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第八話 凄腕の加工師 ③

 筋骨隆々の店主はまるで少女の様な悲鳴を上げる。


「フラン!お前は馬鹿なのか!」


 悲鳴の直後、フランはセシィと共にトゥリオに抱えられていた。


「ここは魔術都市ですよ?人がいきなり姿を現す事くらい……」


「あー!良いから取敢えず逃げるぞ。衛兵に捕まったら何を言われるか分からん!下手すりゃそのまま牢獄行きだ!」


 そこからは暫く衛兵からの逃走劇が続いた。都市の中を西へ東へ、陽が沈み衛兵が追跡を諦めるまで、トゥリオは走りぬいた。


「――はぁはぁ……ったく……お前等ってやつは」


「中々にスリリングでしたよ」


「言ってる場合か!まったく突拍子も無い事しやがって」


「ねぇねぇ、そんなことより、早く工房に戻ろうよ。すぐそこなんだし!」


 魔物に対する恐怖とは一味違う恐怖を味わい震えていたセシィも、トゥリオが見せた何ともアクロバティックな逃走劇ですっかり元通りだった。


「お前らなぁ……取敢えず無事なら良いか。じゃ、さっさと戻るぞ」


「と、言っても本当にすぐそこなんですけどね」


 知ってか知らずか、都市を走り回るうちに三人は、サンチェス工房のある路地裏へと辿り着いていた。

 既に中の照明は消えているが、微かに機械音が響いている。


「ただいま戻りました」


「随分と遅かったね。何か厄介ごとにでも巻き込まれたかい?」


「あぁ、お転婆娘ふたりのお陰で散々な目に遭ったぜ」


 呆れた表情で首を振るトゥリオをよそに二人はそそくさとディーナの元へ届ける。石板()の解明を待ちきれないと言った様子だ。


「おっ、ご苦労さん……うん、買い忘れも無さそうだね。あと少しで作業が終わるから待っててくれ」


 二人から品を受け取ったディーナは再び忙しそうに作業場へと戻ってしまう。そんな彼女を、つい目で追った二人はその状態のまま、目を離せなくなってしまう。

 作業台を前に真剣な目つき、繊細な手つきで芸術品ともとれる美しい術具を仕上げるその姿は、まさに職人。


 そうして釘付けになる事、十数分。重たそうな肩を叩きながら二人の元へ。


「待たせたね。それじゃあ、例の物を見せてくれるかい?」


 石板を取り出し、ディーナへ差し出した直後、彼女はハッとした表情を見せる。そして何度か手元とフランの顔へ交互に視線を移す。


「なるほどね。て事は、フランチェスカ……君が」


 言葉の真意を理解できずに、瞬きを繰り返すフランとセシィに一つの事実が明かされる。

 しかし、それが嬉しい事であるのは確かだが、謎を深めるにも事が足りる真実だった。


「それは……本当ですか?」


「本当さ。その発動刻印はアタシが刻んだ物だ。パレンバーグさんに依頼されてね」


 動揺、困惑するには十分な言葉。フランの頭の中をグルグルと思考が駆け巡る。

 けれども、幾ら脳を働かせようとも、師匠の残した物の真意に見当もつかない。


「師匠はなぜそれを?」


「さぁね、弟子の為、としか答えてはくれなかったよ。なんだって石板に“整流”の刻印なんかを重ねて刻んだのかね?」


「ねぇ、師匠の師匠は他になにか言って無かったの?たとえば……どこかに向かうとか!」


 思惟の時間、静寂が流れる。虫の音が、夜闇に響く。そよぐ風が店前の暖簾を揺らし、空に浮かぶ雲を退け、月明りが射し込む。

 冷たい一筋の光が照らす先、粗雑に放られた貴石の欠片。


「これだ、これだよ!」


 ディーナの手に握られたそれは、魔留石の小さな破片。


「大きな魔留石を探していると言っていたよ……そう“裂割塊石(れっかつかいせき)”だ」


「!……それはどこに?」


 ディーナは心苦しそうに首を振る。状況が好転する様な情報は無い様だ。

 だがそれでも、と必死に思考を巡らせていると、殆ど開いていない瞼を擦りながらトゥリオが作業場へとやって来る。


 居眠りをしていた彼に、事の一切を伝えると、如何にも彼らしい答えが返って来る。


「――そんな……当てもないのに」


「だからこそだ!旅なんてそんなモノだろ?雑に適当に、で良いんだよ」


「リオ兄っぽいね!師匠、収穫は“ゼロ”じゃないんだし、一先ず次の目的地を決めようよ!」


 腑に落ちない、と面持ちを見せるフランだが、二人に加えてディーナとプブリオの後押しもあり、なんとか重い腰を上げ、荷物の方へ。

 鞄の中を漁り、地図を広げて、ある場所を指で囲う。


「北方か?」


「はい、師匠の故郷なんです。何か得られるかは分かりませんが……」


 自信なさげなフランの背中をトゥリオがバシッと叩き、満面の笑みを見せる。横で親指を立てるセシィは、鞄の下げ紐に肩を通し、準備万端だ。


「そんなんで良いんだよ!じゃっ、向かうとするか!」


「白銀の地、北方だね!ついでに“全とは何か”も知れたら良いね!」


「そうですね。石板の刻印だけが、叡智の楽園への手掛かりとも限りませんからね」


 顔に掛かっていた影が晴れた頃、ディーナとプブリオの放つ激励がフランの背中を強く押す。

 整流の刻印と巨大な魔留石、新たな謎と共に得た収穫を頼りに、フランは師の故郷を目指し白銀の地へと踏み出す。


「フランチェスカ、余り役に立てなくて済まないね。力になれるかは分からないが、また何かあれば頼ってくれ」


「いえ、セシィの言う通り収穫は確かにありました!それは間違いなく二人のお陰です!」


「僕は本当に何もしてないけどね。嬉しい言葉だよ、ありがとう」


「またいつか会える日を楽しみにしてますね。では――」

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