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第八話 凄腕の加工師 ②

 無言でトゥリオの手を引くフラン。一方引かれる方は、無言で無表情……虚無を表した様な面持ちだ。


「――あのう、フランチェスカさん?そろそろ離してくれませんか?手が千切れそうです」


「大人しく手伝ってくれますか?」


「手伝うんで離してください……」


「リオ兄相変わらずだね!ねぇ師匠、セシィ、ファインプレーだったでしょ?」


「完璧でしたよ!どうせ俺は手伝うとは言って無いとか言おうとしてたんでしょうが、そうは行きませんよ!」


 やっと諦めた様子のトゥリオ。その隙にとばかりにフランはトゥリオへ“厄介なモノ”の調達を頼む。


「グランディスト?確か角獣(かくじゅう)だったっけ?」


「はい。角が必要なんですが凄く大きいので、お願いします」


「わーったよ。じゃ、変な奴に絡まれるなよ!」


 一行は二手に分かれ、素材の調達に取り掛かる。

 トゥリオと別れたフランとセシィ、先ずは魔拡石を購入するべく石材店へと向かう。


「――はい、大結晶二つと、一級原石一つで三千と七百ラルだ」


 金色の硬貨数枚と重みのある麻袋を交換し、次の目的地へ。


「次は……鰐の魔物(ペルシアルタ)の鱗と鷹の魔物(ファベロ)の羽。服飾店なら置いてそうですね」


「それなら、ここの大通りの突き当りにあるよ!前にお母さんと来た事あるんだ!」


 手を引かれるままに大通りを駆けていくとそこには、煌びやかな内装が覗く服飾兼宝飾店。看板には「上等な装飾ならエレガンルッソ」店名と共に謳い文句が書かれている。

 少々、胡散臭さを感じてしまうが、店内に視線を移すと見るからに裕福そうな人々が優雅に、にこやかに買い物を楽しんでいる。


(大丈夫でしょうか……値段的にも……)


「師匠、行こ!」


 ◇◇◇◇◇◇


「――有り難うございました。またのご来店をお待ちしております」


 杞憂であった。

 店主は勿論、客ですら皆気立てが良い。上流階級の余裕と言うやつだろうか……兎にも角にも素材の調達を終えた二人は、トゥリオの元へと向かう。


「ねぇねぇ師匠?石板の謎が解けたら、師匠の師匠に会えるかな?」


「……どうでしょうかね。間違いなく近づく為の一歩になるとは思いますが」


「会えたら何がしたい?鍛錬?お出かけ?」


「んー、そうですね。旅で遭った事なんかを話してみるのも良いかも知れませんね」


「……」


「セシィ?」


 返事が無い。

 すぐに辺りを見渡すがどこにもセシィの姿が見当たらない。迷子?寄り道?憶測が頭をよぎる。


 大声で名前を呼ぶも、やはり返事は返って来ない。先程まですぐそばに居たのだから、そんな筈は無いと再び声を上げると、どこからか悲鳴が響く。


「セシィ!?」


 声の元は暗い路地裏。フランは無意識に杖を構え、暗がりへと進む。


「おぉ釣れた釣れた。嬢ちゃん“金”持ってんだろ?全部出せば見逃してやるよ」


 顔に趣味の悪い刺青を入れた大柄な男がセシィを後ろ手に押さえつけている。傍らには、取り巻きの様に男が二人。


(魔術で吹き飛ばすのは簡単ですが、セシィに……)


「どうした嬢ちゃん?さっき見てたぜ、貴族御用達の高級店から出て来たのをよぉ。金じゃなくて買って来た物でも良いぜ?」


 分が悪い訳では無いが“状況”が悪い。

 フランは杖から手を離し、ローブの内側へ……“ある物”を掴み――


「――オイオイオイ!嬢ちゃん二人に大の男が寄ってたかって!」


 聞き覚えのある声と、真っ赤な髪の毛。

 男達を睨み付け、腰の剣へと手を伸ばす。

 

「トゥリオさん、セシィを巻き込んでしまいます」


「そうか、そうだな」


 柄へと伸びた手をポケットに仕舞うと、そのままゴソゴソとまさぐり始める。やがて顕になった右手の指には、とぐろを巻いた竜を象った指輪。

 トゥリオは大きく踏み込み、セシィを拘束する巨漢へ目掛け拳を向ける。


 頬への一撃。

 しかし男は、にやりと不敵な笑みを浮かべ拳を掴む。絶体絶命かに思える状況の中、目の前の男同様にトゥリオもまた笑みを見せる。


「歯ぁ、食いしばれよ!」


 拳――否、指輪からの衝撃波。大男が綺麗に数回転、宙を舞う。

 それに驚き身動きが取れなくなった取り巻きの二人もあっという間に制圧。余裕の表情でセシィを助け出す。


「リオ兄、ありがと……」


「オウ、無事で何よりだ!」


「……しかし、変わった術具ですね」


「魔術の全ては応用だってな。久しぶりに使ったが、訛って無いな」


「応用……ですが、まだまだで……ん?」


 地面にへたり込んだセシィがフランの裾を掴む。瑠璃色の瞳には僅かながらに涙を溜めている。


「……怖かった」


 ハグを求める彼女を優しく抱きしめるフラン。慰めの言葉を掛ける中、トゥリオが二人を無理矢理に立ち上がらせる。


「すまんな。だが随分と派手にやっちまったからな。衛兵が駆け付ける前にさっさと逃げるぞ」


「そうですね、では――黒暗纏イテ、(サレブ・)光ヲ吸イ込ミ(リディ)捻ジ曲ゲヨ(フィカ)


 魔力が黒衣を纏い、三人を包み込む。それは光を吸い込み陰と陽の境界を無くし、纏った者の姿を消し去る。


「これで大丈夫でしょう」


「おぉサンキュー。で、セシィは何でフランの近くを離れたんだ?」


 トゥリオの問い掛けにセシィは恥ずかしそうに頬を染めながら、ある場所を指す。

 そこには甘い香りを漂わせる焼き菓子の屋台。その匂いに釣られてしまった所、男達に捕まってしまったらしい。


「しょうがない娘ですね……」


 一つ溜息を着くと、未だ小刻みに震えるセシィの手を離し、フランは屋台へと向かう。目的の菓子を指差し、要求するが店主の目に入らないのか気づかれずにいた彼女は、先に硬貨を差し出す。

 店主はやっと彼女の存在に気付いた様だ。


 しかし、その表情は決して客へ見せられるようなものでは無い酷く困惑した様子だ。


(あぁそうだ、魔術が……)


解除(スパツィオーネ)


 魔術を解きフランが“姿を現した”その時だった。

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