第九話 贋作と大商会 ①
魔術都市レグミストを出発し、北西に約三日間程――
領を隔てそそり立つ山々、麓には幾つかの集落群や交易の場。街道を往く人々が背負う嚢、辺りに巡る簡素なレールを走る貨車はどれも溢れんばかりの鉱物が詰め込まれている。
「――あれがリソルディ鉱山ですか?」
「そうだな、そしてその奥に聳えるのがベリトーソ連峰、左手に見えるのがリピルンド山脈だ」
「隔ての山岳とはよく言った物ですね。で、これを越えれば大陸中部、と言う訳ですね」
「師匠、あの山全部越えるの?」
「いえ、このまま北へ向かうのなら、鉱山を抜けてルフォンド渓谷を抜けるルートがあるので大丈夫ですよ」
一安心といった様子で、セシィが背けていた視線を再び山々へ向けると、今度はキラキラに輝かせた瞳を二人へ見せる。
少々高揚気味でセシィの指す、方向に目を遣れば、彼女の黄金色の髪にも劣らない輝きを持つ飛翔体が一つ。
「金煌の竜……か?」
「えぇ、間違いありませんね。あれ程までに美しいとは……」
「ししょう!ししょう!何か良いことあるかな?」
セシィの高揚ぶり……必然だろう。
かの竜は、幸運や富の象徴として、人々から畏敬を集める存在である事に加え、その姿を見た者の未来には大成が約束される等の伝承も残るぐらいだ。
「幸先は良さそうですね!」
「だな。じゃあ出だしが良いついでに頼み事があるんだが……」
「頼みですか――」
彼にしては珍しくマトモな頼みだった。
どうやら、レグミストで二人を悪漢から助け出した際に使った術具の指輪が破損してしまったらしく新調したいとの事だった。
「しょうがないですね。まぁ助けて貰った恩もありますからね……あそこで良いですか?」
フランが示す方向、そこには遠目にも分かるほど賑わっている村落。彼女の指す方を確認するなり、トゥリオはまさに大喜びと感情を爆発させる。
「良いねぇ、あそこは〈ランカル村〉と言ってな――」
あまりにも嬉しかったのか、歓喜の理由を事細かに彼は説明し始めた。
村の立地、歴史など様々な事が理由らしいが、要するに質の良い鉱石が多く、そして安価に入手できる事からあの喜び様らしい。
「質の良い鉱石ですか?因みに大きな魔留石なんかは?」
「何度か訪れた事はあるが噂すら聞いた事も無いな」
「そうですか……まぁ良いです、取敢えず向かいましょう」
◇◇◇◇◇◇
リソルディ鉱山が麓、鉱業による汚染で一時は壊滅の危機を迎えたが、金煌の竜が誘ったとされる商人隊の協力によって復興を遂げた幸運の村。
〈ランカル村〉
「よぉし、さっそく買い物だね。リオ兄、おすすめのお店は?」
「そうだな……ここは固定の店舗より露店の方が質が良かったりするからな……」
真剣な眼差しで辺りを見渡し始めたトゥリオはやがて、とある一角に狙いを定め、二人の手を引き始める。
立派な白髭をたくわえた老紳士が営む宝飾店。辿り着いた三人の顔には一驚が浮かぶ。
一般的に魔留石、魔拡石などの所謂、魔鉱石は内部に異物が少なければ少ない程に質が良い物とされているが、そこに並ぶ品に設えられた鉱石は異物の一つどころか、一切の濁りも見えない。
「な、俺の鑑識眼は確かだろ?」
「……なんでだろ?ちょっと悔しい」
「セシィよ、嫉妬するなよ?」
手柄を掲げた様を僅かに見せると、さっそくトゥリオは商品を物色し始める。
もはやワザとらしくすら見える様に、小さな指輪の隅から隅を見定めるその姿に些か呆れ気味の二人だが、彼の目はやはり確かなのか時折、意匠を見て職人の名を呟いている。
そんな目利き人、気取りの彼に、ぬぅっと人影が一つ忍び寄る。
「――蛇の魔物の意匠……マヌエル・ロマネッリの品か」
顎を撫でながら野太い声を放つその男。側頭部を綺麗に刈り上げた鶏冠の様な橙色の髪の毛、茶色がかった日焼け肌のそこら中に無数の傷跡。“悪人”を絵に描いたかの人物。
(“そっち”の人ですかね?)
「鶏冠の旦那、アンタ宝飾品に詳しいのか?」
「まぁ、ソイツが偽物だって分かる位にはな」
いかつい男の声と共に店主が顔をしかめる。
それもそのはずだろう、自身の商品を偽物呼ばわりされて気持ちを良くする商人等居ない。店主は男に、帰れとばかりに睨み付けるが、そんな事は気にする素振りも見せずに続けた。
「コイツはどこで仕入れた?答えによっては二倍……いや三倍の値段で買っても良いんだがな」
「……サンツィオの所だ……あれもそれも全部だよ」
店主が渋々と口を開くと今度は、男が顔を思いきっりしかめて見せる。
「サンツィオと言えば二大商会の一つですよね?それがどうかしたんですか?」
「近頃、こんな贋作……素人目には分からない精巧な偽物が大量に出回ってるんだ。特にここみたいな所じゃ死活問題だろうに――」
男が言うには、有名な職人の意匠を真似た偽物が安価で流通している為、ここランカル村の様に鉱物製品で生計を立てている村落などは、妥当な価格の所謂“正規品”が売れない為に大きな打撃を受け続けているらしい。
彼の見立てでは、まだこの村は大丈夫な様だが、そこかしこで既に多くの商人達が悲痛な叫びを上げているそうだ。
「それでオジサンはサンツィオ商会?を疑ってるの?」
「確信は無いがな……ハハハ、すまねぇ愚痴みたいになっちまったな。所で嬢ちゃん達、魔術師と剣士だろ?って事はあれか?楽園を目指してるのか?」
「はい、鉱山を抜けて北に向かおうかと」
「ソイツはタイミングが悪いな――」
――土砂崩れだそうだ。
領境と繋がる街道の側面が大きく崩れ、完全に道を塞いでしまっていて撤去、復旧の目途が付いていないそうだ。
「つまり、歩いて行くんなら迂回して、リピルンド山脈を抜けなきゃならねぇ」
「なら仕方無いですね。まぁ、急ぐ旅では無いので」
「旦那!魔動車かなんか無いか?」
「魔動車?それどころか“魔動飛空艇”があるぞ!」
「話が早ぇ!旦那乗せてくれ!」
よし来た!と早速交渉するトゥリオだが、男の表情は明らかに渋い。そんな態度にトゥリオは何の躊躇いも無いのか跪いて懇願している。
(そんなに歩くのが嫌なんでしょうか?……)
「赤髪の兄ちゃん、俺はこう見えて商人だ。乗せるのは構わないがタダでとは行かねぇよな?」
冷たい……いや、尤もな言葉を受けたトゥリオはまるで捨て犬の様な瞳をフランへ向ける。
「はぁ……分かりましたよ。では、贋作の出所を一緒に探る、と言うのはどうですか?」
「嬢ちゃん、上手いな!交渉成立、このロメオ・カルドゥッチ約束は違えないぜ!」




