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第七話 お人好し ②

 二人を見送ったフランとソーニアは、大通りを東へ進み、都市の中でも一際大きな建物へと向かう。


「いやぁ、本当に助かりますー。実は今回、講師を手配出来なかったら相応の処分を覚悟しておく様にと言われてまして……」


「最初に予定していた方は?」


「以前もすっぽかされた人なんですが、背に腹は代えられないと思ったんですが、やはり……そんな事が何度が続くうちに……」


(まったく……何が困った人ですか。まぁでもこうして助けられたから良しとしましょう)


 トゥリオのものぐさ振りに少しばかりの怒りを覚えながらもフランは、心底あの時視線が重なった事に安心していた。そうして暫く二人は会話を続けながら歩き続け、やがて目の前に大きな影が広がる。見上げるとそこにはまるで城塞を思わせる豪壮な建築物。


「さぁ着きましたよ!〈ジアパーレ魔術学院〉です!さっ、中へ」


 思わず魅入ってしまう程に華麗で優美な外観に見惚れる間も無く中へと手を引かれる。そして室内もまた――


「きれい……」


 無意識の内に言葉が漏れ出してしまう。絢爛豪華な装飾に釘付けなフランは、ソーニアに手を引かれながらとある一室、扉の前へと案内された。


「ではフラン先生、ここの教室です。初等科なのであまり深堀せずに大まかな部分だけで大丈夫ですので」


 いざ教室を目の前にしてみると、先程までは微塵も感じていなかった緊張が一気に圧し掛かる。そんな胸の高鳴りを鎮める様に、大きな呼吸を一つ、固まった頬をしっかりと解し、引き戸に手を掛ける。

 整然と並べられた机、背筋を伸ばした良い姿勢で椅子へと掛ける生徒達は皆、セシィと同世代くらいだ。自身の弟子とのギャップで少し複雑な気持ちを覚えた時、愛らしくも凛々しい声の号令が掛かる。


「はい、号令ありがとうございます。今日の講義を担当させて頂きます、フランです。お願いします」


 フランが自己紹介を終えると、生徒達は一斉にノートと教本を開く。追って彼女もソーニアから渡されていた資料を開き、再び深呼吸を一つ。


「では今日の講義“魔鉱石について”を始めます」


 幾つもの真剣なまなざしがフランへと降り注ぐ。無論彼等に圧を掛けているつもりは無いのだろうが……。


(……やり辛いですね……ですが)


「じゃあ先ずは、三七頁の魔留石から――」


 “フラン先生”何時ぶりかの魔術講義が始まった。

 それからは魔術と言う彼女の得意分野である為か、当初覚えていた緊張は次第に解れていった。


 順調に講義は進んでいく。最初の魔留石から次の項目である“魔拡石”を終えると丁度、休憩の鐘が鳴る。開始と同様に号令が響く。

 休憩時間もおしとやかに過ごすのだろうと、教壇に備えられた椅子へフランが腰を掛けるなり、待ってましたとばかりに生徒達が駆け寄る。


 それから短い休憩時間の最中は、終始質問攻めにされていた。

 出身地、年齢、術躁格や得意な魔術など、好奇心に手足が生えた様な彼等はまさに思うがまま、質問を投げ続けていた。そんな彼等に最初はあたふたしていたフランだったが、状況に慣れ難なく問い掛けに答え始められる様になった頃には、生徒たちの心を鷲掴みにしていた。


 しかしここは学び舎、講義再開を告げる鐘が寂し気に響く。同時に生徒達はスッと先程の品行方正な振る舞いへと立ち戻る。フランも遅れを取るまいと教壇の中心へ。


「では続きを……四三頁、魔映石ですね」


 粛々と講義は続き、最後の項目へ辿り着いた頃、太陽は傾き既に薄っすらと月が顔を覗かせていた。

 そんな中、最後の一文を読み上げた所で、この日最後の鐘が鳴り響く。声に少し疲れが見えるが依然として凛々しい号令、立ち上がった生徒達の浮かべる満足気な表情が今日行った講義の結果を物語っている。


「はい、ありがとうございました。しっかり復習を忘れずに!」


 笑顔の彼等を見送り静まり返った教室で一つ息を着くフラン。大きく背伸びをし腰を下ろすなり、後席側の扉がガラリと開く。


「フラン先生、お疲れ様です。素晴らしい講義でしたよ!」


「ソーニアさん見てたんですか?」


「……実は。あの、別に心配とかそう言う訳では無く……魔術師さんってどんな感じで教えるのかなって」


「セシィに教えてた経験が役に立ちましたよ、あの娘にも感謝ですね!」


「じゃあ報酬の話を……といきたい所ですが、流石に学院の中じゃ不味いですね。帰りましょうか」


 静寂に包まれた廊下、射し込む夕日が美しい装飾を一層引き立てる。コツコツと二つの足音を響かせながら行き着いた昇降口を潜り抜け、大きな門を過ぎた先で振り返れば後光を浴び、煌くキャンパス。


「……綺麗ですよね」


「疲れが吹き飛ぶ感じですね……」


「では、更にその疲れを吹き飛ばしちゃいましょう!」


 目前で輝くキャンパスにも負けない笑顔でフランへ袋を差し出す。キョトンとした表情で受け取った袋の中を覗き込んだ彼女の目がまん丸になっている。


「え、えぇーと……これは」


「今回の報酬です!……もしかして少なかったですか?」


 袋の中には大量のラル、暫くは路銀に困らない程に大量の。


「いえいえ、とんでもないです!……でも良いんですかこんなに……十万ラルですよ?」


「もちろんです。今回、先生達に会えなかったら私、学院を追い出されてたので!」


 大金であると言うのに一切見せない名残惜しさが、受け取り拒否を拒否している。見せる笑顔をフランはまるで圧の様に感じていた。


「では、ありがたく頂戴しますね」


「良かったです!ではすみませんが次の予定があるので失礼します。また何かご縁があったらお願いしますね!」


 慌ただしく去って行くソーニアの背を見送るフラン。やがて姿が見えなくなりふと再度目を遣った袋の中身、周囲を見渡した後に頬を緩ませる。


「さて、二人を探しますか――」


「おーい!ししょー!」


「こっちも終わってたか。グッドタイミングだな!」


 地図を手にトゥリオとセシィが合流、どうやら例の加工師を見つけた様だ。二人曰く、この都市一の規模を誇る商業区から少し外れた所にあるらしく、探すのにかなり苦労したそうだ。

 

「〈サンチェス工房〉って所だ。多くの魔術で賑わってたから間違いない筈だ」


「ありがとうございます。では明日の朝にでも向かいましょうか」


「そうだね!で、師匠お勉強どうだった?」


「そうですね――」


 事の詳細を告げた後、ギラりと光る眼をトゥリオへ向けるフラン。何かを察したのか「怒ってる?」と尋ねるトゥリオへ彼女は思わず溜息を漏らす。


「ソーニアさんとラル(これ)に免じて今回は許しますので、以降困ってる人は?」


「助け……ます……ウス」


「よぉし、じゃあ今日は宿に戻って明日は工房に!師匠、何か良いことが分かるといいね!」


「そうですね。きっと何か前進のきっかけになる様な物が刻まれている筈です」

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