄の事でしょ?」
「さぁドジっ子、サッサと行きますよ!」
ツカツカと歩き出すフランだが、暫く二人は彼女について行こうとしなかった。彼女の言葉に怒っている訳では無い、しかし互いに認めたく無いが為に、互いを試す不毛な争いを繰り広げていた。
時間にして数分、ふと先へ視線を伸ばした時、フランの姿が無くなっていた事で一時休戦、暗がりの中を走り出して行った。
それからと言うもの、静かな洞窟内に賑やかな声を響かせながら進み続けた三人。魔術の解き方も分かった事で大きな障害も無く、どんどん深部へ、そして遂に目的の地へ。
目の前には深い底が見えそうな程に澄んだ地底湖。その中心にはひっそりと小さな殿舎が建っている。
どうぞおいで下さいと備えられた飛び石を辿り、殿舎へと歩み寄る一行の目に留まるのは、動物の角で誂えられた飾り台と、それに鎮座する湾曲した剣。ゆっくりと手を伸ばしたトゥリオが、一つ息を飲み鞘から引き抜き、姿を現すのは鏡すら見劣りしてしまう程の輝きを放つ刃。
「おぉ……見てみろよコレ」
刃には澄み渡る水面、灯りに照らされ鮮明となった洞窟の全容が写る。幻想的な景色と、宝物を彷彿とさせる美しい曲刀に目も心も奪われた三人は、呼吸の音だけを響かせながらソレに酔いしれていた。
永遠に留めておきたい、そんな景色に奪われた瞳と心――落ちた雫の一粒が三人を此方へ引き戻す。
「はぁ……行きますか?」
「そうだね。リオ兄、そろそろ帰ろうか」
二人と目を合わせたトゥリオは刃を鞘へ収め、徐に飾り台へと置き直す。
「持って帰らないんですか?」
「あぁ、コイツはここにあるべきだ。それに持って帰った所で、コレを血で汚す気にはなれないしな」
「そっか。じゃあ帰ろうか!」
苦労の末、一行は只管に美しい景色を土産に復路を辿る。その道に難は無く、幻想が魅せた微酔いが覚めぬ内に太陽の元へ、そして顛末を伝えるべく、鍛冶屋の元へ。
だが、どうやらそれは叶わないらしい。
数時間前まで閑古鳥が鳴いていた鍛冶屋の周りを、衛兵たちが取り囲んでいる。隙間から店内を覗くに、変わった様子は無い。
「――何かあったのか?」
トゥリオの言葉に顔を見合わせた衛兵達。その後、握られた紙と三人へ交互に視線を向け、頷き合う。
「フランチェスカ、セシリア、トゥリオで合ってるな?」
三人は疑問を抱きながらも肯定的な返事をしたと同時に、一際威圧感を放っていた一人が冷たく告げた。
「皇帝へ、謁見の命が下っている。拒否権は無い、着いて来て貰おうか」




